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序章『New Arkadia Frontierへようこそ』

11話

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「よしっと」

 ステータスに耐性一覧がとても豪華になったぞ。
 それ以外のステータスが死んでるのは今更だが、僕は耐性特化だ。
 街に隣接している草原、森、山岳。
 各々エリアに分かれていて、それぞれの奥にボスが居る。
 ボスそのものはモンスターの亜種が務めるので死んでも違う奴がその席に座る椅子取りゲームになっている。

 NAFの厄介な所はそれぞれの種族によってボスに収まる奴の対策と傾向が全く別物になることくらいか。
 基本的にボスは子分を率いて群れで襲ってくる。
 けど、稀に種族を跨いで使役化してくるボスモンスターも出てくる。
 それがキノコなどの菌糸種族。又は植物系種族。
 これらは基本、スライムと同様に肉体乗っ取り系。
 人類に牙を剥くことのないノンアクティブなモンスターも、ボスの取り巻きに与した時点で凶暴になり、噛みつき肉体に侵食してくる。

 僕が耐性を上げてる理由はそこだ。
 植物や菌糸系の主な攻撃手段は毒や幻覚作用だからな。
 と、言うわけで次のステップに進むべくある場所に寄った。

 ◇

「いらっしゃいませー!」

 今日も笑顔が眩しいミーシャ。メニューに目を落とせば相変わらず毒物をふんだんに取り扱ってるらしい。

「いつもの。それとトーストセット」
「ジャムはおつけしますか?」
「お勧めのよろしく。あ、耐性は*Ⅱまで取ったから」
「耐性付与の腕輪無しでお召し上がりくださるの、ムーンライトさんくらいですよ?」
「他の人達は違うことに情熱を育ててるからね。うん、美味しい」
「ありがとうございます。ようやく秘伝のレシピに追いつけたんですよ!」

 ミーシャは僕が再現したレシピを取得して、そこからさらに手を加えたらしい。お陰で毒の種類が増えている。
 以前のシンプルなバージョンも激毒の類だったが、他に神経痛をもたらすものや幻覚を見せるものも混ざっていた。
 味はいいんだけど、まるでエリアボスからの総攻撃だ。
 耐性が無かったら軽くトラウマになっているのでは?
 店主のミーシャからは一切の悪気はない笑顔。
 本当に“味”にのみ拘ったらしい。

「あ、それでですね! 私この度大衆食堂さんとコラボすることになりまして」
「ふむ?」

 カリッと焼き上げ、斜めにカットされたトーストを口に入れ、咀嚼して紅茶を喉に流し込む。
 コラボか。そう言えばクラン同士でそういうこともできるらしい。
 例の簡易トイレもウチと産業革命さんとのコラボって話だ。
 僕はアイディア出ししかしてないけど、バリーさんやワンコさんが関わってるからウチの名前が出たらしい。

 全てのトーストを口にしてから紅茶で喉を潤せば、現実と変わらない充足感に満ち溢れていた。
 ここにケーキなどあれば満足感もひとしおだ。

「それでですね、ぜひムーンライトさんにご助力を願えないかと」
「話を聞くだけ聞こうか。あ、トースト単独で美味しかったからジャムを使い損ねてしまった。紅茶をもう一杯いただけるかい? 落として飲むことにしよう」
「今ご用意しますね!」

 僕とミーシャのやり取りを、遠巻きに見ている連中がいる。
 「正気か?」「うわー」「オイオイオイオイ、死んだわアイツ」など聞こえてくる。
 殆どが毒のフルコースと言って差し支えないメニューを耐性付与の腕輪なしに味を楽しむ僕はさぞかし異端に見えるようだ。

「お待たせしました!」
「うん、美味しそうだ」

 ジャムを小瓶から取り出して紅茶に落とす。
 紅茶そのものに毒の成分は無いが、ジャムが激毒の類だ。
 周囲から「マジかよ!」「あの激毒を躊躇なく!?」「うわー、本当に美味しそうに飲んでる」などの声が聞こえる。
 
 一息つき、本題に入る。

「それで、コラボとは?」
「毒物の味の追求です!」

 ふむ、あえて毒物のみの味に追求してみようと言う試みか。
 僕は手記を懐から取り出し、毒物のページを開いた。

「いいだろう、何が知りたい? 僕の体験した味と舌触り、喉越し。毒の種類を教えてあげよう」
「わぁ!」

 二人で盛り上がる。
 周囲からは蜘蛛の子を散らすように人が散っていった。
 まぁ正気だと「頭大丈夫か?」って突っ込まれること請け合いだ。
 数時間に及ぶ毒の種類と見解、現実世界においてのどの素材に置き換えられるかの検証。
 又はどのモンスター、植物、キノコ、昆虫から摂取できるかを共有し合った。
 PC時代では僕の興味についてきてくれる人は皆無だったが、VRでは味が付与された事によってこうして共有できるまでになった。
 ほんの少しだけ、ああ、ほんの少しだけど。
 ……報われた気がするなぁ。

 別に、誰かに認められたかったわけでは無い。
 でも、忘れ去られて半分僕の中からも消えかけていたものが、こうして再度形となり、誰かの思いがけないものに移り変わっていく。

「──さん、ムーンライトさん?」

 少し呆けていたのか、ミーシャに呼びかけられてハッとする。

「いや、なんでも無いよ。それで、何か役に立ちそうかい?」
「大作の予感がします!」

 ふんす、と鼻息荒くはしゃぐミーシャ。
 高校生とはいえ卒業間近。僕が彼女と同じくらいの頃、これほど希望に満ち溢れていただろうか?
 いや、NAFとの出会いもあって、毎日飽きることはなかった。
 何かに夢中になれる事。それだけで世界は変わるのだ。
 僕も体験し、今まさに彼女も体験していた。

「そうか、なら楽しみにしておこう」

 ◇

 あれからどれほど経っただろうか?
 大衆食堂は猛毒茶屋とのコラボでデザートを出してきた。
 僕の求めていたものと違っていたが、甘味の登場に湧くプレイヤーも多い。

 そんな中でコラボ品として出た甘味をいただいている。
 大衆食堂は大味なモンスター肉を味付けする際に油と辛味をよく使う事で中華風の味付けになりやすい。
 そこに毒物のナッツや粉物を混ぜることでレパートリーを増やしたのだ。

「うむ、旨い! 杏仁豆腐もいいものだな。口の中がさっぱりとする。今まで食べる機会はなかったが、これからはこれだけを食べにくるのもいいかもしれない」
「毒物をこうも豪快に食べれるなんて噂通りってことかい?」
「どんな噂やらさっぱりだが、アンタは?」

 独り言がうっかり漏れていたのか、いつの間にやら僕のテーブルの向かいには見知らぬ男が。

「ああ、挨拶がまだだったな。ここで商いをさせてもらってるカリ音だ。本当は日本料理を食わせたいんだが、それに変わる素材がなくてな、仕方なく中華風で仕上げてる。よろしく頼むぜ?」
「ふむ、僕は」

 挨拶を返そうとしたところで片手で制された。
 どうやら人の多い場所でこの名を明かすべきでは無いと気を遣ってくれたようだ。
 うぐぐいすさんの配慮で出回る時はNPCの仮面をかぶるようにしているからね。

 交友関係以外にはイベントの類が起こらない仕掛けだそうだ。
 なので僕達始まりの16人はプレイヤーではなく、NPCという認識のプレイヤーが多い。
 なんでそんな面倒くさい事になっているのかといえば、『藻紅』なる他人のプライベートを暴いて面白おかしく記事にする自称記者を牽制する為だった。

 イベントを起こすにはそれぞれの分野に精通する何かのアイテム、知識の探求なくしてはならない。みたいな設定が設けられてるらしい。
 そうする事で自分の得意分野以外での接触を避けようって考えらしい。

 なぜうぐぐいすさんが運営に顔が効くかはさっぱりわからないけど、GMを通じてそう言うふうに話がまとまっていた。
 カリ音さんもそれを知ってかまだイベントも発足してないのに会話できるのはまずいだろうと促した。

 勝手に喋りかける分にはいいが、反応するのはイベントを起したプレイヤーのみにだけ限られるそうだ。
 その点ミーシャとはイベントをおこしている間柄。
 不自然はない、との事。

 だが、ここに食べにきたいと言う理由はイベントを起こすのに十分な理由になり得る。だから敢えてそれっぽく自己紹介した。

「僕の名前はムーンライト。NAFではお馴染みのNPCさ。ここの杏仁豆腐は僕を満足させ得るものだった。また通わせてもらうよ。じゃあね?」
「へへ、又のお越しをお待ちしておりやすぜ!」

 片手を軽くあげる。
 カリ音さんは僕の姿が見えなくなるまで店の前で手を振り続けていた。律儀な人だ。
 もし彼の日本料理にありつく機会があれば、いつか口にしてみたいものだ。

 口調や見た目はどう見たってチンピラ、ごろつきなのにね。
 本当に不思議な人だった。
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