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好きな鬼を選べばいい

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「噛む? それはいけません、可愛いあなたに痛い思いをさせてしまう。どうせなら気持ち良い方が良いでしょうに」

「気持ち良いって、そんな……」

「恥ずかしがらなくていいですよ。そんなあなたも悪くありませんが」

 とろんと蕩けた瞳にいつもの理性が伺えない。先生の唇が袖のホックを外してきて、貧弱な腕が晒された。

「白くて華奢で傷1つもない綺麗な肌。簡単に折れそうです。ほら」

 ぐっと指が食い込み、骨が軋む。

「痛い、です。離して……」

「ちょっかい出したつもりが本気になってしまいました。鬼姫には惑わされまいとたかを括ってましたが、やはりあなたは魅力的だ」

「痛いです! 先生、離して下さい!」

「泣いてもいいですよ? そういうのも悪くない」

 このままでは本当に折れてしまうかもしれない。凄い力だ。先生が鬼の性に囚われているのは明らかで力加減を忘れている。

「やめて! 触らないで!」 

 そしてスカートの上から腿を撫でられそうになり、頬を叩いてしまった。これが先生を更に焚き付ける。

「こういう場面で抗うと悪い男はぞくぞくするんですよ?」

「ひ、柊先生」

「先生呼びも煽るだけ。いえ、あなたは存在するだけで私達を煽る」

 わたしの髪を1筋、手に取ると口元へ寄せる。
「キレイな黒髪」

 次は顎をくいっと上げられた。

「整った顔立ち。それからーー」

 まるでわたしを確認する作業に、どっどっど、鼓動が早まる。
 突き飛ばしてでも逃れなきゃいけないのに
纏わりつく香りが判断を鈍らせた。血を欲して昂る同胞を放っておけないと感じてしまう。

「慈悲深い瞳。あなたは私を哀れんでいる」

 目元を撫でられた。

「私がもっと可哀想な者と知れば、側に居て下さいますか? 愛してくれとは申しません。あなたが側に居てくれたらいい」

 わたしは先生に同情しているつもりはなく、彼もわたし越しの誰かに聞いている。

「分家の中で柊の立場はかなり悪い。小間使いをさせられています。それはいいのですが、妹を弄ばれたり恋人を奪われたのは許せません」

「さっき恋人は居ないって?」

「かつて愛した人は居ました。彼女も私を愛し、鬼となり共に歩むとまで言ってくれたのです。けれど亡くなってーーいえ、殺されました」

 柊先生は熱に浮かされているせいで心の扉が緩み、普段は覗かせない1面を露わにした。

「慎重に吸血を重ね、彼女は鬼に変わろうとしていたのに。当主様が鬼姫として彼女を……」

 最後まで言わなくとも結末が分かった。柊先生は口を覆う。
 先生は愛した人を鬼とする為、鬼姫を活性化するお茶や吸血欲求が抑えられる薬を開発したのだ。けれど当主により未来は潰えてしまう。
 人工的とはいえ鬼の女性。あの当主ならば手元に置きたがるはずだ。

 束縛が弱まり、わたしは半身を起こすと先生を抱き締める。
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