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序章『New Arkadia Frontierへようこそ』

6話

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「これはちょっとした疑問なんだけど、このゲームでは毒物に対してどのような対応策を取ってたりするんだろう?」
「解毒薬ですか? でしたらグレードによってⅠ~Ⅴまで取り揃えておりますよ」
「うん、でも感染元の由来は?」
「えっと……仰ってる意味がわかりません」

 やはりか。つまり彼女は大は小を兼ねると本気で思い込んでいるのだ。
 これはまずいぞ。

 サービス開始から一年間、それでやり過ごしてきた実績がある以上過信してしまうと非常に厄介だ。
 このゲームの開発コンセプトは人間に環境を乗り越えさせるためのオープンフィールドにある。
 まだ病気なんかは出てきてないだろうが、いつどこで蔓延するかわかったもんじゃない。
 便利になればなるほど、菌に対しての耐性が弱くなるのがネックなんだよなぁ。
 今は良くてもこの先は非常に用心しなければならないだろう。

「これは僕の経験談なのだけど、毒って植物や動物、昆虫、キノコによって種類が違っていてね。例えば解毒薬なら、キノコ由来の毒に対して植物性の解毒薬では効果はなかったりするんだ」
「えっ!? そうなんですか?」
「うん、これはNAFなら常識……と言うのは違うか。僕が研究を重ねた結果得た知識だね。手記に書き綴っていたけど、その全ては未だ発見されてないと言っていたね?」
「残念ながら……」
「では僕がこのゲームのプレイヤーに対して一通りの知見を広げるべきだな。君が僕の手記を通じてしたように、うぐぐいすさん」
「はい?」
「ここら辺で調薬の大手に顔は利く?」
「センパイ関連でしたら」
「ならそこに案内してほしい。でも、僕の正体はあまり大っぴらにしてくれないと助かる」
「それは無理では? 今現在私以上に詳しい存在はセンパイくらいですし」

 おや? 雲行きが怪しくなってきたぞ?

「えっと、その方は何故このゲームで調薬になんて面倒な事業に携わっているんだろうか?」
「他のゲームでも同様に携わっていた実績があるからと息巻いておりました。しかし実際は……」
「この無駄に細かい状態異常の多さに頭を悩ませている?」
「はい」

 成る程ね。まあそれでも教えておかないと危ないから教えておこう。
 僕の正体についてはどうとでも捉えてくれても構わないとし、でもできるだけ名前は出さないようにしてほしいと交渉した。

 紹介されたのは大手調薬クラン『人類の灯火』
 やたら大袈裟なネーミングはこのゲームプ共通なのだろうか?
 うちのクランだけが大袈裟なのかと思っていたけど違うみたいだね。

「初めまして、クランのマスターをさせていただいてるミントです」
「初めまして、調薬についていくつか質問しに参りましたムーンライトです。今日は直接対談のお時間を取らせていただきありがとうございます」
「こちらこそ、ムーンライト様から色々学ばせていただきたく思います」

 よろしくお願いしますと握手を交わし、出品されているいくつかの商品の理解度を交えてお話しさせていただいた。
 ちなみにミント氏の見解はうぐぐいすさんと全く同じだった。
 それは単純にうぐぐいすさん経由でのお話を鵜呑みにしてしまっているからだ。

「では、ムーンライト様の見解は大きく異なると?」
「はい。しかし僕の知識はPC版の知識。現時点でVRで起き得る全ての病気に対する特効薬についての見識があるわけではありません。そのことを含めてお話させていただけたらな、と思います」
「勿論です。それすらも理解の範疇外。今日はよろしくお願いします」

 ミント氏は実に丁寧な対応で学ぶ姿勢を見せた。
 僕の研究は別に調薬一辺倒というわけではないので、専門職には敵わないところがある。
 でも彼女は学べるならなんでも学ぶ姿勢で身に刻んでいた。

「凄い、不要と判断したシロップ類にそんな効果があっただなんて!」
「うん、これは一般の冒険に重きを置くプレイヤーには不要な知識だと思う。でもこれから薬学を通して高めていくあなたたちになら有って損はない物だと思います」
「目から鱗が落ちる思いです。知識の共有に感謝を!」

 大袈裟なほどに感謝されてしまった。
 それくらいシロップの効果はすごい。

 単純に毒を消す効果は薄いが、要は肉体に耐性を持たせるための耐毒遅延効果がある。

 そもそもグレードが上がる毎に肉体に対するダメージが上がっていく。その為の抗体を作ろうにも、自身の肉体が受け止め切れなければ意味がない。

 ただ、自分で受け止められる、効果があると思っても、全く耐性のない人に向けて販売する場合は倍から二倍くらいの効能を持たせればならないので、そこは何人かに治検してもらう必要があるだろうね。

 僕が専門でその事業につかないのはただ面倒くさいからだ。
 お客様は無理難題の要望を押し付けてくるからね。

 そういうのはリアルでお腹いっぱいだよ。ゲームに来てまでやることではない。
 だからクランを立ててまで医療に従事するミント氏には頭が上がらないのだ。

「しかし毒物にも種類があるのなら、複合毒など今度出てきてもおかしくありませんね」
「複合毒?」

 ミント氏の言葉掛けにうぐぐいすさんが疑問符を浮かべる。
 僕は毒を持つ植物を餌にしてる動物毒の事だよと説明をするとようやく的を射る。

「勿論それもあるだろうね。でもそれよりも問題なのは、あらゆる過程を経て街の中持ち込まれる可能性かな?」
「持ち込みですか?」
「毒と知らずに食べてたモンスター、はたまたそのモンスターに付着していた蚊のような小型昆虫など。病気なんて虫から虫に感染経路を持つ場合すらあるからねぇ。持ち込む際には注意したいとこだよね」
「待ってください! あれはフレーバー的存在ではないんですか?」

 既に心当たりがあるのどろう、ミント氏が声をあげた。

「残念ながら。蚊に刺され過ぎると痒みを訴える状態異常『虫刺され』がある。PC版ですらね。VR版の方は詳しくないけど、その言い分は既に思い当たる節があると思って良いのかな?」

 ゴクリと喉を鳴らすうぐぐいすさんとミント氏。
 僕はそんな彼女たちににこやかに笑いかける。

「当然、虫除けやら虫刺され用の解毒クリームのレシピは見つけてある。安心して良いよ」
「もう、脅かさないで下さいよぉ」
「でも、今の季節だと皆暑さにやられてしまうのではないですか?」
「うん、クールビズなんてもっての外だよね。だから魔導具師の成長に期待をかけようと思う」
「魔導具師! 蚊取り線香とか作ってもらえませんかねぇ?」
「僕が似たようなレシピ知ってるので、うぐぐいすさん経由で作ってもらおうかなぁ。ただ、材料が外の大陸経由なので、今すぐってわけにもいかないんだけど」
「私に言っていただければ、いつでも手配させて頂きますよ!」

 トン、と胸に握った拳を置くうぐぐいすさん。
 ミント氏も乗り気で僕の提案に協力すると言ってくれた。

 今日は非常に楽しい会談ができたような気がするよ。
 気分が良くなったので、軽く解毒薬のレシピも教えてあげた。

 ただ、その意気込みから絶対買い占めて値段が高騰しそうだなと察した僕は、今後素材をどうやって手に入れようかと頭を悩ませることになった。

「ところで話は変わるけど。日焼け、対策とかどうしてる?」
「あー、そこは切実な問題ですねぇ」
「私たちは殆ど外に出ませんからねぇ。でもあれば嬉しいですね」

 インドア派だと言いつつも、気にはしているミント氏。

「実は僕の手持ちのレシピに対紫外線効果のあるクリームがあったりする」
「えっと、それってPC版のです?」
「うん、ずっと用途について思い悩んでたんだけど、もしこれが使えたなら良いなって」

 もしやもっと先に進めていたらその手の対策がないと進めないフィールドが待ち受けていたのかもしれないけど、冒険するプレイヤーが軒並み辞めちゃったから、実のところずっと鞄の肥やしになってたんだよね。
 PC版では日焼けの状態異常なかったし。

「耐性グレードは?」
「紫外線耐性*Ⅲだね」
「レシピの方を詳しく教えていただいても?」
「勿論」

 これに対して喜びの声をあげたのはうぐぐいすさんを筆頭に女性プレイヤー達。
 リアルでUVケアを欠かせない女性陣は、見た目の変化をとにかく嫌う。
 ゲーム内なのに日焼けまでするこのシステムに不満の声すら上がっていた。

「あ、このレシピについては手記から発掘したことにしておいてね?」

 念の為と釘を刺す。
 こくこくと頷く両名。もげるのではないかというほど首を振った。
 女性の美白へのこだわりには執念じみたものを感じるなぁ。

 このゲーム、食べ過ぎによる体型変化もあるので、その内食品までダイエットフードに支配されるのではないかという懸念がある。

 実のところ栄養価さえ含まれてればアバターは動くのだが、ここにきて味覚の影響が世界にどう影響を与えるのか興味があったりする。
 きっと碌でもない味に違いない。

 ここに来る前にシロップで舐めた草の味がいまだに口の中に残り続けてるもん。
 植物毒*Ⅰですらこの仕様。今後フレーバーの研究も進めていかないとな。
 新しい研究理念に突き動かされるように、僕の探究心はより深く研究に没入していった。

 なお、人類の灯火に新規追加された薬品類の増加に「細かい商品増えすぎwwww」と掲示板でのやりとりがあったとかなかったとか。
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