上 下
71 / 94
【藤本要編】偽物令嬢ヨルダ=ヒュージモーデン

要人襲撃

しおりを挟む
「全く、陛下にも困ったものだ」

 ソートはうんざりとしたようにぼやいた。

「どんなお話をされたんです?」

 王宮魔導士長の子息であるオメガがソートに尋ねた。

「隣国が難癖をつけにきたから、気をつけろと」
「隣国というと?」
「ザイオンらしい。第七子が商人の商品の中に混ざっていたのだと言いがかりをつけられた。謁見は時間稼ぎ。すでに何人かの密偵が話を穏便に進めるために用心の誘拐をしているんだってさ」
「普通にソート様の身を案じておられるのですよ」

 とは言っても、俺のレベルは50だぜ?
 世界の広さを知らぬソート。
 オメガは眼鏡の縁をクイっとあげながらメガネを光らせる。

「なんにせよ、警戒は強める必要があるでしょう」
「お前までそんなことを言うのか? 心配しすぎだって。そんな奴ら、返り討ちにしてやるぜ!」

 ソートは剣を振るうポーズを取った。
 オメガは万全を期すに越したことはないと締め括る。
 ソートは昔からの付き合いながら、オメガのこう言う生真面目なところに対して馬が合わないと感じている。

「あら、オメガ様。ご機嫌麗しゅう」

 そこへ上機嫌のヨルダがカクティを連れて現れる。
 王太子を前にして、最初に声をかけるのがオメガなのか? とソートは少し面白くなさそうな顔をした。

「ヨルダ様、ソート様の御前です」
「申し訳ございません、最近目が霞んでいまして。無視したわけではありませんのよ? ソート様、オメガ様。ご機嫌麗しゅう」

 ボケボケでありながらもなんとか挨拶の形をとる。

 安定の二日酔いである。
 オメガ以外の周囲がぼやけている故の凡ミスだった。
 こうしてカクティをそばにつけているのはそのためである。
 安定しない視界のサポートだ。
 そんなにフラフラなら授業休めば? と思うかもしれないだろうが。
 これでも二限ほどバックれて、少し回復してきたので教室に向かうところだった。

「わざとだったら不敬であったぞ?」
「申し訳ございません。王族の方は眩し過ぎて視界で捉えるのが難しいのですわ」
「ふふん、そう言うことであるならば仕方がない。特別に許してやろう」

 ヨルダはとってつけたような称賛を送った。
 普段は周辺に女子生徒がいて、黄色い声をあげてるので聞き分けることができるのだが、今日は不思議と周囲に人がいない。

「カクティ様。普段からここはこのように人だかりが少なかったですか?」
「いえ?」

 ヨルダが何かに気づいたのを即座に察するオメガ。

「何か異変を感じ取ったか? ヨルダ嬢」
「異変というものではありませんが……今日は随分と虫や鳥の声が聞こえないと思って」

 確かにおかしいと言えばおかしい。
 耳を澄ませるオメガは、腕を引くようにしてソートを下がらせる」

「ソート様、お手を」
「なんだというのだ?」

 一人だけ訳がわからぬと言ったように手を引かれ、そしてさっきまでいた空間が斜めに切断される。
 何もない空間から刃が浮き出て、それが引っ込められる。
 すぐに襲撃だと察知するヨルダは、カクティに出番を与えた。

「カクティ様、結界を」

 腐っても聖女である。
 聖魔法は得意中の得意だった。

「カクティ=ケッツァーナが命じる。清浄なる源泉よ、我らに聖なる祝福を! ホーリーヴェール!」

 しかし、見えない斬撃がカクティの張ったバリアを飴細工のように砕いていく。
 あと数発もくらえば、ただの飾りだ。

「姿の見えぬ敵か。からくりは……そこか」

 オメガの無詠唱魔術。
 目敏く違和感の原因を突きつけての攻撃だったが、途中で何かに弾かれてしまった。
 襲撃者のはなったものだろう。
 ヨルダはつたないなとオメガと襲撃者の双方に気を向ける。

「あら、いけませんわオメガ様。そんな斬撃では相手に逃げ場を与えるようなものです」

 特に何気なく、ヨルダが指を弾いた。
 それだけで周囲に魔法陣が張り巡らされる。
 その周囲の重力が何倍にもなったかのように錯覚する。

 いや、錯覚ではない。
 確かに周囲の建物に亀裂が入っている。
 重力魔法だ。
 ただの指パッチンで仕込んでみせたヨルダに対して称賛の声をあげるのはオメガだけだった。

 ソートやカクティはヨルダが何をしたのかすら見抜けてない。
 絶技の応酬による感覚の麻痺だ。

「さすがだな、ヨルダ嬢。そこまでの緻密な魔術構築、是非時間を設けて話し合いたいものだ」
「今はそれどころではありませんわよ、オメガ様」
「おっとそうだった」

 オメガの打ち砕いた魔道具によって、姿をみせた謎の襲撃者。
 そのものは地面にめり込む形で悔しそうにヨルダを見上げていた。

「獣の耳ですの?」
「陛下のおっしゃる通りだったか」
「どういうことですの?』

 今日初めてその話を聞くヨルダは、どういうことだとソートに尋ねるのは不敬なのでオメガにそれとなく聞いた。

「かくかくしかじか。隣国が我が国に言いがかりをつけてきたようだ。その国の名が獣王国ザイオン。我らヒューマンとは異なる、ワービーストが住まう土地。当然全ての国民が獣の特徴を持つ」
「へぇ、これが」

 ヒールの先で襲撃者を突くヨルダ。

「ヨルダ様、お行儀が悪いですよ」
「こんなに小さな子供が襲撃者?」

 オメガが信じられないという顔をした。
 襲撃者の背格好から察するに、10年は生きてないような姿である。

「お食事も満足にされてないようですわね」
「使い捨てということか。許せんな」
「相手の国はどんな国か詳しくお聞きしても?」

 すっかり酔いが覚めた顔で、ヨルダはオメガに問いかけた。
 その暗殺者に、かつての自分を重ねたのである。

「許せねぇよな」
「何かおっしゃいました?」

 ぼそりと漏らした本音に、カクティだけが気がついた。
 前を行く男二人はその子供の背景を気にする様子もない。
 カクティもまた、捨て駒の少年兵に同情すら向けない。

 命を狙ってきた相手だ。
 情状酌量の余地なしということなのだろう。
 それでも、ヨルダは見過ごせなかった。


しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

隻眼の覇者・伊達政宗転生~殺された歴史教師は伊達政宗に転生し、天下統一を志す~

髙橋朔也
ファンタジー
 高校で歴史の教師をしていた俺は、同じ職場の教師によって殺されて死後に女神と出会う。転生の権利を与えられ、伊達政宗に逆行転生。伊達政宗による天下統一を実現させるため、父・輝宗からの信頼度を上げてまずは伊達家の家督を継ぐ!  戦国時代の医療にも目を向けて、身につけた薬学知識で生存率向上も目指し、果ては独眼竜と渾名される。  持ち前の歴史知識を使い、人を救い、信頼度を上げ、時には戦を勝利に導く。  推理と歴史が混ざっています。基本的な内容は史実に忠実です。一話が2000文字程度なので片手間に読めて、読みやすいと思います。これさえ読めば伊達政宗については大体理解出来ると思います。  ※毎日投稿。  ※歴史上に存在しない人物も登場しています。  小説家になろう、カクヨムでも本作を投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...