上 下
77 / 94
【藤本要編】偽物令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン

野外デート

しおりを挟む
「本当に、護衛もなしに出歩いて大丈夫ですの?」

 ヨルダが平民ルックのオメガに聞いた。
 顔がいいので何を着ても似合う。
 普段はメガネをかけているのに、伊達メガネだったのかと思うほどに本日は裸眼だ。

「私達がすでにそこいらの護衛の腕を逸脱しているからね。国王襲撃犯を撃退したと噂のヨルダ嬢ならば特に問題なく許可が降りるだろう。それとも私と二人きりでは不安かね?」
「ああ、いいえ。メガネを外したオメガ様にドキドキしておりますのよ?」

 だからあんまり顔を近づけるなと言外に言ってるのだが、この男はヨルダがそんな態度を示すのが愉快で仕方ないとばかりに顔を近づけた。

「もう、オメガ様ったら」
「もう婚約者なんだし、いい加減私の事は呼び捨てでも構わないんだが?」
「そう思うんならわたくしも呼び捨ててくださいまし」

 ちょっと拗ねたような顔で言う。
 気を抜けば流れに飲まれそうだ。
 ちょっと嫌がらせしてやろうと悪巧みを考えるヨルダだったが、オメガの大胆な行動に思わず反応が遅れてしまった。
 
 椅子ドンからの顎クイ。
 俺の女になれ宣言が実行されたからである。

 表現こそはまさにそれだが、少しづつニュアンスが異なる。
 まず壁ではなく椅子。
 逃げ場をなくすように上半身を乗り上げながら急接近。
 
 顎クイは警戒していたのに実行されたらもう何も言えない。恐るべき早技である。
 いつキスをされるかわかったもんじゃない、まっすぐで誠実な瞳がヨルダを射抜いていた。

 ギュッと目を瞑ったヨルダだったが、唇が濡れる感覚はない。
 だが肌が密着した感じ、ぬくもりだけがやたら近くにあった。

「君は私のものだ。そう簡単に手放したりはしないよ、ヨルダ」

 そんな宣言を耳元で囁かれた。
 ほぁあああああ!
 顔面が上気していくのがわかる。顔から火が出そうなほど体温が急上昇した。
 これは流石に男慣れしている藤本要にも効果は抜群だった。

 普段なら勢いで殴りつけているところだが、思いのほか強く体を密着させられてるのでそういう態勢を取れなかったのもある。
 フリーであったとしても、その拳は強く握りしめられたか?
 テンパリすぎて対応に困っていたのではないか?

「な、何をなさいますの?」
「君のそんな顔が見たかった。ヨルダ、今だけはどうか呼び捨ててで呼んで欲しい。あまり敬称略をつけすぎると任務に差し支えるからね」
「え、ええ。わかっております」
「その口調もやめてくれ。今の私達は平民だ。貴族のような物言いはおかしいだろう?」
「分かったわ」
「ヨシ」

 何がヨシだ。こっちはよくねーんだよ、と内心で悪態をつきながら不貞腐れるヨルダだった。

 そうだよ、任務だよ。
 オメガに言われて自分の置かれた状況を思い出した。

 発端はソート王子から。
 魔の森と呼ばれる探索に出ていったきり帰らない第一騎士団が心配であるとのこと。
 防衛は魔導士庁が行うが、人々の見張りは騎士団の仕事なのだとか。

 今や分体を作って増え続ける一方ではあるが、だからと言って隊長がいつまでも帰らないのは体面が悪いとのこと。

 話を聞く限りじゃいなくても問題ないが、中には貴族の子息も多く在籍しており、子供の心配をしている声が上がったのだとか。

 要は出来損ないの子供の天下り先なのだろうな。
 ヨルダはなんとなく思いつく。

「しかし、魔の森ですか?」

 聞いたことがない。
 そんなものが王国の近くに存在していたなど、初めて知ったほどだ。

「聞きなれないのは仕方ないさ。王国の歴史からも消えて久しい場所だからね。御伽話の一節にもなっている魔王城があるとされた場所だよ。今は封印されてただの森とされている」
「魔王ですか、そんな存在が居たのですね」

 お前とどっちが強いんだろうな?
 ヨルダがオメガに向かって眼差しを向ける。
 純粋な興味だ。
 自分と比べては少しかわいそうに見えたから。
 もし、強さが拮抗してるなら、少しだけ面倒くさいことになるとも思っていた。

「さて、強さの程は分からないな。大昔のことだ。今の魔法技術が発展した世界規模ではどの程度か。だが騎士団が帰ってこないというのはそれなりに信憑性があるんじゃないかと思っている」
「魔王に惑わされた?」
「傀儡にされている、か。おもしろい考えだ。そうでないことを祈るばかりだよ」

 通過点である街の一つについた。

「今日はここに泊まろう。随分と荒れ果てているけど、宿は取れるだろうか?」

 馬車から見下ろされた風景は廃墟一歩手前といった雰囲気。家屋は手入れがされておらず、人通りも少ない。

「街に護衛もおりませんね?」
「ヨルダ、口調」
「あ、ごめんなさい」

 馬房に馬を預けて、町を練り歩く。
 表通りはまだ人の気配はあるものの、裏通りは全滅だ。
 随分と手を入れてない廃棄された農園が閑散としながら広がっている。

「ここに居た人達はどこに行ったんでしょう?」
「さて、この有様だとご食事も期待できそうにないかな?」

 まず宿が取れるか?
 それが問題だとばかりにオメガは唸った。

 それにしたって人が少ないのが気にかかる。
 貴族からの税金が払えないから夜逃げしたのなら騎士達がそこら辺にうろついている筈だ。
 その姿すらも見かけない。

「オメガ」
「どうかした?」
「誰かに見られてる」
「それは穏やかじゃないな。場所はわかる?」

 ヨルダは自分より大きなオメガの背中に十字を記した。
 上を北、下を南。右を東、左を西として。
 とある一点を叩く。
 南南西。

 つまりは馬車を預けた馬房の方角からだった。

「もしかして、出生がバレているとか?」
「ああ、しまった。髪を染めてない」
「髪ですか?」

 ハニーブロンドは上位貴族の表れなんだ。
 私と君はその中でも一際輝いてる。
 身なりを変えても分かってしまうのかもしれないな。
 などと言いながら笑って誤魔化すオメガに、こいつ肝心なところで抜けてんなと思うヨルダだった。



 ───────────────────────────────

 ここまでお読みいただきありがとうございます!
 明日から更新頻度をぐっと落として一日一話となります。

 時間は12:10くらいを予定しています。
 今の段階で新規読者が増えない時点でファンタジーカップは望み薄なので、あとはのんびり投稿していこうと思います。

 引き続き本作をよろしくお願いします!
 ───────────────────────────────
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

ミネルヴァ大陸戦記

一条 千種
ファンタジー
遠き異世界、ミネルヴァ大陸の歴史に忽然と現れた偉大なる術者の一族。 その力は自然の摂理をも凌駕するほどに強力で、世界の安定と均衡を保つため、決して邪心を持つ人間に授けてはならないものとされていた。 しかし、術者の心の素直さにつけこんだ一人の野心家の手で、その能力は拡散してしまう。 世界は術者の力を恐れ、次第に彼らは自らの異能を隠し、術者の存在はおとぎ話として語られるのみとなった。 時代は移り、大陸西南に位置するロンバルディア教国。 美しき王女・エスメラルダが戴冠を迎えようとする日に、術者の末裔は再び世界に現れる。 ほぼ同時期、別の国では邪悪な術者が大国の支配権を手に入れようとしていた。 術者の再臨とともに大きく波乱へと動き出す世界の歴史を、主要な人物にスポットを当て群像劇として描いていく。 ※作中に一部差別用語を用いていますが、あくまで文学的意図での使用であり、当事者を差別する意図は一切ありません ※作中の舞台は、科学的には史実世界と同等の進行速度ですが、文化的あるいは政治思想的には架空の設定を用いています。そのため近代民主主義国家と封建制国家が同じ科学レベルで共存している等の設定があります ※表現は控えめを意識していますが、一部残酷描写や性的描写があります

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...