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二章 主従

コモーノ、契約する

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 追跡勤務中、妹や母の注目を一心に集める憎き相手コモーノに出会ったファルキンは、爵位が近いながらも、自分の方が爵位は上だぞと言うわずかなプライドで本来の能力を発揮できずにいた。

 10歳の子供らしいと言われればらしいが、貴族嫡男としては失格だろう。
 すぐさまにこれは使えないと見做したコモーノの判断は決して間違ってない。

「じゃあそこで見ていてください。オレはこの件、ルード様から任されたのです」

「俺だってマリオン王から父経由で!」

 小さなことで張り合ってくるファルキンに、コモーノは大きなため息をつく。

「ハァ。競い合うところは誰から任を受けたか、ではないでしょう? 王族が警戒する程度には重大案件。そこは履き違えないでください。そして、ことの真相を調べるのがオレたちの任務です。正直ファルキン様は任務の邪魔です。オレが任務を完了させるまで、そこら辺のカフェで茶でもしばいててください。終わり次第報告します」

 とても嫌そうな目で追い払うことを決意するコモーノに、ファルキンはそれも良いかもなと思考が過った。
 冷静に考えれば自分で探す必要ないじゃん。
 優秀な部下に任せるのも上司の役目だよな?
 
 これは出来る上司としてコモーノに任せちゃっても良いんじゃないか? ファルキンは即座に考えをまとめた。
 国防の要であるシット公爵家の嫡子がそんな有様では国は困るが、所詮は子供である。

「わかった。では人手が足りない時は呼ぶように」

「ご理解いただけて恐縮です。では、オレは容疑者追跡の任務に行ってまいります」

 軍閥式の礼をしてその場からすごい勢いで去っていくコモーノを見送り、二人のうち一人の従者を喫茶店の入り口に立たせ、目印とした。

 だがファルキンは知らなかった。
 コモーノが創作を開始してからゆうに一週間は経過しており、一向になんら手掛かりを掴めもしていなかったことなど。

「あいつ遅いなぁ。門限前に帰れるかなぁ?」

 喫茶店の窓際からくれる夕陽を見上げながら、そんな場違いな感想を漏らすファルキンであった。


 ◆


「見た目以上にバカでよかった」

 追跡中。ボソ、と本音を漏らすコモーノ。

【ご主人様、お口悪い】

「いいんだよ、あいつは後々良い思いするんだから。王族の任務をそう簡単に解決できると思ってる甘っちょろい思考回路は一度痛い目見なきゃわからない。と、追跡追跡。アスティ、あの猫耳はどこ行った?」

【あっち】

「オーケー、助かる」

 コモーノは街中を駆けると子供の体力ではあっという間に底が尽きると判断し、裏技を使って音も立てずに追跡することを徹底してきた。
 しかしうるさいだけが取り柄のファルキンと合流してからやたらと雑音(音声含む)に悩まされ、これなら単独で行動した方が効率的であるとああ意見したのだ。まさか王命をあんな簡単に他人に託すとはコモーノですら思いもしなかった。

 普通そんなものもらったら数日家には帰れない覚悟で行うものだろう?
 それこそ失敗したら懲罰ものだ。家名に泥を塗りかねない。
 信頼を置いた部下に任せるのならわかるが、コモーノとファルキンは顔こそ知ってるが、聖女や王女様ほど親しいかと聞かれたらコモーノは首を傾げる自信があった。

 なんで自分懲罰は受けないって思ってるんだろうか?

 所詮子供のお使いって思考か?
 本当にそう思ってそうだから判断に困るな。
 優秀だって前評判は、所詮は井の中の蛙ってところか。

【ご主人様、あっち】

「悪いな、アスティ。良い加減今日で決着をつける!」

【殺すの?】

「殺したらなんでそんな噂をばら撒いたのか目的が聞けないだろ?」

【残念】

「お前はそんなに殺しが好きか?」

【国に混乱をもたらした。敵、殺す】

「そんな悲しいこと言うなよ。殺したらそれこそ国を恨まれる。それが貴族に伝染してみろ。国に謀反を起こされる。下位貴族だからと言って甘く見るな。なんせ今世代には聖女がついてる。バックにいるのは教会だ。いや……そもそもの噂があいつからの提供だったな。今回の件、出所はあいつか?」

【ご主人様、どうしたの?】

「なんでもない、お前の仕事の報酬を決めかねてた。新作と今までのお気に入りどっちが良い?」

【新作!? でもお気に入りも捨てがたい】

「ならどっちもだ。今回は多少粗めに終わらせる。行くぞ!」

【うん!】


 ◇


 コモーノのおってる噂を流したと思われる下手人の特徴は、他大陸からの難民であるウォードと呼ばれる獣人種であった。
 狼のような銀色の髪、闇の中で黄金に輝く瞳、人並みはずれた膂力と美貌。オスよりもメスの方が多く、女系の統率スタイルを持っている。

 ただ、情報を売る際には変装して人間になりすます狡猾さで周囲を翻弄していた。問題となるのはその高い美貌だ。
 前世おっさんだったコモーノなら分かる。あんな美人の言うことは正しいに違いないと言う思い込み。
 もちろんそんな事実はありもしないが、綺麗な人に優しくされると信じてしまいたくなるのだ。

 今回の噂の発端はそんな心理現象を利用してのものだった。
 噂の出所は獣人ウォード族。
 二時拡散は非モテ男。
 その非モテ男が冒険者、冒険者ギルド職員、下級貴族へと流布していったのだろう。

 だが、王国内でのウォード族の地位はとても低い。
 半分くらいは貴族に奴隷として飼われていると聞く。
 だから彼女たちは実行犯に過ぎないのだ。
 確実に計画して実行させた司令塔がいると踏んでいた。

 そして突き止めた拠点はスラム内にある、とある廃協会であった。

「夜分遅くに失礼します。少しお話をお聞かせていただきたく訪問しました」

 丁寧に、謙った態度でコモーノは門を叩く。

「誰だい、あんた?」

 出てきたのは変装したウォード族の少女。
 歳のことは二十に入るかどうか。コモーノを上から下から舐め回して見る。そして手にした小包みの中からする甘い香りに誘惑された。

「手土産とは感心するね。話は聞かないが、そいつは置いていきな」

 少女が顎をしゃくると、コモーノの周囲にはナイフで武装したウォード族が複数展開された。
 略奪と殺人はスラムの日常だ。
 訪問客が貴族であろうと関係ない。自分たちのバックにいる相手なら揉み消してくれると確信している。

「ハァ、穏便に済ませたかったのに。仕方がない。アスティ!」

 ズズズズズ、と足元から闇が集結して剣を象る。

「魔剣士!? やばい、こいつは国の番犬だ!」

「痛い目を見る? それとも甘い食べ物を食べてお話を聞く? オレはどちらでも構わない。さぁ、選んでくれ」

 魔剣士にとって暗闇からの強襲はなんら脅威にならない。
 日中最強な聖騎士とは違い、真夜中最強は魔剣士なのだから。
 これは聖剣と魔剣の特性によるものだ。

 とかく魔剣は闇が多い方が殺傷範囲が莫大に広がっていく。
 位階が上がれば上がるほど、同時に相手取れる人数が爆上がりしていく。
 現段階でのコモーノの位階は五。
 500人を相手して一方的にねじ伏せる権能の使い手だった。

 闇の中から生えた腕が、ウォード族全員の首元にナイフを突きつけている。
 コモーノの口調は穏やかでありながら、しかし首を頷かせる程度の自由しか利かない。左右に振ればナイフが首元に深く食い込むのは目に見えていた。

「わかった、話を聞く。何を探ってる? 生憎とアタシ達は貴族流のマナーなんか知らないからね、粗相をしちまっても勘弁してくれよ?」

「ただのお話だよ。そっちの生活が悪くなることはない。でもそうだなぁ、生活に困ってるのなら、住み込み先くらいは用意してやっても良いぞ? それなりに仕事はして貰うつもりだが、雨風が凌げて、3食出て、暖かい布団で眠れて、お風呂のお湯も入れ替え自由だ。どうだ、魅力的だろう?」

「な!? アタシ達をウォード族と知ってて勧誘してんのかい? 奴隷として捕まえようたってそうはいかないよ!」

「あ、あんまり大声出すと喉が裂けるぞ? それとオレはお前達をそう言う目で見てない。奴隷が気に食わないから暴れる? 結構。自由を謳歌するなら力は必要だ。だが自然界にもルールはあるだろう? 弱肉強食というルールが。権利を主張したければ力で証明してみせろ。案内は出しておく。来るかどうかはそこで聞こう」

「姉さん、どうします?」

「どうしますもこうしますもないんだよ。ここでこの話を飲めば、他所の街のお仲間はどうする? アタシらだけの問題じゃないんだ!」

 ここにいる連中でも8人。他の街も含めればそれなりの大所帯となるか。だが弟のジョブ〈王の采配〉なら問題なく回る。
 ボロ屋がああもご立派になったのだ。土地もあるし、建築資材も豊富。弟も従者数人を従える裸の王様で頼りない感じだったしな。人ではいくらあっても良いだろうとコモーノは気を利かせた。
 なんだったら侯爵家が運用しても良いくらいではあるが、まずは信用を稼ぐ方が先だと菓子の提供から始める。

 久しぶりの食事だと勢いよく食べるもの、涙するもの、誘いを受けようと声を上げるものがまちまちだ。

「別に強制はしない。お前達だって弱者相手に力を振るう毎日には飽き飽きだろう? オレは舞台を用意してやるだけだ。そこでどう暮らすかはそこに行ってみて決めても良い。ああ、オレの質問に答えなかったからってこの案内を取り消すつもりはない。きちんと働いて成果を出せば、オレの作った菓子が割り当てられるな。配るのは弟だが、弟がどう采配するかも含めてやりがいはあるだろう?」

 ウォード族の少女は、胃を結したように口を開く。
 コモーノは答えを聞いて満足そうに頷いて。
 侯爵領に新たな住人が流れ込んだ。

 当主ナリアガルの知らぬ間に結ばれた契約であった。
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