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二章

プロポーズ

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「祐美さん、どうか僕と結婚を前提にお付き合いして下さい!」


 はわわわ……どうしましょう、これ。どうしたら良いのでしょうか。
 本日は商談という話で伺ったのですが、まさかその場所がお見合い相手先の会社だったなんて!  
 我が社にとっては実にありがたい話なのですが、何というか熱視線を感じていますし、初めから好感度高すぎませんか? 

 お母様、やけに今日は張り切って付いてくるのだと言い出したのはこういうことだったのですね!  道理でいつもよりおめかしして来ていると思っていました。
 き、きき聞いてませんよ! 

 沢渡さん!  秘書なら知っていましたよね!?  せめて部屋に入る前に一言くれるとか。私心の準備がですね、まだ出来上がってませんので。
 そ、それに……いきなり、いきなりですよ? 
 会って早々にぷ、ぷろ、プロポーズまでされてしまいました。

 あ、あわわわ。しょ、商談はどこに行ったのですか?  先程から狼狽えてばかりでお返事すらまともに出来てません。げ、限界です。茉莉さんでもいいです、だれか助けて~~~。


「社長、社長!」


 狼狽えている私に専属秘書の沢渡さんが眼鏡をクイっと上げて落ち着くように宥めてくれます。ふぅ、落ち着きましたよ。ええ、多分ですが。いつも通りです、きっと。


「それで祐美さん、お返事の方は?」


 お見合い相手の高河こうがたかし社長はじっとりとこちらを見つめて来ます。


「少し、考えさせていただけないでしょうか?」
「僕は本気ですからね」
「はぁ……」
「祐美さん、孝さんもこうおっしゃってくれているのですから。ご好意を無駄にしてはいけませんよ?」


 一緒について来たお母様が嗜めるように私へと言葉をかけてきます。確かに両家にとって最高の縁談ですけど、そこに私の気持ちはありませんよね? 
 気持ちを言葉に出せずにいると、沢渡さんが私の前に出て着衣の乱れを直してくれました。先程慌てふためいた時に襟が曲がってしまったようですね。ありがとうございます、と右手で抑えるようにして感謝の意を示します。
 気を取り直して言葉選んで返答します。お母様は私が不本意である、とは承知だけどうまく取りなして欲しいと願っているのでしょう。表情からその気持ちが見て取れます。


「高河様」
「僕のことは是非ファーストネームで呼んでほしいね、祐美君」
「お、お付き合いもしていませんのにそのような無礼な口を利くような教育を受けておりませんので」
「祐美さん……そのように殿方に恥をかかせるような言葉使いをおっしゃってはダメよ」
「ですがお母様……!」
「わかった。じゃあこうしよう」


 母娘おやこで言い合っていたところへ高河社長は手を払うようにして話を切り出します。この様なトラブルには慣れっこのようで威風堂々としていました。カッコイイですね。


「まずはお互いのことを知る機会が必要だ。そうだね?」
「はい、そのようにしていただけるとこちらも助かります」
「ではそうだね、同じ社長業として友人から始めてみては如何だろうか?」
「友人……ですか?」


 この人はリアルで交友関係を築いてこなかった私になんてハードルの高い事を言い出すのでしょうか。しかしこの話を反故にする事は出来ません。乗り気である両親や、会社の抱えている問題、政略とはいえ嫁ぐ事はあらかじめ確約されているのです。お父様は既に手札を切り、それに高河社長は了承してくれたのでしょう。

 ですがそれを承知の上で私に考える時間を与えてくれると仰られました。これは私のわがままだというのに、懐の広さを見せつけられた気分です。


「分かりました。同じ立場として分かり合う時を共有する事から始めていきましょう。高河社長、改めてよろしくお願いします」
「君は堅いね。僕としてはもっと気軽なお付き合いが望ましいんだけど」
「そ、そのように申されましても……」


 始終リードを握られたまま、会談はつつがなく終了しました。
 お母様は縁談を破棄しなかった事に心底安堵した様子です。
 沢渡さんも同じように私の身を案じてくれました。社長ならきっとうまくいく、だなんて言い切られましたけど今も結構不安なのですよ? 

 今回は珍しく高河社長から言い寄られる形でしたので何処へ着地するかはわかりませんしまだ安心できません。
 何もお見合いは今回が初めてというわけでもありませんから。
 みんな肩書き欲しさに近寄ってきて、いざ会ってみれば思っていたのと違う等と勝手なことばかり言って破談になることが多かったのです。

 こうして私のパソコンのメールアドレスに茉莉さんの他に彼……高河孝さんの名前が加わることになりました。一方的でしたが、未来の旦那様としても、得難い横のつながりとしても有望な枠です。

 それから数日後。早速とばかりに仕事の相談事と称して食事に誘われました。
 本人は食事をしながらの交流会とおっしゃっていましたが、男女で夜の街でこうやって一緒の時間を共有するのは一般的にデートというのですよね? 

 彼はとても人柄が良く、相談内容も私に合わせてキチンと仕事上の些細なトラブルを皮切りに色々と投げかけてくれました。
 決して安易にどんな趣味を持っているか等と斬り込まず、ご自分の失敗談などを提示して、貴女ならどう対処なされますか?  などの問いかけを与えて下さいました。

 デートにしてはなんとも色気のない話ですが、奥手な私に負担をかけないような選択肢の提示に細やかな心配りを感じました。
 とてもユーモアがおありなのでしょうね。ただ必要事項を聞くだけではなく自分からの話題提供や、笑い話を時折交えて核心をついてくるんです。
 ついうっかり本音を漏らしてしまったりと、誘導するのが上手いなぁとただただ感心していました。

 それに私の中で嬉しかったのは言葉に詰まっても答えを出すまで、気持ちが形になるまで待ってくれた事です。
 ちょっとした事ですけど私の地位を欲しがる人は待てない人がとても多く、自慢話ばかりして、一人寂しく食事をする……なんて事もよくあります。

 それが今回はどうでしょう。彼は私の肩書きではなく、個人をちゃんと見てくれていたのです。なんだか照れ臭いけど、少し感動してしまいました。

 大変であったであろう当時の事も楽しそうにお話ししていらしてました。
 その結果の成功や挫折を繰り返して今があるのだと誇らしげに語ります。
 それは一個人としても、社長を生業とする人物としても尊敬出来る相手だと思いました。

 心の片隅で “この人と一緒なら毎日がどんなに楽しくなるだろうか” だなんて思っていたのは内緒です。まだ数回会っただけですからね。それでもこの日からの私の生活は彼を中心にして大きく変わりました。

 この一週間はゲームのことなんてすっぽりと抜け落ちて、彼からのお誘いのメールが来るのを心待ちにしていました。
 私は携帯電話を持ち合わせていませんので、電話でのやり取りですとどうしても会社を通して逐一管理されてしまいます。
 ですのでこういったメールでのやり取りはとても気が楽というか、茉莉さんとゲームの中でのお話をする時の気楽さがあって私は好きでした。


 そしてまた日曜日が巡って来ます。
 メールの着信音に心を躍らせれば、残念。彼ではなく茉莉さんからでした。
 それだけ私の中で彼からのメールが楽しみになっていた事に気づき、心の中で茉莉さんに謝罪しました。
 ごめんなさい、茉莉さんのことはお友達としては大切だけど、優先順位としては……ごめんなさい。

 本日は旦那様と午後までゆっくり過ごしていたみたいで、連絡が遅くなってしまったことを詫びているようでした。
 私は海より広い心でそれを許し、いつもの場所で落ち合おうと約束を取り付けます。

 毎週日曜日は会社へはお休みを取り付けています。その為に平日の仕事を詰めてありますからね。秘書の沢渡さんにもそう言ってありますし、孝さんにもそれは伝えてあります。
 偶然にも孝さんも日曜は用事があるらしく、会えない事を心苦しそうにしていました。私もそうですと伝えましたら彼も安心した様に笑いかけてくれました。
 まだお付き合いという形も取っていませんのに既に心が通じ合っているみたいでドキドキと心臓が高鳴ってしまいます。心なしか身体が熱くなってきますね。おかしいですね、空調は常温を示していますのに。

 さて、時間ですのでログインしてしまいましょう。久しぶりのゲーム世界。忘れたいほどの辛いリアルはありませんがせっかくですので楽しみませんと。
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