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六章

狡猾!毒使いvs吸血姫ココット

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 ◇side.ココット


「ふぅ」


 影で創造した椅子に腰掛け、目の前で寛ぐ襲撃者に視線を落とす。
 対峙したと思ったら急に寝転んで毛繕いなんて始めちゃって……あたしのことを舐めてるのかしら?

 ステータス看破も文字化けして読めやしないし?何かしら弄ってるのは間違いない。つまりこの子猫ちゃんは同業者プレイヤーキラーで確定だろう。

 襲撃される謂れなんて数えきれなぐらいあるけど、よもや姉さんと一緒の時を狙うだなんて、空気を読むことすらできないのかしら?

 いえ、違うわね。読めないではなくわかってて読まない。そこで出来た隙を伺っているんだろう。弱者なりの戦略というやつかしら?
 どちらにしても、その誘いにまんまとハマったあたしはただの間抜けだ。
 狙われていると自覚していながら姉さんとのお散歩についてきた。
 ……何をやっているんだか。
 つくづく自分の浅慮さが嫌いになる。

 ギシ、背もたれに上体を預ける。
 まぁこうなってしまったのは仕方ない。パッとかたずけてパッと合流すれば済むだけ。
 メニューコンソールを開いてパーティメンバーに連絡を入れる。
 さぁ、今なら隙だらけよ?  来るなら来なさい……って、来ないわね。流石に見え見え過ぎて乗ってこないか。
 足元に闇溜まりを展開してから続きをしたためる。
 秒で返事が帰って来たのはカザネからだ。
 内容は「ヘルプミー」一択。
 全くあいつは。あたしより総合LVが高いくせしていつまでもおんぶに抱っこなんだから。
「自分の身ぐらい自分で守れ」と書き記し、いつまでも返事の帰って来ない姉さんには「今すぐ助けに行くからそこで待っててください」と180度違う対応でメッセージを送った。

 待っててくれたのは有難いが……コイツは一体何をしに来たのだか。
 いつまでもじっと動かない。こちらから手を出すのを待っているんだろうか?
 では遠慮なく。
 なんの予備動作もなく、寄り付いてきた虫を払う仕草で手を振るう。
 その動作だけで影の刃を発生させた。
 真っ直ぐそのまま当たれば真っ二つである。

 ……が、しかし。刃は見えない壁に当たると同時に霧散して消え失せてしまった。


「ふぅん……」


 霧散したという事は攻撃そのものが効力を失したという事。つまりコイツは見た目と違って影に精通している事になる。
 影の刃は魔法式によって構成されている。その為物理防御で弾く事は出来ない。
 だがコイツは回避すらせずにそれを分解してみせた。そこから導かれる結論は至極簡単。コイツもまた、同じ術式を理解している事を示していた。

 先ほどまで寛いでいた猫獣人が、非難の声を上げる。しかし声色に怒りの色は見えず、やっとこちらに興味を示してくれたかと喜びの色を浮かべていた。


「酷いでござるなぁココット殿。やっとこちらを振り向いてくれたと思ったらこんな無礼を働くとは。それとも愛情の裏返しでござるか?」


 何故だろう。初めて会うのに嫌いなタイプだ。なんとなくそう感じた。


「貴女が何を言いたいのか理解できないわ、えーっと、何とかさん?」
「おお、拙者とした事が自己紹介を忘れていたでござる。拙者の名は『毒霧の』アシッド。新進気鋭、今売り出し中のバウンティハンターでござるよ。ニンニン♪」


 片手で印を結んで、軽妙なトークで語らいかけて来る。口は軽いが、瞳の奥は一切笑ってない。隙を誘いながら攻撃するタイミングを測ってる。誘導しても利になる情報を吐いてくれるタイプではないわね。


「そう、その凄腕バウンティハンターさんが一般プレイヤーのあたしに何の御用かしら?  これからピクニックに行く予定だったのよ。随分と時間が経ってしまったのでお暇したいのですけど」
「くくくく、くかかかか!  誰が、誰が一般人でござるかぁあ、ココット殿ォ!  
 斯様な殺人鬼が一般人のフリをしている歩いているだけで掲示板を炎上させるネタになろうものぞ?!」


 身振り手振りで感極まった様子を演じているが、相変わらず目の奥には冷静さを称えている。
 そこには会話での駆け引きは不要と言わんばかりの圧力が付与されていた。


「見ての通りあたしがよ、アシッドさん。それともちゃん付けの方がよろしかったかしら?」


 ピクリ、とアシッドの眉根が動く。少し動揺した気配。しかし直ぐに立て直し、冷静さを保っていた。どうやら女性である事は秘密にしてそうね。突くならここら辺りがいいかしら?


「な、なな…何のことでござるか?  斯様な事で我輩が動揺するとでも?  こう見えて拙僧は男子(おのこ)でござる故、女子(おなご)と間違えられるのは甚だ不愉快でござるなぁ~?」
「口調が定まってないわよ?  アッちゃん」
「~~~~!!」


 アシッドは急に顔を真っ赤にして、あたしから距離を取った。
 うくくく。焦ってる焦ってる。
 だが女であるからなんだと言うのか?
 もはや女禁制の組織とか?
 女で強い人なんていくらでもいるのに変なの。

 でも今がチャンス!

 無理に戦う必要はないし、今は姉さんの事が気がかりである。ここは戦略的撤退だ。
 影で分身体を作り出しながら本体を影の中へ移動させ、あたしは戦線を離脱した。




 おかしいな。
 森林フィールドのエリア1はこんなにも広かったであろうか?
 先程から全力で駆けているのにも関わらず、マップ上ではあたしの位置はまるで移動していない。まるでマーカーが壊れてしまったかのように、スタミナだけが減り続けていた。

 もしや結界が張られている?
 そう思った瞬間……私の胸から手刀が生えた。
 心臓の位置する場所に正確に置き換えられたその一撃。
 だけどあたしのHPゲージを減らす事は叶わない。
 今のあたしは1日5回まで肉体の一部を霧化出来る。だけどこんな所で一つ失うとは思わず舌打ちをした。


「およ、確実に捉えたと思ったのでござるが」


 先程の慌てていた様子も微塵も感じさせず、アシッドがしれっと言う。
 しくじった。あれすらブラフで背中を見せるのを誘ったというのか。
 そしてこの結界である。

 ここから出られないことを知っているからこそ、あのような作戦に出ている。
 そしてこの結界を破るにはアシッドを倒すしかない。
 あたしに初めから選択肢などなかったのだとここで気づく。
 そしてアレコレと焦っていたことがどうでもよくなり……吹っ切れた。


「もぅ、酷いじゃない。折角の一張羅が台無しだわ」
「なーにを言うでござるかぁ。影で幾らでも作りたい放題でござろう?」
「そうね、でもムカつくから死んでちょうだい。貴女の血で喉を潤して怒りを鎮めることにするから」
「おっとぉ!?」


 攻撃の初速すら見えない斬撃をこの至近距離で躱された!?
 全く腹の立つ。


「おっかないでござるなぁ。拙者じゃなかったら危なかったでござるよ?」
「そう、殺すつもりで放ったのにとても残念だわ」
「おーこわっ」


 アシッドは軽薄そうに言いながらも余裕を持って回避し、その身体をブレさせながら三つに分かれた。
 多重影分身!  面倒な。


『そろそろ本気出してくれないと』
『殺しちゃうでござるよー?』
『ココット殿~?』


 器用なことに少しづつ遅れて声を出す。一人一人の動きがとてもムカつくのは隙を誘っているのだろう。
 そんなものに誰が乗るか。
 だけどそれが冷静さを欠く作戦だとわかっていても乗ってしまう。
 どうやら相手は相当な策士であるようだ。さっきから「もう無理、殺す」と言う感情が抑制出来そうもない。

 そして相手の言う通り、アシッドはあたしの換算でそこまで雑魚でも無いのだろう。だからと言って一番強いとも限らない。
 なによりも情報が少な過ぎる。
 バウンティハンターがあたしを殺すためにどんなカードを用いてきたのか本気で探る必要がある。
 そしてこの結界だ。
 上位闇使いのあたしが解除出来ないとなると、精霊が出張ってきている可能性も考えられる。
 それがカザネに向かっていたら手も足も出ないだろう。なにせ相手はカザネの得意分野である状態異常が一切効かない種族特性を持つ。
 だが姉さん相手ならどうだ?
 いや、姉さんの切り取りラインでさえ通じるかどうか。少しおかしい強さを持つ姉さんでも苦労すると思うし。

 あー、もう!  悩む時間すら惜しい。
 速攻でぶっ飛ばして助けに行く!
 それでおしまい!
 覚悟なんてない。ただ出し惜しみしていた力を振るうだけ。それであっさり片がつく。後のことはその時考えよう。


「ごめんなさいね、少し考え事をしていたの。もう大丈夫よ」
『ほほう、それで考えはまとまったでござるか?』
「ええ、変に悩んでいたのが馬鹿みたい。今ではとても穏やかな気分」
『それは行幸でござる』
「そうね。とりあえずその二体は殺すわ。バイバイ」
『!?』


 軽く腕を振り上げる。しかし纏わせたのは影ではなく闇。それも自身から抽出したものだ。回避不能でその上影の刃の完全上位互換。同じように扱えば、消滅せざるを得ない。そう言う風に仕上げている。現にアシッドは先程から無言だ。うっすらと冷や汗すら書いているだろう。
 今更焦った所で遅いし、キルするのは確定だから。


「…………」
「不服そうね?」
「……何故、そう思うでござるか?」
「怖いよーって顔に出ているもの」
「ふふふ……バレてしまっては強がりにしかならないでござるな!」
「そうね。さっさと終わらせてピクニックの続きをしたいのよ。今日は引いてくれる?」
「嫌だ……と言ったら?」
「分かってないようね。これはお願いじゃなくて命令よ?  引けって言ってるの」


 魅了の魔眼を至近距離で浴びせる。
 しかしアシッドの気配は足元から影の中へと潜り込んだ。計算通り。


「【闇の抱擁ディープバインド】」
「あぐっ!」


 ギチッと体を締め付けるようにして影のリングがアシッドの肉体を締め上げる。
 質量を持った闇に掴まれたアシッドは苦悶の表情を浮かべていた。とても良い表情である。その顔を見れただけでも少しスッとした。


「威勢の割に無様ね。とても滑稽よ?」
「いい顔で笑うでござるなぁ、それがココット殿の本性でござるか?」
「まぁ、失礼しちゃうわ。でもそうね……貴女の苦悶の表情を見て嬉しい気持ちは本心よ」
「趣味が悪いでござるよ」
「よく言われるわ」


 右手を強めに握りしめ、スキルの威力を上昇させる。その度にアシッドは喘ぎ声を上げた。妙に艶のある声だ。もしかしなくてもマゾだろうか?
 少し興奮したように顔を赤らめている。しかしコレも油断を誘う罠かもしれない……一思いに殺そう。そう思った時、アシッドが話しかけてきた。


「それよりもこんな所で油を売っていて良いのでござるか?」
「だから急いでるのよ。はやく死になさいよ」
「くくくく……拙者はただの足止め。本命は人質兼実行犯の方でござるぞ?」


 どうせそんなことだろうとは思っていた。
 だけどわざわざそれを今言う必要があるだろうか?  
 それともまだ手札でもあるのだろう。
 やけに強気な発言が引っかかった。


「ココット殿は闇精霊と言うものを知っているでござるかぁ?」


 そう言うことか!
 アシッドの余裕の意味を理解して警戒を強める。たしかに闇精霊が相手ではあたしのスキルの8割は死ぬ。
 闇精霊に影魔法も闇魔法もダメージを与えられないからだ。その上精神ダメージにすら耐性を持っている。あたしの焦りにアシッドはHPゲージを減らしながらもくつくつと笑っていた。

 そして身体の内側から何かが抜き取られる感覚に膝をつく。


「くっ、コレは何?」


 見ればあたしの支配している闇が3割型何者かに奪われていた。
 支配から抜け出したアシッドは距離をとってポーションをガブ飲みしている。
 チィッ、殺し損ねた。

 こんなことができるのなんて闇精霊ぐらいしかいない。
 その時急激に闇の気配が高まった。
 ゲーム内時刻はまだ昼前だと言うのに、このエリアだけやけに暗い。
 まさか!

 嫌な予感を察知したと同時にズドォォオオン、という爆発音がここより少し離れた場所から聞こえてきた。


「!?」


 至近距離で花火を体感した程のインパクトがエリア全体に響き渡る。
 なにかの合図だったのか、その前後からアシッドの姿を失っていた。

 手負いとはいえ、厄介な奴を逃した。
 しかし結界はまだある。そう遠くに入っていないだろう。
 ここまで面倒ごとになるとは思わなかった。あたしは自分の驕りに唾を吐きかけた。何が格下だから直ぐに倒せる、だ。
 みすみす逃した挙句、姉さんまで巻き込んでしまった。
 くそ、くそ、くそ!
 見つけ次第八つ裂きにしてやらなければ気が済まない。

 何処だ。何処に隠れた?
 炙り出して血祭りに上げてやる!
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