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仮面を剥がされて

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「如何しましたか?」

 通り掛かった酒井は部屋を覗き、薔薇を差す秀人に眉を上げた。

「【黄昏の君】から品が届いてな」

「【黄昏の君】? はて、どちらのお姫様でしょうか?」

「お前の事だ。俺が関係を持った女達には金を渡しているよな? この女には手切れ金を払い忘れたんじゃないか?」

「いえ、そんなはずありません」

「やはり仕事関係か」

「そちらの薔薇は嫌がらせの類でしたか?」

「……嫌がらせではなく、宣戦布告か? 上手く説明出来ないが、そんな予感がする」

「宣戦布告とは、これまた大胆な。私達をどうしようと言うんでしょう?」

「古くて利用価値のない教会を潰したり、養子縁組を装って人を売り買いしてるんだ。ばちが当たって、後ろから刺されても仕方ないだろ」

「ばち、とは……意外と迷信深いんですね」

「いや、お前が何も信じないだけだ」

「信じてますよ、秀人様のことは」

 もし仕掛けられようと戦いになるはずない、酒井は既に勝ち誇る。秀人の選択の天秤には常に暁月家の繁栄がかけられ、もう片方へ傾くことがないのだ。

 しかし、秀人から手紙を受け取ると顔色が変わる。

「【黄昏の君】とやらが持ってきたのは、そちらの薔薇だけでしょうか?」

「ああ、これだ」

 身につけた短剣を見せられて、酒井は裂けんばかり見開くと手紙をくしゃりと丸める。

「いいだろ? お前にはやらないぞ。あぁ、それとーー」

 酒井が口元に手をやり固まっているが触れることなく、話題を移す。

 そんな短剣を側に置くなと説教が始まれば日が暮れてしまう。それより酒井に確認しておくことがある。

「立花の例の絵を探してる男なんだがな、かなりやり手みたいで話はよく聞くものの、本人とは不自然なくらい行き合わない。まるで避けられてるみたいだ」

 どうやら秀人は結婚式前日まで、その違和感を調べていたらしい。

「ーー男?」

 酒井の表情は強張ったまま。手紙に続き、男についての情報を読むと眉間を揉み、あぁと低く呻く。

「急にどうした? この優真って奴を知ってるのか?」

 流石に秀人も気遣い、加減を伺う。額に脂汗を浮かべ、酒井がかぶりを振る。

「存じません。今のところ暁月に影響はないでしょう」

「今のところ、ね。商売敵となれば厄介だな」

 厄介と言いつつ、優真側が秀人を知らないはずがない自信が滲む。対面を避け、こそこそ自分の周りをうろつく優真を捕まえたい。

「……申し訳ありませんが、少し目眩がしますので、明日に備えて今日は失礼します」

「ああ、大丈夫か? あまり無理はするな。酒井、お前に代わりは居ないーーお前だけは代えがきかない」

 秀人は淋しげに微笑み、退出を促す。酒井もなんとか微笑み返す。
 大きく頷き秀人の言葉を肯定してから、酒井は私室へ戻る。

 酒井はいつの間にか暁月家に住み込み、秀人と衣食をともにしてきた。
 だから自分も暁月の一員、護らねばならない、何があろうと。決意と覚悟を込め、大股で歩く。

「……あれは?」

 その時、庭で動く影を見つける。酒井は廊下の窓へ寄り、目を凝らした。

 影に見えたのは外套を纏っているからか。影は裾を揺らして花々を愛で、1輪手折ると香りを楽しむ。
 すると影も酒井に気付く。手にした花を落とし暫し見つめ合った後、影がおもむろに纏った外套を払う。

「ひっ!」

 艷やかな黒髪の下にある素顔をみ、酒井が呼吸を引き攣らす。そんな酒井に女が唇を指し示す。

 女は一言、一言、はっきり区切って伝えてきた。

 「ーーた」

 酒井は無意識で唇の形を読む。

「だ、い、ま?ーーただいま」

「えぇ、ただいま」

 女も唇を読み返すと強い風が起きる。花びらが渦状に舞い上がり、女は四方に散るそれらを追い掛けかけ酒井の視界から外れた。足取りは軽やか、その先に待ち人がいるのだろうか。

 そして、蝶がさなぎを脱ぎ捨てていくよう外套が残される。酒井は足に力が入らなくなり尻もちをつく。

「あの女、ただいま? ただいまだと? 死んだんじゃなかったのか?」

 震える肩を抱き、ぶつぶつ繰り返す。通路中央で腰を抜かす酒井を使用人等が二度見し、傾げた。

 酒井が驚いている方向は普段の風景が広がり、春の花々が揺れているだけ。

 ーー春の花々が蝶を誘って揺れるだけ。


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