ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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48話 病院食を考える

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「病院食というと、加熱調理済みのミンチ系が好まれるのか。こういうのは越智間さんの得意分野だよなぁ。スープとか、固形物とか」

「別にそこまで難しく考えんでも、食材の提供だけでもいいんでない?」

「まぁそうなんだけど。ゴースト系は足が速いからな」

「ゴーストに足ねーのに?」

 何言ってんだよって目で見るな。
 劣化しやすいって意味で言ってんの!

「キュッ(妾のストレージ内なら時間も止まるが?)」

 なるほど。

「オリン曰く、俺が直接送り届けるなら可能っぽそうですね」

「キュッキュー(パスを繋げる方が早いじゃろうて。貯金はまだあるじゃろ?)」

 事あるごとに俺のEN貯金を崩そうとしてくるオリン。
 溜まりすぎると何か良くない事でもあるのだろうか?

「分かりました、まずはその戦友のいる病院をお教え願いますか。そこに卸してるメーカーと結託してモンスターミートの提供を考えてみようと思います。ついでに調味料も。八尾さんのお野菜は?」

「既に全国区に提供されておるよ。この道60年じゃからな」

「ならば肉と調味料の提供でいいか」

「良いのか? 他の支部への提供数を減らしてまでワシの願いを聞き入れて」

「それなんですが、俺はちっとも考えてこなかったことが恥ずかしく思ってます」

「と、いうと?」

「俺、料理は食べにきてもらう前提で振る舞ってました」

「普通はそうじゃな。しかし普通の行動ができぬものもおる」

「それを今日知れた。そして知った以上、なんとかしたいと思うのが俺です。全てのメニューをモンスターミートにできる日はまだまだ先となりますがぜひ協力させてください!」

「ありがとう。奴にいい土産話ができたわ」

 八尾さんは微笑み、握手を交わす。

 勿論これは始まりでしかない。点滴で命を繋いでる人にどうやって食べさせるかだ。

「相手の方の意識は……」

「残念なことにない。ずっと眠りっぱなしよ。ただ残された家族のことを思えば、延命装置を切ることはできんだろう」

「何か事情があるんですか?」

「遺族年金だ」

「あー」

 思った以上に浅い理由だった。
 よく考えなくたって分かる。当時八尾さんと一緒に駆け回ってた時点でSランク以上。
 もらえる年金も高額。

 それを当てにして生活しているのだ。
 家族だからと言われたらそれまでだが、向上心はないのだろうか?

「あの家族をあまり責めてやるな。あいつの家も色々あってな、奴の年金だけが支えじゃねぇのよ」

「他にも?」

「あいつに世話になった奴も多いいんだ。その世話になった奴らが顔を見せにくる場所を守ってもいるんだ。ワシの都合で楽になどさせられんのよ」

「そう言った事情もあったのですね。なら遺族年金だなどと言わなくとも」

「奴らがそれに頼ってるのも事実よ」

「ハァ……」

 どうにも複雑な事情があるようだ。

「じゃあ、直接に面会もままならないのでは?」

「直接対決はまだ先じゃな。まずは工場への連絡が先じゃ……それと、例のメニューはいつでも食べさせてもらえるのかな?」

 八尾さんが箸で摘んで口に入れるジェスチャーをした。
 ピーマンの肉詰めのことだろうか?

 もしくは刺身か?
 どちらにせよ……

「新鮮な素材をご用意いただけるのなら、いつでも」

「では次の来店にはそれに見合う日本酒を用意しよう。ご相伴に預かってくれるかな?」

「是非にでも!」

 やはり酒呑は惹かれ合うものだ。
 ただアルコールが強いものが好きと言うわけではない。

 酒に合う食事があるように、酒もまた食事に合わせたくなるものだ。

 新しい出会いとはそう言うものだと思う。
 俺は料理からそれを学んできた。
 勿論、うまい食材に出会った時に引き出しは多い方がいい。

 新しい酒と出会うたび、もっと勉強をしておけばよかったと思う程だ。

 ゴーストタウンを抜け、ダンジョンセンターへと帰還する。

 八尾さんは大笑いしながらクエスト終了サインをした。
 俺達は報酬を受け取り、引き続きクエストの受付をする。

 病院の給食センターへの素材提供。
 どんなものが出来上がるかを見届けるのもまた仕事だ。

 一度自分で仕上げてから、再現可能かを検証する大事なクエストである。

「なんと言うか、お人よしだな」

「いやー、うまい酒を奢ってくれるって言われたら」

「金ならいくらでもあるだろうに」

「俺たちは金はあってもコネがありませんからね、それに亀の甲より年の功と言うでしょう?」

「違いない。だが同時に鬼コーチとしても有名だ。あまり調子に乗るなよ?」

 俺たちはお互いに顔を見合わせる。

 世良さんは怖がってるが、今日ご一緒した限りでは八尾さんは気のいいお爺さんという感じだった。そう話すと、

「それはきっと適合調理の更新で気分が良かったからだろう」

「あー……」

 それも確かにあるのかな?

「良い食べっぷりでした。盗んじゃいないだろうなって全部自分の懐に入れるほどに」

「この世のありとあらゆる美食を堪能してきた八尾さんが?」

「適合食材、適合調理は全てを覆すのでしょう。俺も食材を見つけるたびに自分の力不足を突きつけられる気分です。まだもっと美味しくできるんじゃないかって、いつも緊張してますよ」

「あんたほどの腕前でも悩みがあるのか?」

「ははは、お陰様で繁盛させてもらってますが、俺なんてまだまだですよ。もっとうまい料理を作りたい。料理なんてのはそれこそゴールのない真っ暗闇なんです」

「探索者にとってのダンジョンみたいなものか?」

「どうでしょうか……似たようなもの、と断言出来るほど俺はまだダンジョンに詳しくないですから」

「そりゃそうだろ。ダンジョン侵食から60年。いまだに新しい発見があるんだ。ゴールのない旅という意味じゃ一緒だ」

「そう、ですね」

「おーい! 話は終わったぞ! 今から会ってくれるそうだ!」

 遠くから八尾さんの声がする。

 俺は世良さんに一礼して、宇都宮の街を先導する八尾さんの後に続いた。

 その日だけで結構な人と出会い、食材を提供。
 調理の仕方を習う。

 一般人向けと病人向け。
 健康だからこそ消化ができる料理と、消化不良の人向けの料理。

 状態によっての提供形態の違い。
 これが俺には新鮮に映った。

「なるほど、ナマモノは基本無理と」

「例の患者さんは胃が弱り切ってます。液状の栄養食以外は受け付けません」

「消化の良いものなら大丈夫と?」

「液状といえど肉汁オンリーでは難しいでしょう」

「一つだけ面白い食材があるんですが」

 俺が取り出したのはリビングアーマーソーセージ。
 食べると肉汁が口の中に溢れるが、もともと肉ではないので魂を凝縮させた液体だ。

「これは!」

「どうでしょう?」

「コッテリしてるのに、このアッサリ感。白湯の様でいて、不思議な風味がある。この食材は?」

「リビングアーマーです」

「は?」

「リビングアーマーです」

「は?」

 何度も聞き返された。
 東京では当たり前になりつつある食材も、まだまだ宇都宮では行き届いてないらしい。誰かが買い占めてるんだろうか?
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