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六章

襲撃!凶狼の爪vs調薬師カザネ

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 闇に紛れて各々が強襲され、分断されている頃、カザネは窮地に立たされていた。


「くっ、まさかあたしの方に脳筋パワ─ファイタ─が来るとはね。こりゃ貧乏くじだわ」
「金魚の糞の癖によく吠える。お前には何も期待してない。さっさと死ね!」


 グレ─トウルフの獣人は構えを取り、咆哮とともに駆け出した。
 その勢いたるやまるで疾風怒濤の如く。もちろん知力と器用に二極化したハ─フリングが避けられるはずもなく、その爪がカザネの身体を貫くことなど容易であった。


「あいった~、効く~~。ったく、こちとら生産職なんだから手加減しろっつ─の。うわ、HPゲ─ジ3割イっちゃってるじゃんよ、もう」


 しかしこんな状況にも関わらず、軽口を叩きながら冷静に分析していくカザネ。
 グレ─トウルフであるラシッドは、相手の変に冷静なところに違和感を覚えた。
 しかし相手がどんなにおかしくても、人体の構造は人と変わらない。
 ならばやる事は同じである。再び構えを取るラシッドに対し、カザネは余所見をした。
 不意に白衣の胸ポケットを弄り、その中からキュ─ブ型のお菓子を取り出した。クッキ─である。
 それを真上に放り投げ、大口を開けてキャッチ。そのままシャクシャクと咀嚼して飲み込んだ。

 何がしたかったんだ?  
 ラシッドは訝しむ。
 しかし再びカザネのHPゲ─ジを見やれば、その菓子の効果かHPは全快していた。あんな菓子一つで自らの攻撃が無かったことにされたのだ。
 だがただの手刀。なんのスキルも使わず、スタミナの消費も特にない。対して相手は食事を必要とするのだ。
 要は食事をさせなければいい。
 ラシッドはそう考えを改めて、再びカザネに向き直った。


「ふっふ─ん、準備はできた?  グレートウルフのラシッドくん?」
「!」
「どうして名前が分かったって顔してるね─?  あたしをただの生産職だと思って舐めてるでしょ?  チッチッチ、甘いよ~チミィ」
「チッ、会話で時間稼ぎか……その手に乗ると思うか?」
「乗ってくれると助かるけどだめか─……残念、無念」


 カザネはにっと笑いかけ、白衣のポケットに両手を突っ込んだまま後方へ跳躍した。
 ラシッドはまたあのポケットから何か出すのだろうと警戒を強める。
 だが特に何事もなく、カザネは遠ざかって姿を消した。
 そう、思わせぶりな態度を匂わせたまま、うまく逃走せしめたのだ。


「クソ!  嵌められた!  まともに相手をしたのが馬鹿だった!」


 ラシッドは両足に力を漲らせ、大地を掘り起こすようにして地を駆ける!

 スタミナにマイナス補正がかかったハ─フリングなど追跡するのは容易い。対象の臭いなどはすでに把握済み。
 追いついたら容赦なしに八つ裂きにしてやる!  その思いを胸に秘めてラシッドは追跡を開始した。




 ◇side.カザネ

 いや─、単純で助かるね。
 それにしてもココットの奴。応援送ったのに自分の身は自分で守れなんて……
 まぁユミさんが心配なのはあたしも一緒。ここは時間を稼いで逃げの一手に限るわね。
 ってヤバッ!  もう追いついてきてんじゃん。さすがスタミナ消費軽減の化け物ね。その上筋力と敏捷の二極振りで相性も最悪だし。
 だからあたしはバトルは苦手なんだって~の。

 ……でも負けられないよね。
 あたしがきっかけでクランのみんなに迷惑をかけるわけにも行かないし、そんな理由でトップを追い出されるのも嫌だ。

 柄じゃないけど頑張るしかないか。
 あ─あ、気が変わってココット助けに来てくれないかな─。無理かな─。
 だってあの子と私の関係って、利害の一致なだけでそこに友情とか特にないし。 腐れ縁だけどね。それでも……


「フン、追い詰めたぞ、ハ─フリングの女!」
「あんたねぇ、女の子の匂いを嗅いで追いかけ回すなんて趣味悪いわよ?  下手したら事案だからね、そこんとこ分かってる? このまま警察に突き出してやるんだから!」
「ならそいつらごと葬ってやるわ。覚悟!」
「チィッ!」


 覚悟を決める前に血染めの手刀が脇腹をかすめていく。それは果たして胴体を狙ったものだろうか?
 軽々回避を出来たことから、狙いは別のところにあった。


「あ、この!  この白衣特注なんだからね!  弁償しろ!」
「効く耳持たん。次は心臓を貰うぞ!」


 白衣のポケットを狙われた。
 右手を収める場所が消失して、手持ち無沙汰になってしまう。
 ジリ貧だ。ジリ貧だ。ジリ貧だ。
 だけどこれぐらい軽々と乗り越えて見せなきゃ、ユミさんに申し訳が立たない。せめてなにかの役に立たなきゃ!

 そう思った時、同じエリア内で大きな爆発音がした。
 森林フィ─ルドに大量の土煙が舞い上がる。
 ふと目を奪われてしまった事を状況的に後悔するが、相手もまたその光景に目をやっていた。


「あんたのお仲間?  随分と派手な事してるわね。こんなに目立つことして、人が来るのも時間の問題ね。ご愁傷様」
「フン、あいつも所詮口だけか」
「あら、仲間割れ?」
「利害が一致しているだけだ。上も下もない」
「つれないわね、お友達は大切にしなさいよ?」


 あたしが言えた義理じゃないけど。


「余計なお世話だッ!」


 瞬間、ラシッドは咆哮を上げた。
 図星だったのだろう。
 藪をつついたら蛇が出て来たかと舌打ちする。
 その手刀は深々とあたしの心臓の位置を刺し貫いていた。
 それによりHPバ─が6割持っていかれる!  だけど……


「残念!  そこにあたしの心臓はないぜぃ!」
「ッ……面妖な!」


 余裕を持った風で居ながらそれ程余裕はない。先ほど破壊された右ポケットにならそれを打ち破る手立てはあったが……あ─、うまくいかないもんだ。
 心臓の位置に風穴を開けながら、しょうがないか、とサブ種族に切り替えた。


「あまりこっちの出番を出したくは無かったけど……」


 言いかけて、その姿を途切らせる。
 そして再びその姿を現した時、あたしはアタシに成りかわる。
 アタシの種族は今……


「ク、ククク!  まだそんな隠し球を有して居たか!  良い、良いぞ!  もっと足掻いてみせろォオオオオ!」
「そんな余裕はもうないと思え!」


 白蛇(サ─ペント)の身体をくねらせて、攻撃を回避する。二度の進化を経て脆弱なボディを脱ぎ捨て、強靭な鱗の皮を手に入れた。
 それによって得られた力は何も強い身体だけではない!


「石化の魔眼!  からの~呪毒霧!」


 びか─って目元を光らせながらの毒霧攻撃。それらを周囲に撒き散らしながら、行動範囲を狭めて……来た!
 真上に誘導したラシッドは陽の光をバッグにして飛びかかって来た……予測通り、単純!  だけど予測以上に疾い!


「動きが読めても、反応は良くないらしいなぁあ!?」


 元より無傷で倒せるとは思っていない。
 むしろわざと攻撃を受けることまで計算済みである。今度はうまく狙ってよ?
 心臓の位置はここだ。親指でその位置を叩きながら、どこまでも余裕そうな表情を作る。


「死ねぇええええええ!」


 ザシュ!  ラシッドの体重を乗せた一撃がアタシの心臓を捉える……そしてここで禁呪を発動する。この技は時間がかかるが、ピンチの時ほど詠唱時間を短くすることができる効果がある。それが瀕死ダメ─ジなら効果は抜群!
 編み込んだ術式が形になって上空へその姿を現した。
 その上サブ種族はア─マ─効果がある事は有名である。サブ種族が仮に死んだとしてもメイン種族は傷一つつかない。
 だからこっちを囮に、打ち勝つ為の策を労した。


「お見事!  だけどこの位置でこの技を躱せるかなぁ?」
「なっ!?」


 自身の真上に展開した呪毒玉。呪いと科学に力をミックスしたアタシならではのバッドステ─タスの嵐。如何に相性が悪くても、精霊でも無い限り効果は覿面である。それを自分ごと相手に被せた。
 多少耐性があるとは言え、完全に対処できるわけではない。だからこれは相手の油断を誘う為の一手だった。

 ……耐え切った。デバフの塊を乗り切るも、少し毒で意識が朦朧とする。
 けれどもまだ対処可能な領域である。だが……


「クハハハハ、こいつがお前の切り札か!  確かにこれは厳しい。だがお前もフラついているようだが?」


 全てのバッドステ─タスを受けてなお、ラシッドの口は強がりを吐く。


「その状態で強がっててもかっこよくないって~の」
「お互い様だろう?」
「ふん、足が震えてるわよ?」
「それこそお互い様だろうに、よく吠えるやつだ」


 その通りだ。お互いにスタミナが尽きている。ここで勝ちの目があるのはどちらかといえば相手の方だろう。
 だけど、ここからである。
 なにせ相手はまだサブ種族を見せていないのだ。
 アタシのア─マ─を貫通させる相手が、サブ種族を解放していないわけがない。だからこれは仕切りなおしを誘うものだ。相手の種族次第では優位に立てる……そう過信していたのだが、


「俺の負けだ……弱者と侮ってこのザマだ。笑いたければ笑うが良い……」


 膝を折って崩れ落ち、その場で昏倒していた。


「は、ハハ……何よそれ」


 喉奥からは乾いた笑いしか出てこない。
 そのまま光に包まれてラシッドの魂は浄化されていく。

 だけどアタシも既に死に体。
 サブ種族を切り替えて、その場で調薬を駆使して乗り切るしかなかった。

 友達甲斐のないココットはともかくとして、ユミさんの消息が急速に気になる。
 先ほどの爆発音……ココットなら爆心地は彼女が原因だろうけど、ユミさんの相手ならマズイことになる。
 まずそもそも一見して初心者のユミさんを狙う相手がそんな横暴に出るだろうか?
 狙うならココット対策の人質としてだろう……だけど、あれだけの手練れを引き連れた一団が、ただの人質なんて取るだろうか?

 それよりも気がかりなのは先程から一切の戦闘音が聞こえてこないことだ。
 ココットの奴ならそれぐらい可能だけど、ユミさんは色々と派手だ。
 最悪を予想して、背筋をゾッと震わせる。


「早まんないでよ、ココ……」


 もしユミさんがキルなどされていたら……
 そう考えるだけであの子がどこまで残酷さを表に出すか、長い付き合いからそれが容易に想像できた。
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