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千秋と美雪と鬼

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「美雪の怒った顔も可愛いけれど、笑った顔が僕は好きだなぁ」

 彼は到着するなり噛み付く少女を宥める。わたしをキレイと言った唇で別の人も同じように褒め、言い慣れていた。

 わたしの場合はお世辞だろうが、確かに少女は可愛い。二人並んでいるとファッション雑誌の表紙みたい、見惚れてしまう。

「それで? こちらはどなたですか?」

 ふいに会話へ混ぜられ、はっと我に返った。

「浅見桜子です。貧血を起こしていたところを助けて貰って……」

 そういえば名前を知らない。彼に目配せすると、瞳を三日月の形にして微笑まれる。

「僕は千秋だよ、四鬼千秋。桜子ちゃんって素敵な名前だ。君にとても良く似合ってる」

「四鬼さんですね、ありがとうーー」

 名を繰り返してお礼を告げようとすると、四鬼さんはわたしの鞄を手に取った。ついでに携帯電話も拾い、ポケットへ入れてくれる。

「さて病院に行こう。僕の家、病院を経営していてね、少し距離はあるけど車で送っていく」

 後部座席を開け、わたしを促す。

「千秋! 貴方は葉月高校に用事があるのでしょう? 浅見さん、でしたっけ? 体調が優れないのでしたら保険医に診て頂けば?」

 四鬼さんとの間に割って入ってきて、校舎を指差す。仰る通り、病院より保健室の方が近い。

「美雪、どうしてそんな意地悪を言うんだい?」

「意地悪じゃなくて、あたし達は学園の代表として招かれているの。寄り道している暇はないわ!」

 わたしの介抱を寄り道と切り捨てて、四鬼さんの腕をぐいぐい引っ張っている。ただ、見るからに華奢な身体では四鬼さんを動かせない。

 居たたまれなくなり、鞄を返して欲しい旨を合図してみる。しかし、四鬼さんはわたしの視線に微笑む。
 こうしているうち、次のバスの到着を報せるランプが点った。

「坊ちゃま、お言葉ですが病院にかかるとしても予約が必要ですし保険証もいります。ここは美雪様と同意見で、まず保険医に診てもらうのが良いかと」

 車を移動させるギリギリまで運転手は朽ちを挟まず、言い終えると深くお辞儀をする。

「皆さんにご迷惑をかけて、すいません! わたしは大丈夫です。これから自宅に帰って休みますね! ありがとうございました!」

 この状況でお祖母ちゃんの家に行きたいとは発言できず、かといって学校へ戻りたくもない。
 気まずさがピークに達し、早口で一気に告げて逃げるよう走り去る。

「ちょっと桜子ちゃん!」

「なによ、あれ。失礼な人ね」

 去り際、2人の声を背中で拾う。わたしは心の中で謝り続けた。



「はぁ、はぁ、はぁー」

 バス停から全力疾走で自宅まで駆け、玄関前に座り込む。

 涼くんの血を貰いにくい今、無駄な体力を消費したくないのに。親切心からの行動を否定しかけ、頭を振る。

 頭を振ると、何故か四鬼さんの微笑みが剥がれて真顔になる映像が流れた。わたしは彼の笑顔しか見ていない割、冷たく突き放す表情を形成できる。

「桜子?」

 振り向くと、なんとお祖母ちゃんが立っていた。

「どうしてここに?」

「……お母さんから聞いてない? とにかく立って、中で話しましょう」

「う、うん」

 いつもならお祖母ちゃんは季節の花についてお喋りするが、庭の花へ視線もくれない。それに差し出された手を握るとーー冷たい。なにやらお祖母ちゃんは緊張しているみたいで、嫌な予感がした。
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