20 / 32
本編
隣国リンツァー
しおりを挟む
「何? ザーツバルグで新たな開拓をしていると?」
「は、先程密偵から報告がありました」
「クラーフ、お前はこれをどう見る?」
「何かの布石かと」
「で、あろうな。あの国の王は策士だ。付け入る隙を見せつけてあえて攻め込ませ、討ち取る。その上でこちらに散々要求を通してきた。父もそれで気苦労を背負ったものだ」
ザーツバルグの東に位置するリンツァーは山岳に囲まれた僻地にある小国だ。
しかし7年前に開かれた茶会の会場で城内見取り図が簡単に取れることに気がつき、それを鵜呑みにして進軍してしまった。
守ることに長けた国が攻め込んでしまったのだ。
もし見取り図が正確であったなら、その進軍で多くの兵が犠牲になることはなかった。
結果その見取り図はザーツバルグが用意したブラフ。
あえて敵国に偽の情報を掴ませて、自分に都合のいい状況を作り出すのだ。
その為今回仕入れた情報も、他国に向けた罠であろうと警戒を強めていた。
「罠であろうな」
「でしょうね。あの老獪なザーツバルグ王の事です。まだ我らの土地を欲しているのでしょう。金鉱だけでは飽き足らず、龍の卵まで寄越せと行ってきるのでしょう」
「あの者の欲に上限はないのか」
頭の痛い話である。
「そういえばこんな情報もつかんでおります」
「なんだ?」
いい知らせであれば良いが。
若きリンツァーの王ミハエルは頬杖をつきながら促した。
「彼の国が勇者を召喚したと。王城の上に6つの星が輝いたと」
「6人か、此度は随分と数が多いな」
「そのぶん一人当たりの質は分散したと思えば」
「うまく天職がばらけてくれたらいいが。固定砲台の賢者の入手だけはなんとしても避けろ。あれはダメだ。我が国だけではなく、多くの国が焦土と化す」
「まだその者が現れたとはなんとも」
「そうか。情報収集を急がせろ、わずかな情報でもいい、見つけ次第始末しろ。育ち切る前にな」
「畏まりました」
宰相が霞の様に消える。
まるで初めからその場所に誰もいなかったかのように、静寂が広がった。
「あなた、クラーフはなんと?」
ミハエル背後を取るように王妃が音もなく現れる。
友好国バンピールから嫁いできたカーミラである。
人にしては随分と青白い肌、爛々と光る赤い瞳。
そして口元には随分と長く伸びた犬歯がチャームポイントの19歳だ。
「うむ、カーミラか。隣国が勇者を召喚したようだ」
「勇者!」
まるで親の仇かのように表情が強張るカーミラ。
それもそのはず、バンピール国はほぼザーツバルグに蹂躙されて一族郎党皆殺しにされた、今はなき王国だからである。
先代の勇者はもうこの国から姿を消したが、新しい勇者の登場を聞いてカーミラの血が湧き立ったのだ。
「だがうちはまだ打って出るつもりはない」
「あなた、成長する機会を与えるというのですか!? 見損ないました」
「待て、と言うのだ。攻め入るつもりがないとは言っておらん」
「何かあるのですか?」
「どうも罠を仕掛けてるようだ。こんな紙が撒かれていた」
王は王妃へとビラを見せた。
「お茶会ですか? 場所は……あの忌まわしき見晴らしの丘ですか」
「怪しいだろう?」
「ええ、お父様はその茶会に参加したが為に命を落としたのですから」
「私の兄様も、そこでつかんだ情報を鵜呑みにしたが為に命を落とした」
「聞き及んでおります。では弔い合戦をすると?」
「する、がまだ状況を見極めている段階だ。牙を研ぐのは止めん、討ち入るのは少し時間をくれまいか」
「それは良いことを聞きました。生まれてくる我が子に、最上の報酬となることでしょう」
カーミラは膨らみつつある腹を優しく撫で上げる。
苛烈なまでの熱を目に宿すカーミラは、その時ばかりは母親の顔になっていた。
「は、先程密偵から報告がありました」
「クラーフ、お前はこれをどう見る?」
「何かの布石かと」
「で、あろうな。あの国の王は策士だ。付け入る隙を見せつけてあえて攻め込ませ、討ち取る。その上でこちらに散々要求を通してきた。父もそれで気苦労を背負ったものだ」
ザーツバルグの東に位置するリンツァーは山岳に囲まれた僻地にある小国だ。
しかし7年前に開かれた茶会の会場で城内見取り図が簡単に取れることに気がつき、それを鵜呑みにして進軍してしまった。
守ることに長けた国が攻め込んでしまったのだ。
もし見取り図が正確であったなら、その進軍で多くの兵が犠牲になることはなかった。
結果その見取り図はザーツバルグが用意したブラフ。
あえて敵国に偽の情報を掴ませて、自分に都合のいい状況を作り出すのだ。
その為今回仕入れた情報も、他国に向けた罠であろうと警戒を強めていた。
「罠であろうな」
「でしょうね。あの老獪なザーツバルグ王の事です。まだ我らの土地を欲しているのでしょう。金鉱だけでは飽き足らず、龍の卵まで寄越せと行ってきるのでしょう」
「あの者の欲に上限はないのか」
頭の痛い話である。
「そういえばこんな情報もつかんでおります」
「なんだ?」
いい知らせであれば良いが。
若きリンツァーの王ミハエルは頬杖をつきながら促した。
「彼の国が勇者を召喚したと。王城の上に6つの星が輝いたと」
「6人か、此度は随分と数が多いな」
「そのぶん一人当たりの質は分散したと思えば」
「うまく天職がばらけてくれたらいいが。固定砲台の賢者の入手だけはなんとしても避けろ。あれはダメだ。我が国だけではなく、多くの国が焦土と化す」
「まだその者が現れたとはなんとも」
「そうか。情報収集を急がせろ、わずかな情報でもいい、見つけ次第始末しろ。育ち切る前にな」
「畏まりました」
宰相が霞の様に消える。
まるで初めからその場所に誰もいなかったかのように、静寂が広がった。
「あなた、クラーフはなんと?」
ミハエル背後を取るように王妃が音もなく現れる。
友好国バンピールから嫁いできたカーミラである。
人にしては随分と青白い肌、爛々と光る赤い瞳。
そして口元には随分と長く伸びた犬歯がチャームポイントの19歳だ。
「うむ、カーミラか。隣国が勇者を召喚したようだ」
「勇者!」
まるで親の仇かのように表情が強張るカーミラ。
それもそのはず、バンピール国はほぼザーツバルグに蹂躙されて一族郎党皆殺しにされた、今はなき王国だからである。
先代の勇者はもうこの国から姿を消したが、新しい勇者の登場を聞いてカーミラの血が湧き立ったのだ。
「だがうちはまだ打って出るつもりはない」
「あなた、成長する機会を与えるというのですか!? 見損ないました」
「待て、と言うのだ。攻め入るつもりがないとは言っておらん」
「何かあるのですか?」
「どうも罠を仕掛けてるようだ。こんな紙が撒かれていた」
王は王妃へとビラを見せた。
「お茶会ですか? 場所は……あの忌まわしき見晴らしの丘ですか」
「怪しいだろう?」
「ええ、お父様はその茶会に参加したが為に命を落としたのですから」
「私の兄様も、そこでつかんだ情報を鵜呑みにしたが為に命を落とした」
「聞き及んでおります。では弔い合戦をすると?」
「する、がまだ状況を見極めている段階だ。牙を研ぐのは止めん、討ち入るのは少し時間をくれまいか」
「それは良いことを聞きました。生まれてくる我が子に、最上の報酬となることでしょう」
カーミラは膨らみつつある腹を優しく撫で上げる。
苛烈なまでの熱を目に宿すカーミラは、その時ばかりは母親の顔になっていた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。
はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~
タツダノキイチ
ファンタジー
少し変わった聖女もの。
冒険者兼聖女の主人公ジルが冒険と出会いを通し、成長して行く物語。
聖魔法の素養がありつつも教会に属さず、幼いころからの夢であった冒険者として生きていくことを選んだ主人公、ジル。
しかし、教会から懇願され、時折聖女として各地の地脈の浄化という仕事も請け負うことに。
そこから教会に属さない聖女=「はぐれ聖女」兼冒険者としての日々が始まる。
最初はいやいやだったものの、ある日をきっかけに聖女としての責任を自覚するように。
冒険者や他の様々な人達との出会いを通して、自分の未熟さを自覚し、しかし、人生を前向きに生きて行こうとする若い女性の物語。
ちょっと「吞兵衛」な女子、主人公ジルが、冒険者として、はぐれ聖女として、そして人として成長していく過程をお楽しみいただければ幸いです。
カクヨム・小説家になろうにも掲載
先行掲載はカクヨム
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
自作ゲームに転生!?勇者でも聖女でもなく、魔王の娘になりました
ヒイラギ迅
ファンタジー
恋愛要素を含んだRPGゲームを制作していたら寝落ち。
起きたらそのゲームの中の魔王の娘になってました!
自分の知識を活かして奮闘しようとするも、イレギュラーが多いんですけど!?
父親になった魔王を守るため、勇者もその仲間も引き入れて大団円目指します!
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる