ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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18話 いいよ来いよ

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 いい加減、Eランクダンジョンの食材は食い飽きた。
 カメラマンの卯保津さんがそうぼやいた。

 確かに食材を色々試して食い尽くした感はある。

「とはいえ、今の俺たちで初見のダンジョンは厳しくないですか?」

「そういうと思って、良い感じのモンスターが居る場所を知ってるんだ!」

 そんな言葉に騙されて、俺たちは山手線地下鉄ダンジョンへと進んだ。

「オッサン、ここCランクダンジョンじゃねーか!」

「何いってんだ? お前らもう総合Cだろ。いつまでEで燻ってんだ」

「間を刻んでいけって話をしてんだよ! 総合CでもDで様子見すんだろうがよ! オレたちはまだDランク探索者だぞ?」

「あーあー聞こえなーい」

「クソが!」

 ヨッちゃんは支部長相手でも喧嘩腰だ。
 元ダンジョンセンター職員として、上司には色々不満が溜まっているようだ。

「おーい、井伊世。お目当ての奴連れてきたぜー」

「仕事はどうした? 後で支部長会議で吊し上げるからな?」

「そこをなんとかして欲しくて連れてきたんじゃねーかよ!」

 井伊世恋世《いいせりぜ》。

 イイヨコイヨなんて不名誉なあだ名をつけられてるが、普通に女性だ。

 女性なのに男よりも男らしい、メスゴリラみたいな異名を持っている。

 本人の前で言えば殺されるかもしれないので、お口チャックを忘れてはいけない。握力だけでゴーレムの頭を粉砕したことはあまりにも有名で、バーサーカーの名を欲しいままにしている。

「そこのバカから紹介に預かった井伊世だ。今日は美味いものが食えると聞いて期待している」

「本宝治です。お噂は予々」

 握手するのが怖かったが、そこは手加減してくれた。

「お久しぶりです、隊長!」

「藤本、お前独立したんだって?」

 ヨッちゃんは井伊世さんとも面識があるようで、まるで特殊部隊の隊長と訓練兵の様式で挨拶を交わしていた。

 このメンツを見て不安しかないような顔をする井伊世さん。
 こう見えて意外と頼れるんですよ、と言っても最初は信じてくれなかった。

「ほう、お前口だけじゃ無かったんだな?」

 魔法で綺麗にモンスターを片付けると、井伊世さんはやれば出来るじゃないかとヨッちゃんは拍手された。
 相手をしたのは空を飛び回る猿のようなモンスター。

 動きは素早いが、魔力操作で水を平らにし、そこへ辛子調味料を乗せて目や口の粘膜へダイレクトアタック。
 あとは俺が解体してそのまま調理した。

「こいつは可食部が少ないですねー。肝は黄身焼きにしましょうか?」

「ゴブリンよりは多少衛生面はマシだが、果たして……」

「ポンちゃん、こいつの肉は照り焼きにしねーのか?」

「一応する。次の探索時に撒き餌にしよう。食いつきを見たい……卯保津さんにも味見させてあげますので、よだれを引っ込めてもらえませんか?」

「俺、そんな顔してたか?」

 してましたよ。
 井伊世さんもすっかり溶け込んでる卯保津さんになんとも言えない表情を送っていた。

「お前、少し丸くなったか?」

「ああ?」

「腹……丸いぞ」

「そ、そんなわけ!」

 思い当たる節はあった。
 卯保津さんはカメラマンを買って出るが、酒が入るまで戦闘員にならない。

 基本食っちゃ寝ばかりの生活を送れば、人はこうなるという見本でもあった。

「そんなの、ポンちゃんがうまい飯を作るのがいけないんだ!」

「いつもお世話になってます。ヨッちゃん、煙の操作よろしく」

「お、どこに向ける?」

「風下に。卯保津さんが少し運動したそうなので。良いですよね?」

 バツの悪そうな顔。

「なんだ? カメラマンなら私が変わるぞ? それにお客さんの登場だ。お前の勇姿をカメラにばっちり収めてやるから安心しろ」

「くっそぉおおおおおお!」

 卯保津さんは大暴れしたが、料理に関係ないので後でカットした。
 イービルモンキーと呼ばれる個体は、肝焼きが普通に美味だった。

「ふぅむ、これは卯保津がハマるのもわかる気がするな。アルコールが恋しい」

「ほら、お前も飲め飲め!」

「職務中だぞ?」

「固いこと言うなって! そもそもお前、アルコールは分解しちまうじゃねーか」

 そういう体質だそうだ。
 酔えないとは勿体無い。
 だがアルコールは酔うためだけじゃない。
 味に深みを与える事だって出来るんだ。

「おかわりでもいかがですか? そしてこちらの肝焼き、赤ワインで蒸した物となります。直接楽しめずとも、風味だけでもお楽しみください」

「ほぉう、こいつは良い。うん、臭みもなく、肝の食感が心地いいな。とろりとして、それでいて噛み応えもあって見事だ」

「かぁ! これだから美食家はダメだね! こういうのは強い酒かっくらって、頭フラフラにしながら喉越しを楽しむんだよ。ポンちゃんおかわり!」

「あ、ずりーぞオッサン! オレの分まで食うなよ!」

「グハハハ! 速いもん勝ちだぜ!」

 これじゃあどっちが年配かわからないな。
 卯保津さんは俺たちと親子ほど歳が離れてるとは思えないくらいに若々しくみえる。

「ふふふ、こんな風に誰かと笑うのは随分と久しいな。Sランクダンジョンでは、そんな余裕なんてなかったから」

「やはり上級ダンジョンは厳しいんですね」

「当たり前だ。息が詰まるというのかな? 入った瞬間に自分の矮小さを思い知らされる。そういう場所だよ」

「ミィちゃんは、そういう場所で活躍してるんですね。凄いなぁ」

「聞いているぞ、轟美玲とは面識があるのだったな」

「ええ」

 井伊世さんは深くは聞かなかった。

 ただ面識があることを特別面白おかしく騒ぎ立てたりしない。
 そうか、とだけ呟いて。そしてお前もいつかその横に並び立つかもな、と呟いた。

 流石にそんな事にはならないですよ、と笑った。

 ダンジョンは地下室であると同時に、たまに異空間へとつながることもある。
 そこがダンジョンの妙というか、ダンジョンもまた生きているという裏付けとなっている。

 そんな空間の境目。俺には不自然な点が見えた。

「ここ、何かありますね」

「うん? なんもねーぞ?」

 ヨッちゃんや卯保津さん、井伊世さんは見えないようだ。

 けど俺にはモンスターに見える点と線がある。
 モンスターにしか見えないと思われたそれが、ダンジョンの壁に現れた。

 もしかして……壁も食えるのか?

 俺のちょっとした閃きが、一歩先に進むことを後押しする。

「見ていてください」

 包丁を取り出し、切先を差し込んだ。
 まるで常温で溶かしたバターに切り込みを入れるようにスッと入り、スパッと切れた。

 ゴゴゴゴゴゴッ

 突如として揺れる足元。
 そして切り込みを入れた壁が……左右に割れて下に降りる階段が現れた。

 卯保津さんが「知ってるか?」と井伊世さんに尋ねている。

「新発見だ」

「やったな、ポンちゃん!」

「何が何だか……」

 ちなみに、壁は食材にはならなかった。
 一体俺の目はどうなってしまったんだ?
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