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一章 家族
仲直りの魔法
しおりを挟む突然のことにも関わらず、同じないカーミもさることながら、品格が問われる王女様らしからぬ暴言を誰も咎めないのかと目配せするが、誰も触らぬ神に祟りなしとばかりにコモーノを遠巻きに見守るだけだった。
「王女様、お言葉がすぎます」
「だって! あなたは私の専属菓子職人に任命したのよ? 舌の根も乾かぬうちに浮気なんて許さないんだから!」
言われてみれば確かにそうだ。
しかしここは一応交流の場。
他の貴族と挨拶もダメだなんてルールはない。
「ではこうしましょうか。私はこれから王女様にお楽しみいただくパフォーマンスをします。それの評価を下す審査員にカーミ嬢を任命しようと思います」
「なんで? 私が美味しいって言うだけじゃダメなの?」
「それでは味覚の発展はありません。あらゆるニーズに応えてこその職人。無理難題を叶える先にこそ見える境地もあるのです」
「よくわかんないわ」
「今はそれで良いのです。ですがこの時の判断がきっと未来に生きてくる。そんな日が来ます」
「わかったわ。今はあなたの言葉を信じましょう。カーミと言ったかしら?」
「はい、王女様」
「貴方は特別に私と同じ菓子を食べる許可を与えるわ。光栄に思うのね」
「もったいなきお言葉にございます」
「わかれば良いのよ。それにしても魔剣士に聖女ね。お兄様たちの代は荒れること請け合いね」
「シット公爵家のファルキン様は聖騎士の職能を得たと聞き及んでいます」
「ええ、だから王宮内がピリピリしてるの。だからあなたの菓子で少しはリラックスできたのよ。でも数がね」
「事前に好みがお分かりできたのなら対処できたのですが、申し訳ありません」
「良いわよ、今日出会ったばかりだもの。その代わり、次はないわよ」
「心に刻んでおきましょう。その前に今日の返礼も含めてちょっとした魔法をお見せします」
「魔法? 王族の私に魔法で興味をひけると思ったら大間違いよ?」
「ただの魔法ではございません。これから見せるのは精緻の秘技となります」
「はっきりしないわね、何が言いたいの?」
「どうか今日見たことは周囲に触れ回らぬよう、お願いします」
コモーノは唇の先に人差し指を添えて王女様と聖女を順に見、バッと両手を広げて二つの魔術を同時に行使した。
一方は火。もう一方は風。
「ダブルキャスト!? あなたは魔剣士ではなかったの?」
ダブルキャストはそれなりに珍しいが、王宮で暮らす王女にとっては見慣れた景色。だがそれを操るのは魔法師でもなんでもない、魔剣を操るだけの剣士だと言うのだから驚きだ。ただの剣士が魔法を扱うと聞いたことはあるが、どれも一つこなせれば十分お釣りがくる。
なのにコモーノは剣士でありながらダブルキャスト、それも無詠唱で行使した。
無詠唱そのものはさほど珍しくもないが、ダブルキャストの無詠唱はあまり見かけないことから王女も目を見開いていた。
「ここに取り出したりますは、角砂糖。これを不思議な菓子へと変貌させていただきます」
何が始まるのかと二人の視線が刺さる中、コモーノは角砂糖を液状に溶かすとそれを旋回する風魔法の中で回した。
糸のように細く伸ばされた飴が、コモーノが持つフォークの先端に雲のような形状で巻き上がる。
それを計二回、二人分作って見せた。ただの綿飴である。
が、理論もわからぬ二人にとって十分に魔法だ。
美味しい魔法。それがコモーノが前世の記憶を総動員して作り上げた精緻の秘技だった。
「すごい……コモーノ様は魔法の素質も持っておいででしたのね」
「この程度、本職の方に比べたら児戯に等しいでしょう」
「これは食べれるの?」
「その試食をお二人にお願いしたいのです。時間経過とともに小さくなっていきます故、お早めにお召し上がりください」
「王女様、お先にお召し上がりください」
「あら貴女、王女である私に毒味させる気?」
「では僭越ながら私めが一番手をさせていただきます」
「ぐぬ……ぬぅ」
先手を譲った形の王女様は、後悔した瞳で聖女を睨む。
そして先手をもらったカーミは、同年代にしては随分と色っぽく嘆息した。まるで恋煩いのように、言葉では言い表せぬように身をくねらせている。前世ではパック売りされるほどにポピュラーな菓子だが、この世界において甘味でこれほど珍しい形のものもない。
「どうなの? 美味しいの?」
「ぜひその口でお確かめください。あ、毒とかはありませんでした。たったあれだけの手順で毒を仕込んでいたのならそれはそれで凄腕となりますが。一応解毒の魔法をかけさせていただきますね? アンチドーテ」
「最初からそうなさい。ああ、随分と縮んできたわ、もったいない」
「毒味が嫌だと言ったのはマーナ様からですよ? 私が責を負うことはないはずです」
「ぐぬぬ、男爵家のくせに生意気な!」
「ええ私の生まれは確かに男爵家。ですが聖女の職能に選ばれました。ゆくゆくはお兄様方のお側でその力を行使する事でしょう。そんな未来のお姉様の言うことが聞けないならこれは回収しますよ」
カーミは無茶無謀な暴論で、王女の綿飴まで奪おうと手を伸ばす。
自分の分は全部食べ尽くしてしまったようだ。まぁほっとけば溶けて消えるのが綿飴の特性だ。王女様の綿飴も随分と縮んでいた。
「ええい、毒がないのなら私の物よ!」
パク、と一口食べた後は甘さが一瞬で口の中に広がり、なんとも言えないと言う顔をする。そして一瞬で口の中から消えたことだろう。ムースよりトリュフチョコレートより素早く消える。
食べたのに食べた気がしないお菓子の筆頭だ。
「これは何?」
「雲のように空虚で、しかし確かにそこにある。空菓と名付けましょう」
「これは角砂糖さえあればできるものなのですか?」
「それとわずかな魔法の素質は必要です。私は弟に比べて魔法の資質が飛び抜けて悪かった。しかしそのおかげでこちらの方で才能を伸ばせました」
「弟さんがおられるのですか?」
スグエンキル家の双子の話はもう男爵家にまで届いていたか、とコモーノは息を呑む。
いや、聖女に任命されたのだから将来の部下の家の情報が入ってきてもおかしくないか。
王女様も優秀な弟の事は耳に入れてるだろう。
だからここはコモーノの演技力が試された。
アルフレッドは、国にとってのガン細胞となる。
だから王家の耳に入ってはいけない。
この王女の事だ。どこかでポロッと軽はずみに漏れる可能性もあった。
コモーノは自分のうっかりミスでよく窮地に追い込まれる。
前世云々を差し引いて、まるでそう言う運命であるかの様に、物語の強制力がコモーノの番犬ptを加速させる様に手を回してくる様な気分に陥った。
なので過去を振り払う様に、重い表情を浮かべる。
「いいえ、いません。弟は俺の手で殺しました。あいつは、この国で持ってはいけない能力を手にしてしまったんです。だから……暗い話をして申し訳ありません。私の家の話はいいじゃないですか」
「知らないこととはいえごめんなさい。弟さんがせめて冥府で迷わぬようにお祈りさせてください」
「そうしてくれたら助かるよ」
「あなた、その年でもう職務をまっとうしてたのね」
「軍閥とはそう言うものです、王女様」
「そうね、知ってるわ」
王家も大概面倒なしがらみに雁字搦めだもんなぁ、とは口に出せないコモーノだった。
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