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恋なんかしない

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「……君は、鬼姫かい?」

 先ほど男性も私を【鬼姫】と呼ぶが、四鬼さんも重ねた。私は彼に認識されるのが嬉しいらしく、わたしの身体で何度も頷く。

「えぇ、えぇ! 四鬼様。ずっとお会いしたかった!」

 四鬼さんに対して懐かしい、愛しい、私の感情がわたしへ流れ込み、その好意に共鳴する。わたしと私は別人格のはずなのに四鬼さんをもうかなり前から知っていて、結ばれるのが必然と納得させられそう。

「もしもーし? 浅見さん? 鬼姫って? 大丈夫ですか?」

 握ったままの電話口で柊先生が問う。先生の声は現実に引き戻すも、安否確認に応じるのは私の方だ。

「貴方ーー柊? 今も私に代わる鬼姫を作ろうとしているのかしら?」

 わたしが私の感情を汲み取れるよう、私もわたしの気持ちに干渉する。記憶にある柊先生の姿を探られ、カウンセリングを受ける様子が脳内のスクリーンで流れた。
 客観的に保健室のやりとりを改めて見れば気付く。
 イケメンカウンセラーと言われるのは表情がお手本通りでブレがないからだ。

「とんでもない、鬼姫様は唯一無二です。それで覚醒なさったのでしょうか?」

 先生は私を唯一無二とは思っていない。表情が見えないと分かりやすい。

「残念ながらまだよ。でも直にひとつになれる」

 私は言い切り、わたしもそうなるであろうと予感する。むしろ統合されるべきとさえ思えた。

「ーーそうですか。僕は浅見さんとお話したいのですが代わって頂いても?」

「いいわ、そろそろ疲れてきたし。四鬼様に早く迎えを寄越してね」

「言われなくとも早急に」

 不意にスイッチが切り替わり、力が抜けて蹲る。すかさず四鬼さんがスーツの男性を拘束し、こちらを心配した。

「大丈夫? 桜子ちゃん」

「え、あっ、はい。なんとか」

 身体がとてつもなくダルい。自由を奪われてる間に体力がかなり消費されている。

「あぁ、良かった。君に大事があれば大変だ」

 言いつつ、よろけるわたしを支えてくれない。触れてこない。

「わたし、どうしちゃったんでしょうか? 鬼姫って? 四鬼さん達は知ってるんですよね?」

 説明してと言いつつ、胸に手を当てて尋ねれば答えを得られる気もした。そうしないのは四鬼さんから聞きたいという建前で、本音は知ってしまうのが怖いから。

「君の中に鬼姫の存在を確認した以上、ここからは当主の管轄となる。ごめん、僕からは何も言えない。当主を含めた席で話をしよう」

「血がーー」

 殴られた際の出血を気遣うと四鬼さんは明らかに顔を背け、誤魔化すみたいに先生と会話する。

 わたしはポツンと転がったままの携帯電話を拾う。充電がなくなり電源が落ちているが、これは確かにわたしのものだ。

 それから柊先生が車で迎えにくるまで、わたし達は沈黙したのだった。
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