75 / 109
五章
口先の魔術師
しおりを挟む「「今日はありがとうございました!」」
「とても勉強に……いえ、いい刺激になりました。次会う時を楽しみにしててくださいね。それじゃあ」
「乙っした」
「あざっしたー」
「はいよ、おつかれ様。頑張りたまえよ若者よ」
「皆さまおつかれ様です。ローズさんのようにはならないように」
「「「はい!」」」
あれからたくさん羊を狩って、気づけば夕方。三人組はこれからやることがたくさん増えたから作戦会議をするんだと息巻いてオレンジ色に輝く街のどこかへ帰って行きました。
それに続いて私達も街に入ります。それと酒場のみんなにいいお土産話もできましたし。
拡張したばかりのアイテムバッグのおおよそ9割を占める素材を確認しながらくすりと笑う。それを横目にローズさんも楽しそうに話しかけてきました。目を見れば何を言いたいか分かります。
「いやー、あのスキルやばいね。ヤバすぎだね」
「ええ、理論上無理と思われたアレがこんな簡単に手に入るとは思いませんでした。調理器具もいくつか持ってもらって助かります」
「なーに、そっちの大きい方はあたしのバッグじゃ無理だからね。だから軽い方を持っただけよー」
「3Kで軽いとか一般プレイヤーが聞いたら頭を疑いますよ?」
「あはは、そりゃそうだ。普通この重量を軽いって言う人あんま居ないもんね」
「そうですよ」
「こりゃ豪勢な夕食も期待しちゃっていいかな?」
「その前に交渉が先かな? さっき私を言いくるめた理論展開をよろしくね」
「あ、そうか。それ忘れてた……って言いくるめたとは人聞きが悪いなー」
「まぁまぁ、ローズさんの交渉術に期待してるって事で」
「まぁそう言うことにしてあげるけど」
街に帰り着いてすぐさま酒場へなだれ込む。前のキャラではいつものことでしたが、このキャラでは初めてのことです。
ゲーム内時間で夕方ですからすでに満員ですが、知り合いの顔を見つけてそちらへ駆け寄ります。
「ココちゃん!」
「あ、姉さんにローズさん。すっかりゲームを堪能してるね」
「へへー、あたし達もう草原のエリア3まで行っちゃったもんねー」
「え、もうですか? だって始めたの今日の午前中ですよね? もしかして他のパーティにお世話になったりなんてしてませんよね?」
ココットが私をじっと見てくる。
それは迷惑をかけていないか心配している。そんな悲しげな瞳でした。
「いえ、私達のジョブを知って拾ってくれる酔狂な方達は早々いませんよ。ローズさんのジョブスキルが意外と使えただけです」
「謙遜するなぃ、リアさんのジョブスキルも大活躍だったじゃないの」
「そうなんですか!?」
そんなに驚くことかなぁ?
やっぱり今の時代の子は掲示板を信用しきってるんだろうなぁ。もうちょっと自分であれこれと探したりしないんでしょうか? お姉さんちょっと心配です。
「うん、まぁね。ぶっつけ本番だったけど、ローズさんがあたしにいい考えがあるって聞かなくて」
「あはは、ローズさんなら言いそう」
「よせやい、照れるぜい」
誰も褒めてないのに胸を張って二つのメロンを揺らすローズさん。威嚇ですか? ぐぬぅ。
「それでそちらは?」
話題をそらすためにさっきからこっちをじっと観察してくるネコ娘のラジーを紹介してもらうように誘導する。
ローズさんは誰も相手にしていないのにしたり顔だ。よほど神経が図太いらしい。
「ああ、この子ね。ラジーご挨拶なさい」
「はい、姉様。皆さまお初にお目にかかります。私(わたくし)ラジーと申すものです。ココット姉様にはいつもよくしてもらっています」
「あらあら」
「まぁまぁ」
私達は口元を手で押さえてニマニマと笑います。それはまるで主人に傅く従者のように洗練された動きだったからです。私達の知っているラジーとは違い、完全によそ行きの顔で丁寧に自己紹介を述べてくれました。気のせいですけどほんのり顔が赤いような?
「姉様、こちらの方々は?」
「ええ。私の新しい姉様……ユミリア姉さんとそのお友達のローズさんよ」
「まぁ、そうでしたか。姉様の……くすくす」
含みのある笑顔でニッコリと笑いかけてくれます。可愛いんですけどちょっとその笑顔が妖艶な気がしないでもないです。きっと気のせいですね、気にしないことにしましょう。
「なになに~、ココちゃんてばこんな可愛い子抱え込んでるの~?」
「少し意外でした」
「あ、彼女はそう言うのじゃなくてほんと仲間だから。あたしのパーティメンバー」
身を乗り出すようにしてローズさんがココットへ迫る。
しかしココットは否定しながら顔を赤くしながら照れたように紅茶を啜りました。
そのティーカップもお得意の影操作で手作りなのでしょうか? それとも工芸品でしょうか? 売られているなら欲しいところ。食事中に聞いてみましょうか。
その前に……
「それで、不躾で悪いんですけどお姉さんもここにご一緒してもいいかな?」
「お姉さん達お腹ぺこぺこで困ってるの。ね、ココちゃんおねがーい」
堂に入った芝居でローズさんが身をくねらせる。私はそれを無視して頭を下げて頼み込んだ。
「わかりました。他ならぬ姉さんの頼みですから無碍にできません。ラジー、控えなさい」
「はい、姉様」
ラジーは席から立ち上がると椅子を譲るようにしてからココットの後ろへ移動しました。影移動ですかね? その場で影に滑り込んで一瞬で背後を取ってしまいました。ですがそれではダメですよ。
「あら、ラジーさんはご一緒にお食事してくださらないの? ココちゃんのお友達なのでしょう?」
「…………ですが、姉様の命令に背くわけには」
「固いこと言いっこなしだって。ラジーちゃんだっけ? あたしはローズ。ココちゃんとは最近知り合ったばかりだけどよろしくしてくれる?」
「これでは私が悪者ですね。わかりました。ラジー、隣へ居なさい」
「喜んで!」
さっきまで無理して作っていた笑顔がパッと明るくなる。ココットの横はそんなに嬉しいんだ。そーかそーか。
「それじゃあご一緒しましょう。ココちゃん、今日は私達がお勘定持つわ。ラジーちゃんも遠慮なく頼んでね」
「え、姉さんそれはちょっと。ここの支払いが私に許された数少ない特権でしたのに」
「だけどそう気を遣われ続けるのも悪いわ。だから今日の支払いはお姉さんに任せて貰える? お姉さんもココちゃんにいいところを見せてあげたいの。ただ守られるだけじゃないってことを見せて、そして安心させてあげたから」
「……そういう事なら遠慮なく、ご馳走になります」
「よーし、そうとなれば早速注文だー。ウェイターさん、メニュー持ってきて! あとエールを2つ! ココちゃん達は何飲む? お酒は行けるんでしょ? お姉さん達だけ飲むのも寂しいなー」
ローズさんは手を叩いてウェイターを呼びつけると勢いのままに発注をしていく。
テーブルに座ってるプレイヤーをざっと見渡してからお腹いっぱいになるぐらいのおススメを一つと各自飲み物を、という相変わらず無茶振りに近いオーダーである。
しかしそんなオーダーなんて慣れっこであるかのようにウェイターは注文を受け取って調理場へ戻りました。
そして入れ替わるようにゲンさんがこめかみに青筋を浮かべてやってきました。ややお怒りのようです。やはりバーベキューの件でしょうか?
「お嬢さん達、よくもやってくれたな?」
「なんのこと?」
ローズさんがすぐに切り返します。
さすが我らが口車担当! 頼りになる!
その横っ面を叩きたくなるような笑顔には悪意しかありません。
ゲンさんの顔は更に赤くなっていくのがわかります。さすが煽りのプロですね。とてもじゃないですが真似したいとも思いませんし、身内でなかったら関わり合いにもなりたくないぐらいです。
「知らんとは言わせないぞ。今日の昼ごろ草原で炊き出しをしただろう?」
「うん。お肉消費しておきたかったし」
「だったら全部うちに回してくれりゃあ良いだろうに」
「それを決めるのはあたし達でそっちじゃない……でしょ? それにお腹いっぱい食べてみたかったのよ。美味しかったー」
「ぐむ……そりゃ確かにそうだがよ。草原で食った方が美味かっただの、ウチの値段が高いことにイチャモンをつける客が増えてな。それで話を聞いたら見覚えのある二人組が好き勝手やっていると小耳に挟んだんだ」
「ふふん、そりゃあたし達がその時にしっかり酒場のこと宣伝してあげたからね」
「ほう、なんて?」
「この焼いただけで美味しいお肉をプロの技術で食べたい人は回れ右して酒場へGOって」
「そりゃどうも。って事は肉だけの価値で客を釣るのは無理ってことか。新人の腕を見るために使った俺らの怠慢であると」
「ご愁傷様、とは言わないよ? 本来ここは美味しい料理を食べに来る場所。確かにあたし達の行為がここのハードルを上げた事は事実。だけどそれは食に妥協して欲しくないあたしからの愛のムチでもあるのさ」
「頭がいたいな」
「そこで美味しい話があるんだけど聞く? これこそとびっきりの情報ってやつ」
「ほう? 昨日の今日で新素材か? サイズは?」
「それはリアさんから聞いて」
「そうですね。スキルで圧縮してるので62Kで済んでますが、本来なら25M、そう……チャージシープの加工肉を仕入れました」
「! ……おいおい、それは確かに美味しい話だ。中身を確認させてもらっても?」
「それはいいのですけどその前に腹ごしらえを。ここは商談の場ではなく食事を提供する場であり、私達は客です。美味しい料理をお願いしますね。満足度によっては色々と便宜を図れると思いますし」
「…………了解した。こちらの最高の技術を披露しよう。その代わり他に持っていくのは無しにしてくれよ?」
「ふふ、期待しています。ローズさんも、お行儀よくしましょうね」
「はーい。ごめんね大将」
「いや、こちらこそ言いがかりをつけたようで悪かった。少し色をつけるとしよう」
「やったー、大将大好き! ……ごめんリアさん、そのメモに書くの本当に勘弁して」
「いえ、今度ローズさんの旦那様に会う機会があった時の貴女のゲーム内の様子を一字一句伝えようと」
「やめてーーーー」
ローズさんは頭を抱えながら椅子の背もたれに身を預けてうなだれていました。猫を被り続けている現状が暴露された時の状況を想定してグロッキーになっているようです。
「ふふ、冗談はさておきココちゃん」
「はい」
「少しは姉さんのしっかりしているところを見てもらえたかな? 普段の私はどこか頼りない風に思えるだろうけど、こう見えてもちゃんとやれるのですよ?」
「いえ、姉さんにはいつも頼りっぱなしで私こそ頼りないイメージを払拭しようとお誘いしたのですが、逆に姉さんの凄いところばかりが目立って私は萎縮してしまいました」
「あら、では少し自粛しましょうか。夫に呆れられてしまわれたら私、落ち込む自信しかありませんもの」
「あ、大丈夫! 兄さんも少しおかしいところがあるので全然お似合いですよ!」
「本当? ココちゃんにそう言ってもらえるんなら姉さんやる気出てきちゃった。ありがとうね。私ココちゃんのお姉さんでよかった。まだまだ頼りないお姉さんだけど、もっと甘えていいからね?」
「もう十分なほど甘えさせてもらってますよ」
少しジーンとしながらも姉妹愛を確かめて、少しどころじゃない腕を見せつけた料理が運び込まれてきました。
その匂いにつられてローズさんも復活。
早い……もうすこし時間を稼げると思ったのに。仕方がない、メモで精神的ダメージを与える作戦は一時中断してお料理を楽しみましょうか。この子が食事を始めると食い扶持が減るのが嫌だったんですよねー。本当、どこに入るんでしょうか?
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる