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真の優しさ

真の優しさ

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 その日、とある画商の元へ足を運ぶ男が居た。遠方からわざわざやってきた男には探している絵があり、目的の絵を入手したと連絡を受ければこうして直接確かめている。

「お忙しい中、わざわざお越しいただいて恐縮です」

「いや、構わない。絵を見せてくれ」

 画商の前置きを男は聞かず、すぐさま本題を切り出す。
 男がその絵を探しているのは界隈で有名であった。普段の生活では男と接点が作れない画商でも目的の絵を商談材料にすれば、共も連れず出向いてくる。

 画商は白い布で覆った絵の前へ男を招いた。

「立花画伯は例の怪我で筆をとれなくなってしまった為、この絵が最後となると言われております」

「御託はいい。さっさとしろ」

 男の床を這うみたいな低い声に画商は解説を切る。
 男は道楽で絵画を買い漁っている訳ではない。明らかな贋作をだしにして呼びつけたとなれば、どうなることやら。
 はらり、布が滑り落ちると執念じみた鋭い眼差しが絵へ注がれる。

 顎に手をやる男。

「……ちなみに出処は?」

 正規の手順でこの絵が取引きされているとは考え難い。何故なら絵は何者かに盗み出されてしまったからだ。

「寂れた教会にあったと聞いています。神父によれば寄贈されたものだと」

「寄贈?」

「はい。美術品に詳しくない神父は深く考えず、飾っていました」

 男は白手袋を身に着け、絵の状態を伺う。安価な額に入れられているし、日焼けして保管状態が宜しくない。そのうえ絵具の亀裂と剥落があり、キャンバス自体の劣化も目立つ。

「これは絵画としての価値はーーないな」

 鮮やかな色彩でお茶を楽しむ女性の姿が見る影もない。たとえ本物だとしても値段はつかないだろう。なんなら模造品の方が売れるくらいだ。
 首を傾げ暫し考え、襟足を撫で付ける。

「どうしてこれを見せようとした? こんな状態なのに見せようとする理由があるんだろう?」

「流石、お分かりになっていますね」

「はぁ、世辞は要らない。忙しいんだ」

「お忙しいのは重々承知しております。ご商売が順風満帆で羨ましい限りです」

「……」

 男の仕事に話が及ぶと、画商が含みのある笑みを浮かべた。

「今や丸井家を勝るとの噂ですし。まぁ、丸井の当主は先代とは遠く及びませんけれど。あぁ、そうだ。彼が手慰みで描いた絵もありますよ【聖女の微笑み】というものですが」

 画商は新たに絵画を持ってくる。

「はぁ、懐かしい作品だ」

 窓辺で外を見上げる少女に男が呟く。

「そういえば丸井敬吾も立花画伯と同時期に筆を置きましたね【聖女の微笑み】は彼の仄暗い内面をよく表しています」

 職業柄、蘊蓄を披露したくて仕方ないらしい。男は肩を竦め、続きを促す。

「どういう意味で?」

「あぁ、もしかしてご存知ではなかったですか? 少女の足元をよくご覧になって下さい。鎖で繋がれていますよ。
 一見、微笑む少女の姿がとても美しいので絵の印象は明るくなりますが、自由を奪われた少女の儚い微笑みと読み解けば【聖女の微笑み】は怖いですね。この少女は諦めてしまったんだと思います」

「ーー少女は何を諦めたと思う?」

「それは絵を見た者によって感じ方が違ってきますが、私は少女が生きるのを諦めてしまったと受け取りました。画商界隈で丸井敬吾が処女性を好んで題材に選ぶのは有名。絵の少女は女性になれなかったのではないでしょうか」

 男が来る時点で【聖女の微笑み】を売ろうと決めていたらしい。男は丸井敬吾、立花と縁のある人物だ。

「田舎の画商と期待などしてなかったが、審美眼は確かだな」

「ありがとうございます【聖女の微笑み】をご購入頂ければ、こちらの絵もお付け致しますよ」
 
 画商は2枚を並べた。と、男がはた、と気付く。

「似てないか?」

「そうです? あぁ、立花画伯と丸井敬吾は師弟関係でしたので風合いは似ているのかもしれませんが?」
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