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六章
日陰者たちの陰謀
しおりを挟む「では、参りますよ!」
初手の『カエルロケット』でひっくり返ったグリーンフロッグに近接していきます。
正直この手合いは加工スキルで一発なのですが、ココットの心配している範囲がどこまでか掴めないので近接戦闘もできますよということをアピールしておきませんと。
「よっ、はっ、ほっ!」
先ほどアイテムバッグから取り出した包丁を腰のベルトから引き抜き、切り取りラインをなぞるようにして、切断していきます。
とはいえサイズ差が大きいので切断し切るのには一苦労。
ヌルヌルの体液に触れたくないという個人的理由から追撃はせずに手傷を負わせる程度で一旦引きます。
程なくして立ち上がるグリーンフロッグ。
ヘイトは否応無しにこちらに向いてますね。仕留め損なうとこうなってしまうという良い例でしょう。
少し離れた応援席では「ユミさん、危ない!」「姉さん、前、前!」という声が聞こえてきます。
はいはい。分かっていますとも。
後ろ足を引きずったグリーンフロッグが接近しているのでしょう?
そう思って前を向いたら口を大きく開けて、にょーんと舌を伸ばしてきました。
こうきましたか!
対処が遅れた私は哀れ……捕まるわけないじゃないですか。
地面から突き出したタコ糸で絡めて速度を殺して軽々と避けて、カウンター気味に包丁を肉薄してくる舌に向けて繰り出していきます。
もちろん切り取りラインに沿ってザックリと。こうなってくるともうちょっと長い包丁が欲しいですねー。家庭用のだと、バッチィ唾液がついてしまいますから困りものです。
それから程なくして。ダメージが神経にも届いたのでしょうか。舌で巻き取る事はせず、伸ばしきった後にだらんと地に伏せてしまいます。
これで終わりなら良いのですけど、グリーンフロッグの瞳はまだ諦めていない様子。
HPバーもまだ半分ありますしね。
ここで一歩踏み込みましょうか。
包丁に加工スキルを纏わせて、と。
血管狙いの攻撃に切り替えて行きますよ。 えいっ! えいっ!
最近気づいたのですけれど、この《加工スキル》って付与魔法らしいんですよね。
ですので魔法としてふりかけると適量に降りかかる代わりにサイズによってMPを消費するタイプと、このように武器に付与させて直接加工付与するタイプがあるみたいです。
他にも探せばありそうですけど、敏捷が死んでるこのジョブが果たして近接戦闘をするでしょうか?
まぁしないでしょうね。
タコ糸から解放された某料理人さんなんかはそこで思考停止してしまうことでしょう。彼らは冒険よりも育成と安定供給に狙いを定めましたからね。
そこらへんは追々検証していきましょう。
さて、そろそろですね。
スキルを付与した攻撃の成果と言いますか。消費MPは低い代わりに即効性はありませんし、加工成功率も落ちてしまいます。
しかし毎回使わなくても一度付与してしまえばその効果は戦闘終了まで続く優れもの。
いや、お得ですよ実際。
なんと言ってもこのジョブは消費MPの高さだけがネックでしたからね。
程なくしてグリーンフロッグはぐったりとしてその身体を光の粒子に包み込まれて天に登っていきました。
さて、ココット達と合流して感想を聞きましょうか。
「ユミさんお疲れ様ー」
「姉さんお疲れ様」
「はいお疲れ様でした」
アイテムバッグから椅子を出して相席します。ついでに少し減ったスタミナとMPを食事で回復していきます。
ふぅ、こういう時は便利で良いですよね、これ。景色がカエルの生息地じゃなければ最高でしたが。
「いやー、凄かったです。あのびゃーってカエルの舌を引き裂いたのは驚きでしたけど、あれどうやったんですか?」
「どうって? 切り取りラインに沿って包丁を添えるだけですけど」
「えーっと、その切り取りラインてなんですか? ココは知ってる?」
「いいえ、初めて聞くわ。姉さん、それは解体とは違うんですよね?」
あら、他の人には見えないんですか。
となるとやはりジョブ由来の物のようですね。もしかしたら本サービスからの設定変更かと思いましたが……
「うーん、なんて説明したらよろしいのでしょうか。そうですね。ココちゃんに初めて料理を作ってあげた時があるじゃないですか」
「はい、その時もホットサンドを作っていただきましたね。それがどうしました?」
「一般的に考えて、主婦がウサギとは言え解体を誰の手本も受けずに上手に出来ると思いますか?」
「あ、そう言われれば……どうやって解体したんですか?」
「それを説明する意味でも一度検証してみましょうか。一度テーブルを片付けても?」
一応確認してOKを貰います。
そしてあらかじめ加工済みのカエル肉を取り出し、包丁を握るとあら不思議。切り取りラインが出てきます。
それらの位置を指して、ココです、ココ。と強調して説明しましたが……
「何にも見えないよ、ユミさん」
「もしかしたらバトルコック特有のパッシブスキルでしょうか?」
「ジョブ説明には一切無かったんですよね。でもそう言われればそうかもしれません。因みにこれは加工肉でなくても見えます。条件は切断が可能な刃物を装備する事です。解体ナイフでもラインが見えました。それ以外の武器を装備したことがないのでわかりませんが、恐らくそうでしょう」
そういう事にしました。
「それで、私の実力のほどは如何でしたでしょうか?」
「あたしとしては実力は十分と考えるよ。それにユミさん、実は接近戦しなくても勝てたでしょ?」
「あ、バレましたか?」
「カバンからあのカエルを発射してれば遠近両用と勘繰りますって」
「あはは、迂闊でした」
ここは笑ってごまかしておきましょうか。それよりも義妹の判断の方が重要です。
カザネは私に甘い採点をしてくれたっぽい事は明白ですしね。
辛い採点者のココットを納得させるのは、結構大変なのですよ。
普段ちょろい分、根が頑固なので、こうと決めたら絶対に曲げません。そういうところは彼と一緒ですね。雰囲気は全然似ていないようで、中身はそっくりなんです。だから覗き込むように様子を伺っていますと……
「ふぅ……これだけの実力を見せられては流石にOKしないわけにもいきませんか。でもその前に装備だけでも整えて行きましょうか。流石に体力に振っているとはいえ、状態異常になんの耐性も持ってないヒューマンを森にいかせるわけにもいきませんし」
「えー、そこはココちゃん達と協力しあって」
「あたしは別に構わないんだけど、こうなったココはテコでも動かないよ。諦めて買い物行いきましょっか?」
「カザネのいう通りです……行きますよ、姉さん!」
あれー。
ズルズルと引っ張られるようにして、私は街へと連行されて行きました。
上手く誤魔化された気がしないでもないですが……ここは義妹たちのコーディネートセンスに期待しましょうか。
PKは明日になってもいる事でしょうしね。
◇side.???
ユミリア達がいなくなったエリア2にプレイヤーの声が漏れ出した。
カエルの住まうその場所には息を潜めてユミリア達の動向を探っていたプレイヤーがいたのだ。
『行ったか?』
『ああ、まさかあんな大物が出張ってくるとはな……オレ達も有名になったもんだ』
闇の中から四足歩行の獣が這い出て、表情豊かにニンマリと笑う。自慢の灰色の毛皮を返り血で汚し、燻んだ色へと変わりはててしまっている。グレートウルフと呼ばれる種族だ。ギラギラとした視線を周囲に撒き散らし、まだ殺したりないとばかりに舌舐めずり。
『んなわけあるか。ありゃ俺たちなんて眼中にないって目だったぜ。ぶっちゃけこっちの気配すら察知されてたと思う』
次いで闇の中から姿を現したのは闇の中でも目立たないように真っ黒な衣装に身を包んだ猫の獣人だった。
『ああ、あれはヤバイ。本サービスが始まって以降はおとなしいもんだが、β時代のアイツは狂ってやがったぜ。お前の憧れのムサシと共に同じ道を歩んだって話だ』
最後にその闇が大きく揺らいだ。
真昼にしては闇がある事の方がおかしいのだが、その闇はその場へ終息すると人の形を取っていく。
現れたのはダークネス。闇の精霊であるそれが二人の獣系獣人二人の姿を隠すのに一役買っていたようだ。
お人形のような見た目に合わず、口調は悪い。その三人組はひとしきり会話を纏めると計画を実行した。
キル数稼ぎ。
特殊な種族へ派生させるための条件に特定種族の一定数のキルが設けられる種族がある。それが肉食獣に連なる種族であった。その中でも、猫、狼、蛇、虎は顕著である。そこへ精霊が加わるとならば一般人には感知できない隠密性を誇った。
そして今日も彼らはプレイヤーを襲う。
最早街に住む場所はなく、弱肉強食こそがこのゲームの本題であると歌うように鍛え上げたその爪を振りかざした。
このゲームでは全年齢版の為、出血判定は行われず、全て茶褐色の光の粒子が漏れ出す判定で認識される。
しかし至近距離でそれを浴びれば『血濡れ』の状態異常が付与される。
効果は思考放棄。一定時間スキルと行動が取れなくなるものだ。
しかし種族によってはデメリットよりもメリット寄りに移行する事がある。
グレートウルフもまた、その特殊種族の一つであった。
その灰色の体毛を闇に馴染ませるために赤黒く染色し、闇精霊の加護と共に舞い降りるのだ。
それに従う猫獣人。
種族進化によって近接主体のその爪は鋼までの硬度を切り裂く程。武器破壊を主体とした搦め手を好んで扱う。
闇精霊は二人の存在を隠すための隠れ蓑。ただでさえ昼間は力が無いとされていたが、その盲点をついた隠密性がそのプレイヤーに新たな可能性を見せていた。
そこへまた一人、新たな贄が追加される。
『人が来るな。消すか?』
『待て、上からの情報ではターゲットと特徴が一致する。ここでは人目につく、森に誘導するぞ』
『そういう事だ。いくぞリシッド』
『俺に命令するな。一応組んじゃいるが、俺はまだお前らを信用してないからな』
独断専行をするリシッドと呼ばれたグレートウルフを嗜める猫獣人。
それに伴い闇精霊はやれやれとばかりに肩を竦めた。
PKクラン『キルビジネス』に参加している彼らはリアルでの鬱憤をプレイヤーをキルする事で発散することを主目的としたクランメンバーである。
主要メンバーは血に飢えた獣人や異形で形成されており、幹部は姿も形も表さず、任務だけをクランチャットで寄越す胡散臭い人物である。
だがメンバーにそれを気にするものは居ない。要は暴れられればいいのだ。
その上辛うじて勝てる難易度の強敵の提供がメンバー達に受けていた。
その中でも新入りのお目付役として猫獣人と闇精霊が派遣されていた。
メンバーをふるいにかけるのも現メンバーの仕事である。
成功報酬は狩場の提供。街に在住していない彼らにとって、道具やお金などなんの意味も価値もない。
もとより激闘の末キルできる環境を求めてやってきたようなキジルシ共だ。
そのため行動に報酬が直結する。
少し難易度の高い仕事の後には、効率のいい狩場の提供である。
どちらもクランに参加しているメンバーにとって美味しい報酬であるため、頑張り度は変わってくる。
そこへ新たなクラン参加者など現メンバーにとって邪魔でしかない。
が、これも仕事の一つ。失敗すれば自分の獲得した狩場を返上しなければならないので、新人が使えようが使えまいが派遣されたメンバーは任務を遂行しなければいけないのだ。
『グロウ殿……お主はあやつをどう思うでござるか?』
行動しながら猫獣人が闇精霊に問いかける。
『新入りの事か? 見込みは無いな』
『ござるよなぁ。しかしこれも新人育成も任務の一つ。おこぼれは頂くでござるが、お主にも適当に援護してやってほしいでござる』
『過保護過ぎやしないか?』
『任務の追加報酬は見たでござるか? 見てないなら見といた方が良いでござるよ。きっとやる気も変わるであろう』
『へぇ。他人に興味のないお前さんにしたら珍しいと思ったら、そういう事か』
内容を把握した闇精霊がクツクツと肩を揺らして笑った。
それを見て猫獣人もニタリと嗤う。
闇の中でなお光る金色の瞳は狂気に満ち満ちている。さぞかし報酬がお眼鏡にかなったのだろう。愉快そうに瞳を歪め、ほくそ笑む。
訝しむのはグレートウルフのリシッドだ。
新人研修とかいうヌルい仕事を割り当てられているのだから当然だろう。
本サービス開始組とは言え、その合計LVは50台。なのに序盤フィールドでのキルなど今の彼にはお遊戯に過ぎない。だから未だ実力の片鱗すら見せないお目付役の言葉が気になった。
何かを隠している。それだけが彼の胸中に大きく渦巻いていた。
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