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一章『NAF運営編』

18話

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 僕に彼女が出来たとて、運営に関わる仕事についたからと言って、僕がNAFに求めるものは変わりはしない。
 凌ぎを削りあえる仲間、そしていまだにその全貌すら見せてくれないゲームの世界そのものに対して僕は興味津々だ。

「おはよう御座います」
「お、ムーン君、この時間のログインは珍しいね?」
「今日は仕事でインしてまして」
「NPCとしてのお仕事かい?」

 そうです、と頷けば実は俺もな。とニャッキさんから告白を受けた。

「僕以外にもNPC役を引き受けてる人がいるとは知りませんでした」
「多分うちのクラメンは全員NPCプランを受けてるよ。要はデータ取りだね。俺たちの行動がオートパイロットモードでどのようにプレイヤーに影響を与えるか、自分ならどのように受け答えをするか。そういうデータを取ってるんだ。常に選択肢を突きつけられ、俺たちはそれを選択していくんだ。無意識にね」
「わかるようなわからないような?」
「いつも通り遊んでれば良いってこと。例の3号は実は君の素体のパイロットモードを遠隔操作していてね?」

 騙して悪いが、とニャッキさんは付け加える。

「ではこの体は?」
「当時の3号、と君が思い込んでいた体だよ」
「操られてはいなかったと? 寄生されたボディは?」

 ニャッキさんは首を横に振った。
 つまり始末されたということなのだろう。

「実際はね、すごく暴れたしすぐに始末しようって話になったよ。でも誰も手を出せなかった。みんな君に恩義があるからね。中身が別物だからと側が一緒なら躊躇する。そこで彼女がね、管理者権限を操作した。後は君も知っての通り内側の菌類を消滅させられてオートパイロットモードの試運転に使われた。君は3号にひどく嫉妬していたけどね? あまり彼女を責めないでやってくれ」
「そんな事があったんですね。でもやっぱり良い気はしなかったですね」
「そんな事態を自分から作り出した人が何か言ってるよwww」

 ニャッキさんは変わらず笑みを強める。
 確かにそうだけど、自分はキャラロストするくらいに思っていた。
 しかキノコをもぐと死ぬと知って、だからと実行に移せる者はいなかったと聞き自分のもたらした過ちの大きさを痛感する。

「それはとてもご迷惑をおかけしました」
「今後NPC化するならそういうのとは無縁になることを祈るよ。最悪管理者権限で停止させられるからね」
「以後気をつけます。で、それによる耐性獲得とか取れませんかね?」
「君も懲りないね?」
「性分ですからね」

 ワンチャン寄生耐性が取れたら今後NAFプレイヤーに大きな貢献だ。
 これでキノコに寄生されても肉体がそれを克服できる体になれば覆せるのだから。が、ことはうまく運ばなかったようだ。
 運営様のNPCボディは一般プレイヤーより多少頑丈とはいえ、無敵というわけではないらしい。

「では僕はその辺ぶらついてきますね?」
「恋人との待ち合わせはしなくて良いの?」
「彼女は忙しい人間ですからね。僕はこのボディに行動記録を蓄積させる作業を任されました」
「まぁ頑張って?」

 それだけ会話して別れた。
 しかしログイン時間が早いとこうも人が閑散としてるのは面白いね。
 朝の10時だ。一般の会社員はまず間違いなく勤務時間。
 僕のこれもお仕事なので勤務と言えば勤務なのだが、若干の罪悪感を覚えてしまうな。
 そこへ、僕の知り合いが早速声をかけてくる。

「ムーンライト氏!」
「やぁ、僕はムーンライト。このゲームでは有名人なプレイヤーを模したNPCだよ。今日はいい天気だね?」
「俺だ、ゼノジーヴァだ。NPCの真似なんかしなくたって変な事はしないって」
「人違いではないかい? 僕ははじまりの16人であるムーンライトだよ?」
「あれ? プレイヤーのではなく?」
「残念ながら僕の偽物に騙された様だね、人気者は辛いよ」

 ゼノジーヴァさんには悪いけど、ここで誰とも交友を広げるつもりはない。NPCらしい振る舞いを選択肢方式で選んでいく。
 当たり障りのない答えだが、若干喧嘩売ってるのでは? と思わなくもない選択肢がピックアップあたり、少し悪意あるなと思う。

「そういえばフレンドリストはグレーのままだ。世話をかけたな。では俺はこれで」
「お達者で」

 ゼノジーヴァさんは僕ではないとわかるなり元来た場所へと戻っていった。
 そそっかしいところが彼らしいよね。
 実際に聞いてほしい話があるからわざわざ足を運んでくれたのだろうけど。そう思うと少し悪いことしたかな?

 ゼノジーヴァさんと別れた後、花屋に顔を出す。
 ポトの花とセセギの根はルーチンワークで買い付ける様にしておこう。歩いて購入するまでを一連の行動に設定する。
 そして近場の街路樹に腰を下ろし、赤土を木の皮で覆ってポト蜜で固める作業をする。

 普通に遊んでも、NPCでもプレイスタイルを変える気はない。
 この初級調薬キットの製作と、シロップの製作は義務だ。
 
 それを作ったら外に出て毒の摂取だ。
 モンスターは適度に退治して、肉は持ち帰る。
 NPCがそんなプレイヤーみたいな真似をしていいのかと思われるだろうが、倒したのは僕なので取得物は僕のものだ。

 その日は僕の行動を一通り覚えさせてログアウトした。
 
 ◇

 再度ログインした後、僕に向けてメールが大量に送られていた。
 クランメンバーからである。
 話しかけても返事がない。何か気に触ることでもしたかと本気で心配する内容が各々認められていた。

「実は僕のNPC素体にデータ蓄積作業をしてる所で。返事がなければオートパイロットモードだと思っていただければ」
「行動がまんまムーン君でNPCと見分けるの難しいよ? 普段でもこっちの声聞こえない時あるじゃない?」
「じゃあ中身入りは胸ポケットに眼鏡ぶら下げておきます。NPCはそれがない。それくらいの差別でどうです?」
「それが妥当かねぇ? じゃあ眼鏡ぶら下げてる時は居るのに無視してるってことで多少乱暴に扱っても大丈夫ってことでいいね?」

 えっ?

 都コンブさんから暴力的な発言が出て驚いていると、それはいいとクランメンバーが揃って声を上げた。

「モテモテだねぇ、ムーンライト君」
「ちょ、R鳩さん引き止めてくださいよ。いくらフレンドリーファイアがないとしても痛いのは痛いんですよ?」
「声かけに気づかないくらい没頭してる君も悪いんじゃないの?」
「不可抗力だぁ!」

 その日から僕は首から作業中の看板をぶら下げることになった。
 みんなして僕を笑い物にするのにいとまがない。
 おかしい、みんな僕に恩義があったんじゃないのか?

 もしかしてあれはニャッキさんの作り話だったのだろうか?
 そんな気がしてならない。

 ◇

「と、いうことがあってね?」

 ログアウト後、本日も彼女の火鳥千枝さんと夕ご飯をご一緒する。
 彼女とのご飯タイムは基本日付が変わってからだ。
 それからゲームにログイン出来る様になるのだと聞いて、あのログイン時間の遅さはそういう事かと一人納得していた。
 あ、この肉じゃが美味しい。
 千枝さんは料理も上手だな。

「一回の行動値の蓄積を終えただけで本物そっくりと言われるのは流石ですね。普通なら、すぐにNPCと見抜かれるはずなんですけど」
「なんでだろうね?」
「それだけプレイヤーの皆さんに親しまれてるという意味じゃないでしょうか? あ、このお味噌汁美味しいです」
「肉じゃがと聞いて少し薄めのお出汁にしてみました。大根と白味噌のお味噌汁だけどお気に召していただいたら幸いだね」
「ご飯もふっくらつやつやで、いつもお世話になってます」
「なんのなんの。こちらこそいつもおかずのお世話になってるからね?」

 互いに謙遜しあって笑い合う。
 食後は恋人っぽいことが何かできればいいのだけど、お互い仕事人間なもんだから仕事中の愚痴を聞いて慰める、だなんて事をする。
 普段僕がGMさん達のお悩み相談を引き受けてるので、夜は彼女専用のケアマネージャーとして働くのだ。

「それでね、明斗さん。聞いてくださいよー」
「──その場合はあれだね、年齢の若さと女性だからと千枝さんを下に見てる相手方が悪いよね。仮にも取引相手のその態度。その上融資先をなんだと思ってるのか。そんなのいちいち相手にしてたら疲れちゃうよ。ボディガードとかつけたらいいんじゃない? 小娘だからと舐めてかかると痛い目見るぞーって」
「それはお爺様から止められてるんです。己の成長無くして社長業は務まらないと。他者をアテにする様ではいずれ落ちぶれていくことになる。そういう人達をたくさん見てきたと」
「確かにね。でもこういう考えも出来るんじゃない?」

 強面のボディガードなんか目にならないほどの威圧力を格下と思ってた小娘から放たれてた。
 ボディガードは露払い役で、実権を握ってるのは君の方だと相手を思わせられないか? そんな話題を振ってみた。
 あまり暴力に訴えるのはよろしくないし、企業イメージに傷をつけかねない。だからといって格下と舐められるのも違うからね。

「私、意固地になり過ぎてたんですかね?」
「いいんじゃない? 意固地でも。お爺様は君にそういう経験をさせたくて敢えてそんな言い回しをしたんじゃないかと思うんだ」
「会ったこともないのに明斗さんは私のお爺様がどんな人かわかるんですか?」
「なんとなく、クランメンバーと似たり寄ったりの性格してそうだなって思った。ほら、あの人達ってその道のプロ! みたいな凄みを普段から出してるじゃない? 僕は彼らと対話するとき、こう心掛けてるよ」
「どんな……?」
「相手の言葉の裏の裏まで読み取り、否定はせず受け止める。彼らは意外と会話を聞いてもらう機会がなくて、会話相手を欲している時があるからね」
「それだけ?」
「それだけだよ。実際にお爺様と気軽に会話できるお相手って君以外いる?」

 千枝さんは少し考え込んだ後、ふるふると首を横に振った。
 ならば教訓を教えてると同時に孫との会話を楽しんでいる。
 そう捉えれば気持ちも軽くなるものだ。
 けれど千枝さんは若く、生真面目だったものだからそれを真に受け過ぎてしまっている。

「当たってます。私、お爺様を誤解してました。いつも厳しい言葉を投げかけるのは、私が不甲斐ないからだと……」
「そんな事ないよ、同年代では間違いなく優秀だ。その年齢でお爺様とお話しできる立場にいる。お爺様はそれを認めた上で同業者としてのアドバイスを君に授けていた。そう思えば厳しさの理由もわかるんじゃない?」
「なんだか肩の荷がスッと降りた気分です。明斗さんにお話聞いてもらって救われました」
「こんな事ならいつでもどうぞ。社長業は大変だろうけど頑張ってね?」
「はい。では今日も推し活頑張ってきますね!」
「程々にね?」

 リアルで恋人になっても、彼女の活動方針は変わらずといったところか。僕は後頭部を掻きながら、彼女の活動を見守るべくログインするのだった。
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