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本編

隣国リンツァー

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「何? ザーツバルグで新たな開拓をしていると?」
「は、先程密偵から報告がありました」
「クラーフ、お前はこれをどう見る?」
「何かの布石かと」
「で、あろうな。あの国の王は策士だ。付け入る隙を見せつけてあえて攻め込ませ、討ち取る。その上でこちらに散々要求を通してきた。父もそれで気苦労を背負ったものだ」

 ザーツバルグの東に位置するリンツァーは山岳に囲まれた僻地にある小国だ。
 しかし7年前に開かれた茶会の会場で城内見取り図が簡単に取れることに気がつき、それを鵜呑みにして進軍してしまった。
 守ることに長けた国が攻め込んでしまったのだ。
 もし見取り図が正確であったなら、その進軍で多くの兵が犠牲になることはなかった。
 結果その見取り図はザーツバルグが用意したブラフ。
 あえて敵国に偽の情報を掴ませて、自分に都合のいい状況を作り出すのだ。
 
 その為今回仕入れた情報も、他国に向けた罠であろうと警戒を強めていた。

「罠であろうな」
「でしょうね。あの老獪なザーツバルグ王の事です。まだ我らの土地を欲しているのでしょう。金鉱だけでは飽き足らず、龍の卵まで寄越せと行ってきるのでしょう」
「あの者の欲に上限はないのか」

 頭の痛い話である。

「そういえばこんな情報もつかんでおります」
「なんだ?」

 いい知らせであれば良いが。
 若きリンツァーの王ミハエルは頬杖をつきながら促した。

「彼の国が勇者を召喚したと。王城の上に6つの星が輝いたと」
「6人か、此度は随分と数が多いな」
「そのぶん一人当たりの質は分散したと思えば」
「うまく天職がばらけてくれたらいいが。固定砲台の賢者の入手だけはなんとしても避けろ。あれはダメだ。我が国だけではなく、多くの国が焦土と化す」
「まだその者が現れたとはなんとも」
「そうか。情報収集を急がせろ、わずかな情報でもいい、見つけ次第始末しろ。育ち切る前にな」
「畏まりました」

 宰相が霞の様に消える。
 まるで初めからその場所に誰もいなかったかのように、静寂が広がった。

「あなた、クラーフはなんと?」

 ミハエル背後を取るように王妃が音もなく現れる。
 友好国バンピールから嫁いできたカーミラである。
 人にしては随分と青白い肌、爛々と光る赤い瞳。
 そして口元には随分と長く伸びた犬歯がチャームポイントの19歳だ。

「うむ、カーミラか。隣国が勇者を召喚したようだ」
「勇者!」

 まるで親の仇かのように表情が強張るカーミラ。
 それもそのはず、バンピール国はほぼザーツバルグに蹂躙されて一族郎党皆殺しにされた、今はなき王国だからである。
 先代の勇者はもうこの国から姿を消したが、新しい勇者の登場を聞いてカーミラの血が湧き立ったのだ。

「だがうちはまだ打って出るつもりはない」
「あなた、成長する機会を与えるというのですか!? 見損ないました」
「待て、と言うのだ。攻め入るつもりがないとは言っておらん」
「何かあるのですか?」
「どうも罠を仕掛けてるようだ。こんな紙が撒かれていた」

 王は王妃へとビラを見せた。

「お茶会ですか? 場所は……あの忌まわしき見晴らしの丘ですか」
「怪しいだろう?」
「ええ、お父様はその茶会に参加したが為に命を落としたのですから」
「私の兄様も、そこでつかんだ情報を鵜呑みにしたが為に命を落とした」
「聞き及んでおります。では弔い合戦をすると?」
「する、がまだ状況を見極めている段階だ。牙を研ぐのは止めん、討ち入るのは少し時間をくれまいか」
「それは良いことを聞きました。生まれてくる我が子に、最上の報酬となることでしょう」

 カーミラは膨らみつつある腹を優しく撫で上げる。
 苛烈なまでの熱を目に宿すカーミラは、その時ばかりは母親の顔になっていた。
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