ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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19話 力の目覚め

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 階段を降りた先にあったのは、ひらけた空間。
 そして……部屋中に見たことのないモンスターが氷漬けにされている空間だった。

「おいおいおいおい、なんだよこりゃあ」

「封印、いや……待機状態か? ダンジョンの神秘は未だ語り尽くせないことばかりだが……こんな部屋は見たことない。今回の件、あまり吹聴するな?」

「カメラは切りますか?」

「カメラは回せ。配信は……いや、回しとこう。歴史的発見になる。あとはお偉いさんが勝手に調べてくれる」

 井伊世さんや卯保津さんは暴力担当。

 頭を使うのは学者さんに任せるさ、とどこかへメッセージを送っていた。

 配信を通じて調べて貰うらしい。
 こんなゲテモノ喰い配信に呼んで大丈夫だろうか?

「あいつはバジリスクか? ここってCランクダンジョンだろ? なんでAAランクモンスターがいやがる?」

 卯保津さんが氷柱の一つを指して訝しんだ。

「きっとここはダンジョン側のストレージなのではないか?」

「だとすると俺たちは招かれぬ客ってことか」

「ポンちゃんの特殊能力でその領域に入れるのって、普通にチートスキルじゃないか?」

 チート。
 ズルいくらいに強いスキルに対して使われる意味合いだ。

 昔は違う意味で使われてたらしいが……そう言えばミィちゃんの風魔法もチート扱いされてたなと思い出す。

 ここにきて、イービルモンキーの試食会の時に聞いた井伊世さんの言葉が脳裏を掠めた。

 俺がミィちゃんに追いつく?

 はは、そんなこと起きるわけがない。
 俺はただの冴えないおじさんで、向こうは世界的アイドルだ。

 でも、この力なら……ついつい夢を見てしまいそうになる。

「ポンちゃん! こっちこっち! 何か水晶あるぜ!」

 ヨッちゃんが何かを見つけたらしい。

 駆け寄ると、そこにはミミズがのたうったような文字が描かれた石板があった。

「石板と水晶?」

「ポンちゃん、壁に何か絵が書いてある。これってもしかして……」

 壁画に書かれていたのは、モンスターの調理工程。
 まるでこうすると美味しいよ、そう教えてくれるような教本に見えなくもないが……

「けど文字が読めな……なんだ?」


 ──キィイイイイイイイイン

 頭の奥に響く声。
 続いて耳鳴りが、頭痛を呼び起こす。

「ぐっ」

 よろけてその場へ蹲った。

「ポンちゃん! どうした?」

「大変だ! 氷が溶けてる! モンスターの封印が解けるぞ!」

 芯まで凍りついていなかったのか、計十本の氷柱が砕けてAAランクモンスターが世に解き放たれてしまった。
 
 一大事だっていうのに、俺の不調がこんな時にみんなの足並みを乱す。

 一匹、二匹と壁を壊して外に向かって行く。

 ものすごい力だ。

 破壊不可能と思われたダンジョンの壁は脆くも崩れ去り、石壁が崩れて降りてきた階段が崩れてしまう。

 室内には格上モンスター達。
 頼れる仲間は足手纏いの俺を心配して本気が出せない状態だ。

「ヨッちゃん、外に出て応援を頼んでくれ」

「今リスナーに呼びかけてる!」

「平気か、ポンちゃん。無理はすんな。こっちにゃ満腹のメスゴリラが居る。連れてきて正解だったぜ!」

 俺を元気付ける為か、虚勢を張る卯保津さん。
 その後ろで当事者の井伊世さんが息巻いている。

「だーれがメスゴリラだ! 私一人だけでも分が悪いよ。せめて屋良が居てくれればと、どっかで頼っちゃうねぇ」

 屋良内火《やらうちび》。
 Sランクマジックキャスターで、肉弾戦特化の二人の参謀として働いていたとかなんとか。

「俺は平気だ。ちょっと頭痛がひどいが、随分と体調の方は良いんだ。不思議だな。緊張しすぎでおかしくなってるみたいだ」

 飛びかかってきたのは、サイクロップス。

 見上げるほどの巨体が、食材が……隠れている俺たちを見つけてニヤついた。

 握りしめた棍棒を、俺たちめがけて振り落とす。

「させっかよ! 泣き喚け! ホットスプラッシュ!」

 ヨッちゃんの粘液特攻の辛子の濁流!
 しかしすんでのところで棍棒によって払い除けられてしまう。

 そのあまりにも違いすぎるサイズ差が絶望を決定的なものにする。

 まるで人間にとって蚊がまとわりつくように、ヨッちゃんの魔法はサイクロップスに致命的ダメージを与えられずにいる。

 これがステータス格差か。
 分かっていた。
 こんなの絶対に勝てっこない。

「なんつーデカさだよ!」

「直接相手取るな! 転ばせる。リゼ!」

「あいよ!」

 井伊世さんは胸の前で拳を合わせ、ニカッと笑う。
 獣を思わせる笑みだ。

 今まで見せていた外向きの笑顔とは明らかに違う。

 卯保津さんもすっかり酔いが覚めて本気モード。
 気合いの咆哮と共に、足首に自分の背丈ほどある大剣を叩きつけた。

「ヨッちゃん! 水撒いて踏ん張らせるな!」

「ほいさー!」

 魔法は効かずとも、応用はできる。
 それを合図だけで知らせる卯保津さんは、熟練の探索者を思わせる。

 あんな大木を薙ぎ倒しそうな一撃を受けてもサイクロップスは尚も健在。
 しかしヨッちゃんの水魔法で足を滑らせたのか、サイクロップスは体勢を崩す。

「倒れるぞー!」

 俺は井伊世さんに担がれて安全地帯まで。
 そこで倒れ伏すサイクロップスと目が合った。

 俺の目が、知識が、サイクロップスを〝食材〟と見定めていた。

 もしかして、今の俺ならこいつを倒せるのか?

 初見のモンスターであるにも関わらず、怖れは一切なかった。

「ダメだ、硬え! 山殴ってる気分だわ。岩くらいなら砕けるつもりでいたが」

 それもそれで凄いことですよ?
 なんとなく言う卯保津さん。
 井伊世さんが否定しないってことは、本当にできるのだろう。

「こういうデカブツは屋良の八つ裂き魔法で足止めしてから止め刺してたからね。このメンツじゃ厳しいね」

 あくまでもSランクなのはチームが全員揃ってからだと井伊世さんは言う。

「あの、ちょっとだけ試させてもらっていいですか?」

 場違いなお願いということは分かっていた。
 それでも、今の俺には不思議と恐れも脅えもない。

「バカ、ポンちゃん! 相手は今までの雑魚とは違うんだぜ!?」

 ランクが違いすぎる相手に、ヨッちゃんも切れ気味だ。

「何をするんだい?」

 様子の変化に、井伊世さんが察する。

「さっきの岩と同じように、あいつの肌、今なら切れるような気がするんです。お願いです、一度だけ試させてください!」

 そんなことをしてる場合ではない。
 分かっているが試してみたくてしかたなかった。
 なので一回だけ、わがままを聞いてもらった。

 点と線は繋がりがある。

 そして線の中でも一番脆い部分に点があった。

 今ならその奥の、赤い点まで見えている。
 そこに包丁の切先を差し入れた。

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 怪物が絶叫を上げる。

 俺の包丁は、サイクロップスをなす術もなく解体した。
 気付けば俺はサイクロップスで活け造りをしていた。

 何もさせず、ただ意識を残しているのに解体される恐怖を顔に張り付けて。

 俺は血まみれになって、成し遂げたあと震えるように笑っていた。

「ポンちゃん?」

「アハハハ、なんだろう。全然おかしくないのに腹の底から笑えてくるんだ。まるで自分が自分じゃなくなったみたいに……オレは一体どうしちまったんだろうな?」

「お前……今は別にいい、それよりも次が来るぞ!」

 サイクロップスが倒れても、次のモンスターが道を塞ぐ。
 俺は包丁を構えた。

 血を被り、冷静さを取り戻した今……俺の中に恐怖はなかった。
 蹂躙だ。
 それは動けぬ相手に取る解体、下拵えに近い。

 連戦を終え、戦利品の血抜きを終えたら調理を開始する。
 これをミンチ肉に紛れさせるのは、少し憚られる気がしたからだ。

 倒したからこそわかる。
 この中に入っているミンチ肉は、今日俺が倒したどれよりも強大で強いものだと。

 強くなった気でいた。
 卯保津さんでも単独で倒せないモンスターを倒して「自分はもしかして強いのでは?」なんて勘違いをした。

 でもそれは大きな間違いであると直感した。
 なんだよ、まだまだミィちゃんとこんなに開きがあるのか。

 いつかそこに並び立つ?
 そんなのは一足跳びに達成できるもんじゃない。
 その事に気づかされた。

 調理中、戦闘時の血の滾るような感覚は消えた。
 今はそれよりも、この食材を美味く仕上げる事に集中したい。
 そこに嘘はなかった。
 俺は根っからの調理人なんだって、美味しそうに食べてくれる人々に囲まれて思い出した。

 サイクロップスは角煮にした。
 こんな場所ですら調理するのか、と呆れられたが。
 戦闘後に食べる料理は格別だ。

 それとは別に、モンスターの部位は持ち帰らせてくれと井伊世さんから提案があり、可食部以外を割り当ててマジックポーチに封じ込めた。

 元Sランク探索者ともなれば、マジックポーチくらい当たり前のように持参しているらしい。

 そう言えば、バジリスクだけ見当たらなかったな。どこ行ったんだろう?
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