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序章 兄弟
コモーノ、準備を進める
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「さて、パメロ。ようやく準備が整ったぞ」
「なんの準備でございましょう?」
「我が一族の呪縛を解くためのものだ」
「これらでですか?」
パメロはテーブルに置かれた見たこともない、芸術品の域に達したスイーツ(そう呼べと言われた)菓子を見下ろし、嘆息した。
先日アレサ様を言葉巧みな話術によって懐柔し、熱狂的なファンに仕立て上げたプリン。
コモーノの手はまさしく魔法の手としてアレサや屋敷で働くメイド達から大絶賛されている。
中でもムースと呼ばれる口の中に風味を残しつつ消えてしまう不思議な味わいのカスを食べた時はパメロも衝撃を言葉に出来なかったほどだ。
この世界において甘い菓子とは砂糖を塗して揚げてあるドーナツや、型で抜いたクッキー、それらを砂糖で装飾したものを指す。
日持ちするような配慮がされてるのは移動に時間がかかることを考慮してだ。レストランからお屋敷まで距離がある場合が多く、すぐ悪くなってしまうものに価値はない。
だからこそ屋敷にはレストランで修行したシェフを雇い入れてその場で安全に早く提供することができるのだ。
コモーノの提供した菓子類はまさにその場で食べる前提のもの。プリンに至っては器から外して食べると言われた時は度肝を抜かされたパメロである。
しかしそれがまた絵になった。
器に封じられていた柔らかな食感。
口の中が甘ったるくなった時にそこから湧き上がる苦味が口の中をすっきりとさせ、またプリンを掘る手が止まらなくなる。
気がつけば器の中が空っぽになっている。
誰かが盗んだと口にしてしまいたくなるが、口元についた食べかすが証明している。
そんな偉大なるパティシエ(そう呼べと言われた)コモーノは、その腕前だけではなく更に全てを欲するように遠くを見た。
「まだお求めになりたいものがあると?」
「オレは何も成し遂げてないよ。一番最初のハードルにアルフレッドが居た。そいつを超えるための努力をしているところだ」
「もうコモーノ様は十分にあらゆる才をお持ちになられております」
「お前はそう言うがな、貴族は土をつけられたままじゃあ面目が立たないんだ」
「それはアルフレッド様のことをおっしゃられているのですか? 爵位を奪い、遠い離れの屋敷に追い落としてなお?」
「お前は少し勘違いしている。オレはアルフレッドに負けて悔しくない……なんて言えば嘘になるが、正直あいつといがみ合うことに意味はないと思ってる。持って生まれた素質の差だ。どんなに頑張ったところでその差がひっくり返ることはない」
「では諦めるのですか?」
「そう話を急くな。オレが言いたいのはオレの前に立ちはだかるアルフレッドでさえ、世界から見ればまだ子供と言いたいだけだ。それに、全てにおいてオレの上に立ってるわけではない。料理の腕なら俺が勝ってるわけだ、違うか?」
「貴族の嫡男に必要な技能かと言われたら首を傾げますが、そうですね」
「必要か必要じゃないかは俺が決める。正直この能力は親のコネがあってなんぼだ。母様から回ってくる情報は実際助かってるよ。母様がオレの菓子の腕が素晴らしいと宣伝して回るだけでデビュタントの失態は払拭されつつある。噂が噂を呼んで茶会に来たいと言う声も上がってきた。だからこそ今は我が家に根付く呪縛を断ち切るのが先決なんだ」
「その呪縛とは?」
「オレの職能だ。魔剣士、これの盟約をお前は知っているか?」
「王家に仇なす者に鉄槌を。スグエンキル家が軍閥として王家に忠誠を誓っている証明のような者ですね、それが何か?」
「ああ、だがこの職能は王家の愚痴を言っただけでも発動する」
「は? いや、さすがにそれは……」
「そして王家の平穏を脅かす職能が現れても同様に使い手は苛烈な性格となる」
「まさか、アルフレッド様がそうだと!?」
「ああ、オレが魔剣士である以上、あいつと直接顔を突き合わせることはできない。父様がアルフレッドにあそこまで辛く当たったのは魔剣士の後継者であるからだ」
「そんな……しかしどうやって盟約を覆すおつもりで?」
「それについては考えがある。こいつだ」
コモーノが取る出したのは真っ黒な剣だ。
それは魔剣士の職能によって発現する契約の魔剣。
名をジャスティス。別名をブレイカーと呼ぶ。
正義と呼ばれているのは王国の剣。
裁かれるものは悪者でなくてはならないと言うものだ。
が、実際に何を切るかの指針を持たぬ剣はただの暴力装置以上の効果を持たない。
【あなたが次のご主人様?】
が、この剣には人格、意思がある。
黒いのっぺりとした輪郭を持つ少女が、剣だったものが崩れて形作った。
濁った瞳は何も捉えられず、思考に靄のかかった頭は命令待機状態になっている。
父ナリアガルは生憎と魔剣士の才能こそなかったが、暗黒剣士として名を馳せた。魔剣士の剣程血の呪縛は濃くないが、アルフレッドに対する驚異度は動かなくなるまで蹴ることについて明らかだ。
そして少女を目にしたコモーノは、先ほどまでの交渉相手を殺したくなるほどの殺意によって心のうちが塗り上げられていた。
これが呪縛。
我を忘れそうになるほどの殺意が胸中に湧き上がる。
それを巻き起こす起点が魔剣ジャスティス。
「ああ、オレがお前の主人だ」
【誰を殺すの?】
「殺すのはなしだ。オレはお前を生かしたい」
【難しい話は分かんない。命令だけちょうだい】
「ならば、最初の命令だ。オレと一緒に食事に付き合え。もちろん主人の命を断ることはできないよな?」
【理解不能】
「理解しなくていい。ただ、言われるがままにしろ。パメロ、飲み物の用意を」
「茶葉はどうしましょうか?」
「今日のメニューならば、少し重めのフレーバーティーにしようか。菓子の方が軽いからな」
「かしこまりました」
パメロが退室し、室内にはアルフレッドに対する激しい殺意に駆られたコモーノと、言われるがままに食事に同伴する少女の姿があった。
「なんの準備でございましょう?」
「我が一族の呪縛を解くためのものだ」
「これらでですか?」
パメロはテーブルに置かれた見たこともない、芸術品の域に達したスイーツ(そう呼べと言われた)菓子を見下ろし、嘆息した。
先日アレサ様を言葉巧みな話術によって懐柔し、熱狂的なファンに仕立て上げたプリン。
コモーノの手はまさしく魔法の手としてアレサや屋敷で働くメイド達から大絶賛されている。
中でもムースと呼ばれる口の中に風味を残しつつ消えてしまう不思議な味わいのカスを食べた時はパメロも衝撃を言葉に出来なかったほどだ。
この世界において甘い菓子とは砂糖を塗して揚げてあるドーナツや、型で抜いたクッキー、それらを砂糖で装飾したものを指す。
日持ちするような配慮がされてるのは移動に時間がかかることを考慮してだ。レストランからお屋敷まで距離がある場合が多く、すぐ悪くなってしまうものに価値はない。
だからこそ屋敷にはレストランで修行したシェフを雇い入れてその場で安全に早く提供することができるのだ。
コモーノの提供した菓子類はまさにその場で食べる前提のもの。プリンに至っては器から外して食べると言われた時は度肝を抜かされたパメロである。
しかしそれがまた絵になった。
器に封じられていた柔らかな食感。
口の中が甘ったるくなった時にそこから湧き上がる苦味が口の中をすっきりとさせ、またプリンを掘る手が止まらなくなる。
気がつけば器の中が空っぽになっている。
誰かが盗んだと口にしてしまいたくなるが、口元についた食べかすが証明している。
そんな偉大なるパティシエ(そう呼べと言われた)コモーノは、その腕前だけではなく更に全てを欲するように遠くを見た。
「まだお求めになりたいものがあると?」
「オレは何も成し遂げてないよ。一番最初のハードルにアルフレッドが居た。そいつを超えるための努力をしているところだ」
「もうコモーノ様は十分にあらゆる才をお持ちになられております」
「お前はそう言うがな、貴族は土をつけられたままじゃあ面目が立たないんだ」
「それはアルフレッド様のことをおっしゃられているのですか? 爵位を奪い、遠い離れの屋敷に追い落としてなお?」
「お前は少し勘違いしている。オレはアルフレッドに負けて悔しくない……なんて言えば嘘になるが、正直あいつといがみ合うことに意味はないと思ってる。持って生まれた素質の差だ。どんなに頑張ったところでその差がひっくり返ることはない」
「では諦めるのですか?」
「そう話を急くな。オレが言いたいのはオレの前に立ちはだかるアルフレッドでさえ、世界から見ればまだ子供と言いたいだけだ。それに、全てにおいてオレの上に立ってるわけではない。料理の腕なら俺が勝ってるわけだ、違うか?」
「貴族の嫡男に必要な技能かと言われたら首を傾げますが、そうですね」
「必要か必要じゃないかは俺が決める。正直この能力は親のコネがあってなんぼだ。母様から回ってくる情報は実際助かってるよ。母様がオレの菓子の腕が素晴らしいと宣伝して回るだけでデビュタントの失態は払拭されつつある。噂が噂を呼んで茶会に来たいと言う声も上がってきた。だからこそ今は我が家に根付く呪縛を断ち切るのが先決なんだ」
「その呪縛とは?」
「オレの職能だ。魔剣士、これの盟約をお前は知っているか?」
「王家に仇なす者に鉄槌を。スグエンキル家が軍閥として王家に忠誠を誓っている証明のような者ですね、それが何か?」
「ああ、だがこの職能は王家の愚痴を言っただけでも発動する」
「は? いや、さすがにそれは……」
「そして王家の平穏を脅かす職能が現れても同様に使い手は苛烈な性格となる」
「まさか、アルフレッド様がそうだと!?」
「ああ、オレが魔剣士である以上、あいつと直接顔を突き合わせることはできない。父様がアルフレッドにあそこまで辛く当たったのは魔剣士の後継者であるからだ」
「そんな……しかしどうやって盟約を覆すおつもりで?」
「それについては考えがある。こいつだ」
コモーノが取る出したのは真っ黒な剣だ。
それは魔剣士の職能によって発現する契約の魔剣。
名をジャスティス。別名をブレイカーと呼ぶ。
正義と呼ばれているのは王国の剣。
裁かれるものは悪者でなくてはならないと言うものだ。
が、実際に何を切るかの指針を持たぬ剣はただの暴力装置以上の効果を持たない。
【あなたが次のご主人様?】
が、この剣には人格、意思がある。
黒いのっぺりとした輪郭を持つ少女が、剣だったものが崩れて形作った。
濁った瞳は何も捉えられず、思考に靄のかかった頭は命令待機状態になっている。
父ナリアガルは生憎と魔剣士の才能こそなかったが、暗黒剣士として名を馳せた。魔剣士の剣程血の呪縛は濃くないが、アルフレッドに対する驚異度は動かなくなるまで蹴ることについて明らかだ。
そして少女を目にしたコモーノは、先ほどまでの交渉相手を殺したくなるほどの殺意によって心のうちが塗り上げられていた。
これが呪縛。
我を忘れそうになるほどの殺意が胸中に湧き上がる。
それを巻き起こす起点が魔剣ジャスティス。
「ああ、オレがお前の主人だ」
【誰を殺すの?】
「殺すのはなしだ。オレはお前を生かしたい」
【難しい話は分かんない。命令だけちょうだい】
「ならば、最初の命令だ。オレと一緒に食事に付き合え。もちろん主人の命を断ることはできないよな?」
【理解不能】
「理解しなくていい。ただ、言われるがままにしろ。パメロ、飲み物の用意を」
「茶葉はどうしましょうか?」
「今日のメニューならば、少し重めのフレーバーティーにしようか。菓子の方が軽いからな」
「かしこまりました」
パメロが退室し、室内にはアルフレッドに対する激しい殺意に駆られたコモーノと、言われるがままに食事に同伴する少女の姿があった。
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