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探索者入門

分かれ道(四人組)

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 ベイク、童夢、もっちー、千代はゲーム配信などで生計を立てるストリーマーである。彼らチーム“おやき”は本来なら動画編集に当てる時間を何故かリアルで集合し、ダンジョンの講習を受け、現在ダンジョン内で雑談を繰り広げていた。
 ダンジョンの中には一組30分間隔で送り込まれ、4人組は顔見知りだからと一緒に行動させてもらっている。
 人気が捌けたことを確認するなり、メンバーの一人である千代が今日ここに集められた次第をリーダーのベイクへと訪ねた。


「ベイクさん、この仕事を成功させたら運営資金の融資をしてくれるって話は本当なんですか?」

「ああ、うちの頑固親父が約束してくれた。ダンジョンから生きて帰ってきたら一人前って認めてやるって」

「話がうますぎる。今まで俺らの事散々目の敵にしてたじゃんか。ゲーム配信者なんてまともな仕事じゃないって」

「実際、食ってくのもやっとだからな。視聴者の目を引くには目新しいスタイルを取り入れてかなきゃいけない。それには先立つものがいる。実際俺らにとっても都合のいい話なんだよ」

「だからってリアルのダンジョンに来なくても」

「それが条件なんだ、今更ぐだぐだ言うなよ。大丈夫、スライムしか出ないって情報だ。素材を持ち帰ってちょっとしたお小遣い稼ぎすりゃいいんだよ。ダンジョンアタックなんてVRでも散々こなしてきたことだろ?」

「まぁね~」


 なんだかんだ、リアルダンジョンには興味があった。
 興味はあるが、あまりにもVRゲームとは違うシステム周りに誰もが二の足を踏んだのだ。
 そんな四人は、内心ビビり散らかしている。
 というのも、こんな薄暗闇に長時間放り込まれることがなかったためだ。
 今は軽口を叩けるステが近くにいるというのが唯一の心の拠り所だった。
 だから軽口に混ざって弱音を吐いてもそこまで侮られずにいる。


「おい! 聞いてねぇぞ。なんだこんな真っ暗闇は!」

「童夢うっさい」

「なんかズズズって音が聞こえない?」

「脅かすなよ」

「なんか前方がボヤってしてね?」

「スライムだ!」

「おい、こっちきてるぞ!」

「殺せ!」


 威勢のいい声だけが、周囲から放たれる。
 しかし誰も動かない、いや動けないのだ。
 ゲームと違って死ぬかもしれない緊張感。
 生き返らないと講習で再三言われたことが今になって体に震えを纏わせる。

 そんな恐慌状態に陥ったもっちーの足元に、スライムがたどり着いた。
 足を這うように取りつこうとする。


「や、やだ! 誰かとって!」

「蹴っ飛ばせ!」

「む、むーり! とってよぉ」

「くそ! もっちーから離れろ!」


 ベイクが、ショートソードを地面スレスレから上に向けて切り払う。
 スライムはもっちーの足元から跳ねるように飛んだ。


「やったか?」

「手応えはなかった」

「やられる前にやるぞ!」


 一度武器を振ったのが緊張をほぐせたのか、やらなければやられると言う思い込みから恐怖を克服する「おやき」の四人。

 そしてスライムを撃破するのに優に10分はかけた。


「誰か一人が倒せば全員のレベルが上がるようだ。みんな、スキルの獲得まではどうなってる? 情報ではレベルアップまでに行動した内容でスキルが生えるって話だ」

「威圧【防ダウン】とか生えたぞ」

「声だけは一丁前って事じゃない?」

「殺すぞ?」

「やだーこわーい! って本当にデバフついたんですけど?」

「童夢、そのナリでデバッファーは草」

「うるせーよ!」


 千代と童夢が言い合いをしてるのは四人の中では日常茶飯事。
 そんな矢先、遅れてもう一組がやってきた。
 ダンジョンにアタックするには30分の講習を終える必要がある。
 もうそんなに経ってしまったかと、新しい探索者を確認した。


「おや、先に入っていた人かな? こんにちは」

「こんにちわ~」


 どうにもちぐはぐな二人組だ。一人は腰の曲がりはじめた老人と、孫くらい歳の離れた少女の組み合わせ。
 ダンジョンの中で会うにはまず珍しいタイプである。


「スライムを倒させていただいても大丈夫ですか?」


 年老いた男からの声かけに、ベイク達はどうぞどうぞと身を引いた。
 自分達が失敗したのと比較して、他の誰かの失敗を見たいと思ったのだ。
 誰だって失敗する、自分達の失敗は普通だと思いたかった。


「じゃあお爺ちゃん、先に行くね」


 お爺ちゃん、と言うからには実の祖父なのだろうか?
 一歩前に出た少女は手慣れた動作でナイフを抜き取り、散歩でもするかのような気軽さでスライムまで距離を詰めた。
 するとそのままスライムを上空に蹴り上げ、そこへ素早い斬撃を放つ。
 そのあまりにも鮮やかな一撃に、ベイク達は見惚れていた。

 ここがゲームの中ではないとわかっていないのか。
 はたまたわかっていながらその芸当ができたのかベイクには理解できない。
 ただ、気がつけば拍手を送っていた。

 あれはきっと有名なゲームプレイヤーだ。
 あの年齢でダンジョンに挑むだけはある。
 そして、爺さんの方も孫にいい顔見せたくて参加する。
 無理すんな爺さん、とはベイク以外も思っただろう。

 しかしこちらの期待を裏切るように、なんと華麗にスライムを片付けていく。
 ゴルフのパターを取り出した時はなんの冗談かと思ったが、だが地面を転がる相手に対してのアプローチとして実に理にかなっていた。

 そんな手もあるのか。
 しかし、見事なものだと納得するのは癪だった。


「爺さんもやるな!」


 自分達はもっとすごいぞ、そう嘯くベイク。
 仲間の目が、どこか冷えこむのは見て見ぬ振りをした。
 そんなこんなで爺さんと孫の二人組と一緒に行動して、どうにもレベルが上がりにくく感じたのはベイク以外も思った事だろう。
 とにかく見つけ次第女の子が仕留めるから、いつまで経ってもベイク達のレベルが上がらない。
 このまま傍観者でいては、少しまずいと思っていた矢先、爺さんが暗闇の奥を見ながらこんなことを言った。


「では私たちはここで。右の通路に行きますね」


 もっちーが目を薄めて爺さんが指差した方角を覗き込む。
 そこにあるのは濃厚な闇のみ。
 通路があるようには見えないが、まるでそこにあって当然のような口ぶり。
 気を遣ってくれたのか、はたまた別の要因か。
 どちらにせよベイク達にとっては都合が良かった。
 獲物にありつけさえすれば、追加報酬もウハウハだからだ。


「じゃあ俺たちはこっちだ。いくぞ、野郎ども!」

「ちょっとー女子もいるんですけどー?」


 ベイクの呼びかけに、仲間達はそれぞれの反応を返した。


「それにしてもあの子、すごかったねー」


 もっちーが絶賛する少女は、きっとなんかのゲームの有名プレイヤーに違いない。
 自分たちだってそれなりにやりこんでいるが、生粋の天才タイプには何度も煮湯を飲まされたものだ。だからこそ、憤りよりも憧れの方が勝る。
 いつかああなってみたいと思い描くくらいは許されるから。


「私もナイフにすればよかったなー、こう、シュッシュと!」


 スライムに取りつかれて悲鳴を上げていた奴が勇ましいことを言うなと童夢に揚げ足を取られていた。
 道中では相変わらずスライムばかり。
 レベルが4に上がる頃には、全員がスライムを処理するのに慣れていた。

 やはり人数が関係していたのだろう。
 6人中一人だけが倒すと経験値の分散が偏る。
 倒すなら連携して倒した方が効率が良さそうだ。
 しかし一人の乱入者が連携をする間もなく倒していくからただその場に居合わせるだけになるのが正直しんどかった。

 だから別れて正解だと誰もが思い描いている。
 ダンジョンにおいてレベルアップこそが最優先順位であると思うからだ。

 そして通路を歩くこと30分。
 事前の告知されていた休憩所へとたどり着いた。
 制服を見るからに警察だろう。
 ダンジョンの中までもご苦労様である。


「お疲れ様でーす。免許の提示をお願いします」


 免許のページに、スライムのマークのスタンプが押される。
 どうやらどこのダンジョンに入ったかどうかが記されていくようだ。


「これで良し、と。アイテムの引き換えもしていきますか?」

「レートの方はどうなってますか?」

「レート表をご確認ください。確認が面倒でしたら、こちらで査定しますよ。ただ、その分の査定量は頂きますが」


 ベイクはそんな美味い話は落ちてないな、と素直にレート表に目を落とした。
 そこにはスライムコアにも色によって値段が違うことに気がつく。
 その中で青は一番最安値。1500クレジット。
 最高額は金色。それ単体で1万クレジットだと言う。
 なんでこんなにも差がつくのか。

 そして素材には、光苔なる素材の採取も含まれてた。
 情報にあったが、入手場所は明確にされてない。
 道中にそんな場所あったか?
 ベイクは仲間達に目配せしたが、大した情報は返ってこなかった。


「それにしてもここまで一本道、退屈だったでしょう?」

「一本道、ですか?」

「そうよー。始まりのダンジョンというだけあって、出てくるモンスターもスライムばかり。レベルも上がらなくて嫌になっちゃうわ。そう思わない?」

「そうですね。でも、童夢」

「ああ、一本道っていうのは違うな。分かれ道があって、そっちに孫を連れた爺さんが入ってったぞ」

「ちょっと、それ本当?」


 受付の女性は隠し通路だわ! とその場から立ち上がり、どこで別れたのかを詳しく聞いてきた。
 おやきの四人は、その場所まで案内するも、そこにはただ壁があるだけだった。道すら存在しない、ごつごつとした壁が行手を遮っていた。


「おかしいな、確かにこっちに……なぁ?」

「見間違いだったのでは?」

「いやいや、しっかり足元まで映ってましたよ。幽霊とかではないです」

「本当にここに道が?」


 その日は誰も分かれ道が見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。
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