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仮面を剥がされて
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秀人は健気でか弱い女に惚れやすい。
女主人は前妻と多少の面識があり、彼女もまた同性を苛立たせる性格だった。ひばりみたく露骨ではなかったが、全てに愛され、全てに許された顔をしていたのを思い出す。
彼女は丸井の先代と心中をしたものの、秀人の心になお息づいている。女主人は先程の様子からも確信した。
ひばりは秀人の傷を癒やしたのかもしれない。しかし、秀人にとってひばりは使用人の域を出ていない。
前妻の衣装は自ら手掛けたのに、ひばりの時は女主人に任せきり。
ーー知らぬは、ひばりだけ。そう考えれば溜飲が下がる。
「それではこれで。今後もご贔屓下さいませ」
女主人は社交場仕込みの所作で別れを伝え、それを子供も真似て、ひばりも倣う。
今日の屋敷は女主人の他に様々な商人が出入りし、祝の品を次々運び込む。
一昔前まで暁月家は成金と蔑まれ、心象が良くなかったが、ここ最近は違う。福祉事業に積極的となって、特に身寄りのない子供の保護活動において名を知られる。
教会へ多額の寄付をし、孤児や生活困窮に食事や教育の場を提供もしているそうだ。
ひばりとの結婚もゆくゆく暁月の知名度をあげる。その算段をつけたからこそ、あの酒井も結婚を認めたに違いない。
「人は変わるものね、それでいて根っこは変わらない」
女主人は自分も含め、そう思う。とそんな折、花束を抱えた人物が目に入る。
朝露に濡れた鮮やかな薔薇と外套を目深に羽織る姿があまりにも対照的であり、思わず声を掛けてしまう。
「綺麗な薔薇ね。奥様に?」
ひばりの花嫁衣装には薔薇の刺繍が施してある。
外套を纏う人は呼び掛けで振り返り、答えた。
「今朝、庭で育てていた薔薇がとても綺麗に咲いたものですから、これはきっと奥様の為の薔薇と思いましてお持ちしましたの」
表情が見えないものの、話し方が上品で所作も洗練されている。女性は顔に傷や痣があって素顔を隠しているのだろう。
幾らおめでたい日といえど素性が怪しまれる者は屋敷に入れないはずだ。
「それとーー」
女性は花束を抱えたまま、次は短剣を懐から取り出す。
「こちらは魔除けの短剣です。花束と一緒にお渡しできるといいのだけど」
刃物の気配に一瞬ぎょっとした女主人だが、滑らかな説明を添えられた。
遠まわしながらも、女性は贈答品を手渡して欲しいと言っている。
女主人がひばりと今しがた別れたばかりなのに、難色を示そうとするとーー女性が笑みを浮かべた。
「あぁ、ご無理を申し上げて申し訳ありません。お忙しいですよね」
それはお手本通りの微笑み、美しく口角を上げただけの。目元は変わらず見えないが、これまた笑ってみえる風に細めてるのだろう。
女主人は笑みを前に寒気がした。このやりとりに注意を向ける人はおらず、優雅な立ち話と認識されてしまうのが怖い。
「薔薇はともかく短剣は物騒でしょ? 奥様の手元にきちんと届くか心配になってしまったの」
「奥様も花嫁が短剣を持つ風習はご存知では?」
例えひばりが知らなくとも、酒井は承知しているはず。さすがに短剣の値打ちを見誤らない。あれは相当価値がありそうだ。
妙な間があく。
「だと、いいですが。それと、あの方が隠してしまわなければいいわ」
「あの方とは?」
「妊娠中に刃物は宜しくないと言って、取り上げてしまいそうだもの」
そう嘆き、踵を返す。女性はひばりに一般常識が備わっていないと言ったも同然。そのまま贈答品が集められる部屋へ歩いていった。
てっきり女性がひばりの友人、もしくは関係者だと接したが、どうもきな臭い。しかも女主人は既視感というか、あの女性と何処かで会った気がする。
女主人は前妻と多少の面識があり、彼女もまた同性を苛立たせる性格だった。ひばりみたく露骨ではなかったが、全てに愛され、全てに許された顔をしていたのを思い出す。
彼女は丸井の先代と心中をしたものの、秀人の心になお息づいている。女主人は先程の様子からも確信した。
ひばりは秀人の傷を癒やしたのかもしれない。しかし、秀人にとってひばりは使用人の域を出ていない。
前妻の衣装は自ら手掛けたのに、ひばりの時は女主人に任せきり。
ーー知らぬは、ひばりだけ。そう考えれば溜飲が下がる。
「それではこれで。今後もご贔屓下さいませ」
女主人は社交場仕込みの所作で別れを伝え、それを子供も真似て、ひばりも倣う。
今日の屋敷は女主人の他に様々な商人が出入りし、祝の品を次々運び込む。
一昔前まで暁月家は成金と蔑まれ、心象が良くなかったが、ここ最近は違う。福祉事業に積極的となって、特に身寄りのない子供の保護活動において名を知られる。
教会へ多額の寄付をし、孤児や生活困窮に食事や教育の場を提供もしているそうだ。
ひばりとの結婚もゆくゆく暁月の知名度をあげる。その算段をつけたからこそ、あの酒井も結婚を認めたに違いない。
「人は変わるものね、それでいて根っこは変わらない」
女主人は自分も含め、そう思う。とそんな折、花束を抱えた人物が目に入る。
朝露に濡れた鮮やかな薔薇と外套を目深に羽織る姿があまりにも対照的であり、思わず声を掛けてしまう。
「綺麗な薔薇ね。奥様に?」
ひばりの花嫁衣装には薔薇の刺繍が施してある。
外套を纏う人は呼び掛けで振り返り、答えた。
「今朝、庭で育てていた薔薇がとても綺麗に咲いたものですから、これはきっと奥様の為の薔薇と思いましてお持ちしましたの」
表情が見えないものの、話し方が上品で所作も洗練されている。女性は顔に傷や痣があって素顔を隠しているのだろう。
幾らおめでたい日といえど素性が怪しまれる者は屋敷に入れないはずだ。
「それとーー」
女性は花束を抱えたまま、次は短剣を懐から取り出す。
「こちらは魔除けの短剣です。花束と一緒にお渡しできるといいのだけど」
刃物の気配に一瞬ぎょっとした女主人だが、滑らかな説明を添えられた。
遠まわしながらも、女性は贈答品を手渡して欲しいと言っている。
女主人がひばりと今しがた別れたばかりなのに、難色を示そうとするとーー女性が笑みを浮かべた。
「あぁ、ご無理を申し上げて申し訳ありません。お忙しいですよね」
それはお手本通りの微笑み、美しく口角を上げただけの。目元は変わらず見えないが、これまた笑ってみえる風に細めてるのだろう。
女主人は笑みを前に寒気がした。このやりとりに注意を向ける人はおらず、優雅な立ち話と認識されてしまうのが怖い。
「薔薇はともかく短剣は物騒でしょ? 奥様の手元にきちんと届くか心配になってしまったの」
「奥様も花嫁が短剣を持つ風習はご存知では?」
例えひばりが知らなくとも、酒井は承知しているはず。さすがに短剣の値打ちを見誤らない。あれは相当価値がありそうだ。
妙な間があく。
「だと、いいですが。それと、あの方が隠してしまわなければいいわ」
「あの方とは?」
「妊娠中に刃物は宜しくないと言って、取り上げてしまいそうだもの」
そう嘆き、踵を返す。女性はひばりに一般常識が備わっていないと言ったも同然。そのまま贈答品が集められる部屋へ歩いていった。
てっきり女性がひばりの友人、もしくは関係者だと接したが、どうもきな臭い。しかも女主人は既視感というか、あの女性と何処かで会った気がする。
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