【完結】シナリオブレイカーズ〜破滅確定悪役貴族の悠々自適箱庭生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)

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二章 主従

ウォード族の少女達

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 ウォード族のカティラは誇り高き戦士の末裔である。
 森の中で育ち、自然と共に暮らしてきたウォード族。

 しかしそんな彼女達は人間達の身勝手な領土開拓によって棲家を追われ、人に混ざって生きてきた。

 男は人に報復をすべく女を残して全員返り討ちにされた。
 女は人間に飼われ、愛玩される運命を担う。
 隷属されたウォード族は主人を殺し、独立。

 だが指名手配をされている以上、いつまでも隠れてはいられなかった。スラムで身を隠して生きているカティラは奴隷に身を落とした仲間を救って勢力の拡大を図った。

 しかし長く飼われたウォード族はすっかり牙を折られ、人に媚びる技術だけが残る始末である。覚醒遺伝で先祖返りしたカティラだけが獲物を狩る術を担っていた。
 だからこそ思い出させるために殺しに手を染めた。

 今では殺しがウォード族の一般通過儀礼。
 気がつけば周囲から恐れられるようになった。
 他者から恐れられるのは気分が良い。
 カティラは狩猟が得意な事を裏社会に提供し、ヒットマンとして名を馳せていた。

 そんな折、胡散臭い男から情報を流す仕事をもらった。
 仕事の報酬の話はない。カティラにとっては不味い依頼である。突っぱねるつもりでいたが、仲間達の元主人に連絡を入れられたくなかったら黙って仕事をこなせと脅されて仕事を受けざるを得なかった。
 ここで家族を失うという選択肢は取れないカティラ。
 少女にとって仲間とは居場所だった。

 目の前の男を殺したところで問題は解決しない。
 人は知恵が回る。男が帰らなかったら、それだけでウォード族が嫌がる事を徹底的にする。
 そうされてきた過去を思い出し、今を守るために渋々承諾した。

「は? こんな胡散臭い依頼を飲んだ? カティラ。お前は随分と保守的になったな」

 声を荒げたのはかつて殺しもできなかった少女のエマである。

「だが、この依頼次第で平穏は守られる」

「私は、お前の中ではいつまでも弱いままか?」

 獣特有な獰猛な視線がカティラを射抜く。
 
「強いか弱いかではない。アタシは、お前を失うのが怖い」

「タダじゃやられないよ、命令してきたら喉笛を噛みちぎってやる。暗殺だってお手のものさ」

 快活に笑うエマ。だがカティラとて元奴隷。
 奴隷紋を彫られた者は主人に対して攻撃ができなくなる。
 だから主人に見つかったら終わり。
 そう考えていた。

 カティラが生き残れたのは、ただ運が良かっただけ。
 だが、カティラの主人が出てきたら全てが終わる。
 先祖の思いも子供達に託せぬままに種を滅ぼされる。
 
 それはカティラにとって不都合な未来だった。
 今でこそ、仕事で何人も手をかけている。だからこその余裕。
 だがその余裕は主人には通じない。そういう契約がなされているからだ。

「噂は十分に行き渡ってるようだな。それでいい、命令を聞いている限りはお目溢しをしておいてやる」

 どこまでも偉そうな人間の男。
 その口調からはまるで信用できない、いつか絶対に裏切るような態度が滲み出ていた。

「しかし、楽園ね。こんなのが本当にあるのかね?」

「獣が心配せずとも良い事だ。コレで我々は再び栄華を取り戻すことができるのだからな」

 その為の礎が自分達か。
 カティラはゴミでも見るような目で人間の男を侮蔑した。
 報酬は支払われない。
 その上で仕事をする時間も奪われる。
 
 ウォード族の栄誉を守る為の依頼は、自分達の食い扶持を潰す仕事になっていった。
 仲間達から不満の声が上がる。

「なぁ、カティラ。この仕事にはいったい何の意味がある?」

「そうだぜボス。ここ最近誰も殺してねぇ。消化不良だよ」

「ボス! 今日の宣伝終わりやした~って、姉さんがたそんな怖い顔をしてどうしたんです?」

 一番の新入り、エイスは小間使いの仕事しかさせてない。
 殺しの快感までは知らないんので、スカーの感情を理解できずに首を傾げる。
 そんな折、入り口の戸をノックする音が室内へと届いた。

「夜分遅くにすいません。少しお話しを聞かせていただきたいのですが」

 声色から察するにまだ子供。
 わざわざ扉をノックする辺り、随分とお行儀が良い。
 まず間違いなくスラムの人間でない事は察せられた。

「エイス、あんた着けられたね?」

「ふぇ?」

「アタシが対応する。あんた達は裏口から出てで口を封じな」

 そこから先は一方的だった。
 カティラにとって大人の人間を相手取ってきた自信がある。
 だがそれはあくまでも一般人。
 相手が貴族、それも王国の番犬である魔剣士なら話は別だった。
 
 こんな夜更けに子供が一人という時点でもっと疑うべきだった。ウォード族が夜間活動に長けているように、その子どもにとって夜の帳が強力な味方だった。たったそれだけの事。

 だからこそ、殺さず養うと言われた時はまた貴族の愛玩動物にされるのだと思った。
 けど、何もされずに住む家と仕事を与えられた。
 嫌がらせをするつもりで他にも仲間がいると無理強いもした。
 けどそれも問題ないと処理されてしまう。

 頭がどうにかなりそうだった。

「なぁ、あの子供。あたし達をどうするつもりなんだ?」

 殺しの仕事で生計を立てていたスカーが今まで食ったこともない高級肉を頬張りながら意見する。作法も何もあった者じゃないから手掴みだ。口元や服がそれで汚れようと知ったことではない。

「さてな。だがあの口だけの依頼人よりは幾許か好感は持てる」

「違いない。だが、それだけじゃないんだろ?」

「ああ、このエリアには随分と困ったモンスターが住んでいると聞く。当分はそいつらの駆除がアタシらのノルマらしい」

「そいつがどんな奴か教えてくれないっていうのは納得いかないけどね?」

「だが、腕は磨ける。腑抜け切った人間を殺すよりはマシだろう?」

「確かにな」

 食事を終え、水浴びをする。
 ウォード族は湯に浸かる行いを嫌う。
 太古、毛皮を身に纏っていたからだと伝え聞くが、今にウォード族の身体的特徴は頭の上にまっすぐ伸びた耳と、もふもふの尻尾ぐらい。それが濡れるのが何よりも嫌なので、湯に入るというのは論外だった。
 しかし……

「その匂いでは本館にお呼びする事はできませんね。お風呂に入って匂いを落とさなければ仕事は出せません」

 専属のメイドから門前払いをされ、仕方なく湯に沈むカティラ。ほとんどの部位が人間である彼女達は、湯に浸かるうちにお風呂も悪くないなと思うようになった。

「それくらいなら及第点といったところでしょうか。では応接間にて仕事の依頼を渡します。代表一名のみお越しください」

「それ以外を寄せ付けない理由は?」

「及第点と言ったはずです。あなた方は独特の匂いを持つのですわ。それをもう少し自覚してください。主人は匂いに敏感なんです」

「く、承知した。エマ、エイス、スカーは屋敷の前で待機してろ。他の奴らには戦闘準備を促しておけ」

 臭いと言われるのは慣れっこだったが、鼻を摘まれ、表情を顰められたら流石に気にする。
 根本的に体に溜まった匂いを嫌がる人間はそれなりに多い。
 奴隷時代に主人に鼻を曲げられた記憶も相まってカティラは過ごすごと命令に従った。

 応接間で面談した相手はカティラが対峙したあの魔剣士ではない。だというのに体面しただけで勝てないと気付かされた。
 まるで自分の体が岩のように重くなってしまったような感覚。
 実際指ひとつ動かせない。

「こんにちわ、君が兄さんが拾ってきた子達だね? 僕はアルフ。ここで君たちの世話をする様に仰せつかっている。何でも今まで随分と苦労してきたようだね? そんな緊張しないで楽にしていいよ」

 アルフの言葉にソファに背を預けるカティラだが、拘束が解けたのは上半身のみ。下半身の方は相変わらず拘束されていた。
 まるで足の裏から根が張ったかのようにぴくりとも動かない。
 魔剣士を兄と呼ぶように、目の前の子供もその素質を秘めているのは明らかだった。

「それじゃあ仕事の説明をするね。君たちに駆除してきて欲しいのはブラックグリズリー。ちょっと強いモンスターだけど、君たちは凄腕だと聞く。もちろん一度の戦闘で勝てなくても全然問題ないよ。目的は森林での爪研ぎをやめてもらいたいだけだからね。別の場所に追い払うでも構わない」

「ブラックグリズリーというと、Bランク冒険者がパーティを組んで相手しても多くの被害を出すと言われてるあの?」

「そうなの? サリィ」

「無理そうですかね? ここら辺では一番弱い魔物ですとそれくらいしかいないのですが……なら別の仕事をお任せしましょうか? ちょうど薪が足りなくなってきましたのでそれ用の薪の補充を……」

 話を聞いてカティラは目の前が真っ暗になった。
 脳の理解が追いつかない。
 あたかも始末できて当然であるかのように会話が進むのだ。
 まるで目の前のメイドなら片手で始末できると言わんばかりで、それを出来ないと断じるのはウォード族の歴史が敗北を喫するのと同意である。

「誰ができないと言った? 最初は少し手古摺るだろうが、そこは慣れだろう? あんた達は支払う報酬の相談でもしてな」

「良かった。それなら安心だ。そうだね、じゃあ報酬は始末したブラックグリズリーのお肉を使った料理にしようか? 精力が作って噂だし、育ち盛りの君たちにはうってつけのご褒美じゃない?」

 アルフの言葉を聞き、早速前言を撤回したくなるカティラ。
 待て、それは待て。内心で叫び出したくなるカティラを差し置いて、どんな料理を作ろうかと話を広げる主人達。

 この日よりウォード族の威信をかけた戦いの火蓋は切られた。

 
「ボス! 聞いてた話と違う!」

「うるさい黙れ! 主人はグリズリーのお肉をご所望だよ!」

「「「「グォオオオオオオオッッ!!」」」」


 近隣で一番弱いというだけあって、群れで襲いかかってくるブラックグリズリーを前にウォード族の戦士達は逃げ腰で応戦していた。

 もしコレが町の近くの光景なら、討伐隊が組まれてもおかしくない状況。
 しかしそれを日常の風景に落とし込む異常者たちの存在が、カティラの常識を塗り替えていく。


「あらー、今日もお肉は食べられませんか。報酬は次に期待ですね。お夕飯はご用意できてますよ。今日はゆっくり休んでくださいな」

 メイドのサリィはブラックグリズリーの死体を背負いながら、返り血すら浴びず、涼しい顔してカティラ達を労った。

 今まで満足な敵と戦えずに溜まっていた鬱憤は、自分たちは弱いという状況に置き換えられ、強くなりたいというポジティブな気持ちにさせられている。
 ウォード族の威信はとっくに地に落ち、擦り切れていた。
 この環境でいちばんの弱者は間違いなくウォード族なのだと嫌でも思い知るほどだった。

 カティラ達にとっての一般通過儀礼の基準は、ブラックグリズリーのソロ討伐に置き換わるのは遠くない未来のことだった。
 
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