【完結】ドライアドの糸使い

双葉 鳴|◉〻◉)

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序章

束の間の休日

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 ピンポーン


「はーい」


 インターホンの呼び出しに扉の向こうでは「お持ちしました」と爽やかな笑顔を振りまくコンシェルジェのお姉さん。最近この方にはお世話になってばかりです。私宛に届いた荷物を受け取り「ありがとうございました」と言って別れます。

 なんだかかっこいい方ですよね。体の内側から自信が満ち溢れているようで、同性としても憧れてしまいます。
 部屋に戻り小包を部屋の片隅に置き、その横にズラッと並べられた贈り物を見て思わず溜息。

 はぁ、これで6個目。

 中は見なくても何となくわかってしまうのが悲しいところ。
 それと同時に一人で居られる時間も残りわずかなのだと確信してしまいます。
 小包の中身は見るまでもなくお見合い相手の特徴を書いた気に入られポイントでしょう。
 両親は今回のお見合いは一人娘の私を差し置いて気合を入れており「絶対に先方に恥をかかせない様に」と念を押されているのでした。

 私、黒桐くろきり 祐美ゆみは、大手企業の会長を父に持つ、所謂社長令嬢、お嬢様などと言われるタイプの人間です。

 忙しい合間を縫って出来た子供なので兄弟も居らず、家では一人きり。
 やることといえば専ら両親の機嫌取り。その為だけに育ててもらったようなものです。
 それに今更自分のやりたいことがあるかと振られても困ってしまいます。

 その為友人関係を築く暇すら取れず、学校でも常に私は一人ぼっちでした。
 とはいえ一人である事を寂しく思う暇もなく忙しないレッスンの日々。
 親からの愛情もなく育った私は誰かに甘えたい気持ちを押し殺しながら育ち、いつしか笑う事も忘れてしまいました。

 ついたあだ名が人形姫。
 人形のように従順で、美しい姫君であるとの事ですが、私は言い得て妙だなと思ってます。

 学業でも常にトップの成績をキープし、その動きはまるで精密機械のようだと言われ始めます。
 勿論皮肉も込められていますが、友人関係を築いてこなかった私にはお似合いだなと思いました。
 だってその通りですから。私は親の言うことを聞くだけの人形なのです。

 そんな私にも奇跡的にも親友関係を築けた人物がいます。
 リアルではなんの接点もないけど、特殊な電脳空間で出会い、一緒に時間を共有した……そんな関係の彼女。

 フルダイブ型ヴァーチャルリアリティMMORPG。
 確かタイトルは<Imagination βrave>
 想像力を器に勇気の火を焚べてファンタジーの種族が闊歩する環境を切り開いていく冒険譚。
 そこで出会った一期一会の出会い。
 その中でも私なんかに親身になってくれた相手こそ、マリーという少女でした。


 世間一般ではゲーム内フレンドと呼ばれる浅い関係。
 ……だけど人形と呼ばれた当時の私に初めて人として接してくれ、時間を共有してくれた友人。
 いっぱい失敗したし、いっぱい笑って、いっぱい慰めてくれた。

 失われた時間を埋めていくように、彼女は私に感情を与えてくれました。
 今の私の大部分を形成してくれたのは彼女のおかげであると言っても過言ではないくらいに大切な友人。
 親友と呼んでいるのは彼女には内緒です。
 ふふ、あの子はすぐに調子に乗ってしまいますからね。

 鎖に囚われていた私を救い出してくれたのは皮肉にも白馬に乗った素敵な王子様ではなかったけど、そんな夢物語よりも欲して止まなかった同世代の女友達でした。
 どれだけ彼女に救われてきたかなんて言葉では言い表せないくらい。
 それくらい感謝の念を抱いています。

 ふぅ。感慨深い一時でした。
 休日、とはいえあまりのんびりとしている暇もありません。
 明日にはお父様の務めている会社に赴いて、業務内容を報告しなくてはなりませんし。
 あぁ、短い癒しでした。
 でも楽しい時を思い出させてくれてありがとうございます。迫って来る現実に向かい合うのは辛いですけれど、泣き言ばかりも言ってられません。
「女は度胸」とは彼女マリーの言葉です。
 彼女にはゲーム以外でもこうして内面的に助けられてきました。

 胸の前でガッツポーズを組んで、明日の日程を確認します。
 相変わらず予定はびっしりと入っていますね。
 いつまでもお姫様扱いしてもらうわけにもいきませんし、だからといって一人で出来ることなんて限られています。

 ゲームを離れて既に10年近く経っていますし、当時学生だった私達も、今ではすっかりおばさんと呼ばれる年齢に差し迫っています。
 いつまでも気持ちだけは若いつもりでしたが……はぁ。ため息ばかりついているのは歳をとった証拠でしょうか? 

 さて、小腹も空いてきましたし、ご飯でも頂きましょうか。予約を入れようと受話器に手をかけたところでベルが鳴ります。
 思わずビクッとしてしまったのは内緒です。涙が出そうになったのも秘密です。

 恐る恐る受話器を取ると私の会社の専属秘書である沢渡さんから、私宛のお電話という事でした。
 私はお飾りですから携帯端末すら持たされてません。どこかでへんな虫がついても困るとお母様の判断でこのような環境で暮らしているのです。
 会社からのやり取りも固定の電話で済みますしね。

 話を戻しましょう。
 沢渡さんからの内容はですね、本日は休暇申請してありましたのでアポのない相手からのお電話を取次ぐか迷った上で確認の電話を入れたとの事でした。
 こんなお時間に誰からでしょう? 

 相手の名は立橋様……取り引き相手先にその様な名の方はいましたでしょうか……でも、もしかして? 
 記憶の引き出しからは取り出された思い出。先程蓋をしてしまったばかりのまだ暖かさの残る感情です。
 それをまた引き出して、いてもたってもいられなくなってしまいます。
 沢渡さんには昔の知人である旨を伝えてこちらに電話を回すように伝えました。
 何やら向こうから焦ったようなごにょごにょと小さな声で葛藤が聞こえましたが無視。
 そして受話機の向こうから聞こえてきた声に思わず涙が出る思いでした。


「あ、祐美~!  元気してた?  あたしあたし」


 ああ、やっぱり彼女マリーさんでした。ご無沙汰してます。
 感涙で震えそうになる声をこらえて押し殺します。彼女はこういうのを嫌いますから。

 ご結婚されてからお電話をかけるのをためらっていたのですが、こうして声を聞くと元気をもらえます。

 彼女は但馬たじま 茉莉まつりさん。
 現在は名字が変わって立橋たてはし 茉莉まつりさんになってます。
 だから立橋という名字にピンときました。

 茉莉さんとは実はリアルで一度だけあったことがあるんですよね。懐かしいです。
 あれは彼女の結婚式、その披露宴でしたか。
 当時から世間知らずだった私はメインである彼女よりも気合を入れすぎた衣装で登場してしまい、その節は大変ご迷惑をおかけしました。
 彼女はなんだかんだ笑って許してくれたのですけど、今でも当時のことは恥ずかしくなってしまいますね。顔から火が出てしまいそうです。
 と、ついつい妄想に耽ってしまいました。お返事をしませんと。


「茉莉さん?  本当の本当に茉莉さんなの?」
「うん?  あたしは茉莉さんだよ。祐美はちょっち元気ないぞ~?  どしたん?」


 彼女は昔から変わりませんね。


「その気軽さは茉莉さんで間違いないですね。ホッとしました。ちょうど今貴女のことを思い出していたんですよ。偶然てあるものなんですね」
「へぇ、嬉しいね。あたしも祐美のこと思い出してたんだー。もしかして運命かもね。ふふふ」
「そうかもしれません。それで、こんな時間にどういったご用で?」
「思い出したら祐美の声が久し振りに聴きたくなっちゃってさ、どう?  祐美はあたしの声聞けて嬉しい?」


 こう言うやり取りも実に久しぶりです。
 私もつい吹き出してしまうのをこらえてしまいます。


「はい。明日の業務に身が入る思いです。しかし……これは喜んでいいことなのでしょうか?  異性に言われたら最高でしたのですけど……」
「固いこと言いっこなし。あたしと祐美の仲じゃん。それとも、お付き合いしているお相手でもいるの?  このこの~祐美も隅に置けないね」
「いえ……そのようなお相手など」
「かーっ、相変わらずかぁ!」


 仕方がないじゃないですか。
 生き方はそう簡単には変えられないですから。それに私はそのような自由など許されていませんし……


「それよりもさっきからなんかお声が暗いけどどしたん? 」
「うん……茉莉さんはうちの系列会社に起きた件はもう知ってるでしょ?  それでそろそろ覚悟を決めなくては行けない時期に差し迫ってきているの」
「あー……外部に発注出したら不祥事抱えて責任者が高飛びしたってやつ?  やっぱ本社が責任持つんだ」
「そりゃね。大きなプロジェクトでしたし、お父様も結構投資してましたから」
「ふーん、大変なんだ。それと祐美の気持ちが暗い理由が結びつかないんだけど?」
「……私の永久就職先が決まりそうなのよ」
「あちゃー、親御さんもとうとうジョーカー切るかー」
「まだ確定ではないけどね。送られてくる小包から両親の気合の入れ具合が見て取れるの。さっきもトドメとばかりに少し大きめな小包が届いたし……他に送ってくれる友人関係なんて築いてないし、もう年貢の納め時かなーってね」
「うわぁ、ははは大変だ」
「もう、笑い事じゃないよー」


 本当に、笑い事じゃない。
 でもそうやって笑い飛ばせるぐらいの経験を乗り越えてきているんだろうな。この子はまっすぐ前を見ているから。私は俯いてばかりで……はぁ。やだ、またため息が出ちゃった。


「あはは、ごめんごめん。それでね、ちょっとお伺いしたいんだけど、祐美のところにも小包届いたって言ってたじゃない?」
「あ、うん。トドメの」
「それは本当にご両親からだった?」


 ……どういう事? 
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