おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)

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【藤本要編】偽物令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン

飴と鞭

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「ワオーン、ワンワン!」

 首輪をはめた暗殺者の少年が、犬のようなポーズで遠吠えをした。
 その少年の頭を愛おしそうな表情で撫でるヨルダ。
 その姿が絵になると、生徒たちが騒いでいるのを聞きつけて、オメガがやってくる。
 
「ヨルダ嬢、まさかそれを飼い慣らしたのか?」
「ええ、案外言うことを聞いてくれますのよ」

 それ、とはつい先日王太子の命を狙った張本人である。
 普通なら処刑されてもおかしくない蛮行をしたのにも関わらず、無力化した上で飼い慣らすと言うのは相当難しい芸当だ。
 それをさも当然のようにやってのけるヨルダをオメガは高く評価している。

 今まで遠巻きに見ることしかできなかった生徒たちが関心を持つのも無理はない。
 が、それは多分違う意味での興味だろう。
 なにせほとんどの生徒はそれが王族襲撃班だと知らないからだ。

「今もお仲間の位置を鳴き声を使った暗号で教えてくれますの。ほら、この子達って、隠れるのがお上手でしょう? そことそこと、そこですわね。無力化しておきましたので回収お願いしますねカクティさん」
「わかりましたわ」

 危害を与えてこないなら、それくらいはやってみせる。
 それが雇用関係だ。
 同じ公爵家のクーネルからのいじめを守る代わりに結んだ契約である。
 それぐらいの雑用なら喜んでやるカクティである。

「よくできましたね、ポチ。お肉を追加しましょう」
「ワォーン」

 ガツガツ

 ポチ、と名付けられた元暗殺者の少年は泣きながらそれを口にする。
 それだけで好き好んでやっているわけではないと言うのがわかる。
 しかし遠目から見ている仲間にそれは伝わらないだろう。

 信頼した仲間が裏切った。
 隙を見て抹殺せよ。そんな命令が降るように相手の思考誘導したのである。
 その間、要人へのマークが緩くなり、結果被害者が出ないような仕掛けを作っていた。

 いわば誘蛾灯のような状況を一匹の元暗殺者を使ってヨルダは作り上げたのだ。

「末恐ろしいな、君は」
「あら、これくらいできなくてなにが貴族でしょうか? それに、ポチも餌をもらえて喜んでいますわ。元同僚が自分の命を狙ってくる。そんな社会で長年やってきたんでしょうね。自らの生まれ、育ちを吐き出した後は帰る場所なんてないとボロボロ泣き出してしまいましたわ」
「だからこうして自分の命を守るために君に力を貸していると?」
「ええ。私はポチの心意気を汲んで協力しているだけに過ぎないのですわ」

 この女、昨晩行った拷問内容を一切話さず。
 まるで勝手に相手が自白してそれに感銘を受けたみたいな語り口で暗殺者の少年に敵意が向かないように仕向け切った。
 その思考誘導も見事ながら上級生に対して嘘をつくことをなんとも思っちゃいないようである。

 オメガはヨルダの表情から、それが嘘であると一切見抜けぬままに次の言葉に耳を傾けた。
 いや、違和感はあったが信じようと思ってくれたのである。

「わたくしは、この子に新しい生き方を教えてやりたいのです。誰かに命令されるだけではなく、自由に物事を考えて働ける、そんな社会を目指してもいいんだと、それを教えたい。でも、彼の育った環境がそれを許してくれない。で、あるならば後腐れないように私が彼のお手伝いをしていると言うわけです。今は少しだけ恥ずかしいお姿を皆さんにお披露目していおる形ですが、要人暗殺未遂の罪はそう軽いものではありません。ですが、首謀者の首を差し出せば、この子の罪も軽くなるのではないか? そう思って張り切っております」
「なるほどな。確かに悪くない考えだ」

 本当は、肉体の操作を奪って無理やり働かせてるとも知らずに。
 だが、実際に命を狙われてるのは本当のことだ。

 犬耳の少年は暗殺者集団の中でもそれなりに腕利きだったのだろう。
 それが捕まって隷属の首輪をはめられている事実。

 隷属の首輪はレプリカだが、一目でそうだと見抜ける暗殺者は残念ながらいなかった。
 その少年の実力を知っているからだ。

 自ら死ぬことを厭わないその道のプロが、任務に失敗しているにも関わらず未だ存命している。
 ならあれにはそのような効果があるのだろうと相手に思わせることに成功。
 あとは捕まえて暗殺者集団を自分の商会の従業員にすり替えてやるだけ。

 これは王族に対してのパフォーマンスであるとともに、無償で従業員を手に入れる策でもあった。


「ならば私からも殿下に伝えておこう。生徒たちにも君の邪魔をするなともね」
「ありがとうございますオメガ様。必ずや殿下や学園生たちに被害は出さないとお約束しますわ」
「君の働きが無事実るよう、アルステラ様にお祈りしておくよ」
「豊穣神の導きのままに、ですわね?」
「そうだ」

 豊穣の女神アルステラ。
 教会によって新たに生み出された新しい神ながらも子の王国では主神として信仰されている。
 王族や貴族たちも己の利権が掛かっているので、子供達にそう教え込んでいるのだ。
 中には本当に素晴らしい教義であるからと信仰するものも多いが、全くの出鱈目なので注意が必要であることを今の世代の若者は知らない。





「さーて、今日の収穫は……」
「12匹ですわね。結構潜んでおりましたのね」

 オメガと別れて回収班のカクティと合流したヨルダは一人ずつの肉体を無力化し、ポチと同じような拷問からの自白を促していく。
 そうして教育が終了した子犬たちは、同じ部屋で一緒の生活をさせられるのだ。

「バン、お前も捕まってたのか!」
「キシリア、お前も!?」

 みたいなプチ同窓会が開かれている。
 この独房では体の自由が返されるが、食事は一切与えられず、本当に自由が与えられるだけだった。

 むしろお昼寝したきゃ勝手にしろと言わんばかりの自由時間、休息タイム。

 なにをしても無駄な自由。広さは十分確保されているのは、何人もこの中に閉じ込めておく予定だからだろう。

 これがヨルダが与えるでお昼寝タイムあると知った時は気が動転しそうになったことだろう。

 本当の意味での自由とは程遠く、餌欲しさに仲間を売る行為を率先してやりにいくのは背徳感が鰻登りだ。

 口を割らなければ餌が与えられない、一回仲間を裏切った奴は違う部屋に移される。

 どんどん人が減っていく室内。
 そして飢え過ぎて幻覚さえ見えてくる。
 最終的に餌欲しさから仲間の情報を売る子犬でその部屋は空になった。

 しかしこれを卒業して本当の自由を手に入れた元少年兵は後にこう語る。

猟犬時代あの時は本当にどうかしていた。プライドとか、なんの腹の足しにもならんことを信仰だと信じ切っていて、それが使命であることを受け入れていた。今はお嬢様の元で働けて本当の自由を得られた気がするよ。やり方はだいぶ強引だったし、納得行かないところもあったけど、それでも働けば満足いく餌を与えられた。餌、なんて言うのは失礼だな。どうも猟犬時代の名残が未だに残っていたようだ。今は満足いく食事も自由にできてる。仲間も早くこっちにきて欲しいかな?」

 それしか生き方を知らなかった少年兵は、厳しい訓練を乗り越えた先の平穏を一人満喫しながら本当の自由を知った。
 それを見せつけられながらの生活は自白や拷問をするより優れた効果を発揮した。

 なにせ本当の意味で『猟犬であれ』と言う支配から脱却したのだから。





 





 その頃洋一は。

「この中で人の収穫物を盗んだ人がいると言うのは本当か?」

 誰一人名乗り出ない村人に厳しい目を向けている。

「食うのに困った、なんて言い訳は聞きたくないな。育ち盛りだからなんだ? 食事は毎日一回支給されている。お金やノルマで縛られてない本当の自由だ。むしろ収穫物なんてのはその人の努力の結晶でもある。それを盗むと言うのは、この村にいられる資格を奪うのと同義だ。それを分かった上でやってるのか!」
「でも、お腹が空いて仕方がなくて……」

 名乗り出たのは小太り気味な少年だった。
 そして、よく洋一の趣味の料理教室に来てはつまみ食いしている少年でもあった。
 食うのに困ってやった犯行だという。
 本当の空腹なのか、過食症なのか判別はつかない。

「分かった。ここは君にとって楽園になり得ないと言うことだな?」
「え?」
「よろしい、ならば特別メニューを遂行する。みんな、趣味の時間に戻ってくれ。俺たちはこの子に本当の飢餓がどんなものかを体験させてくる。人の収穫物を盗むような腐った性根のやつはこの村にはいてほしくないからな。キアラ、ガルくんを手配してくれ、魔の森へ向かう」
「えええええええええええええ」

 こうして始まる洋一ブートキャンプ。
 本当の飢餓とは何か?
 食う側から食われる側の恐怖。
 食べても腹の足しにならない果実を口に入れての生活。

 食いたくても食えない生活を何日も体験して、ようやく普通の体型、いやほっそり目の筋肉をつけて帰ってきた少年は別人のような顔つきになっていた。

「ごめん、僕は本当の飢餓を知らなかったみたいだ。みんなに甘えてたんだね、これからは真面目に働くよ」

 なんだかんだ根っこの部分は似たもの同士である洋一と要(偽ヨルダ)であった。
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