聖女の蜜闇ー優しい仮面を剥がされて

八千古嶋コノチカ

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刹那の熱

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 その夜は静かな息遣いで満ちていた。優子は秀人の胸に擦り寄り、彼の鼓動を聞いている。生まれてはじめて誰かを守りたいと思いながら。

 そっと秀人の腕を外すと重ねた身体が痛む。この痛みさえ愛おしい。じくじく鈍い痛みを引きずり、衣装を纏う。秀人に与えられた熱を逃したくなくて感覚を研ぎ澄ませると徳増の視線を感じた。

 ーー徳増が待つ。優子には分かっている。
 襟巻きで素顔を隠し、部屋を出ていこうとした際、秀人が寝返りをうった。子供みたいな寝相の悪さ、いい夢を見ていそうな寝顔に胸が締め付けられる。

「わたしはあなたを失いたくない」

 言葉にして後ろ髪を引かれるのを防ぐ。秀人と共にありたいが優子にそれは許されない。ならば最後に抱いて貰えた熱を頼りに徳増と対峙する選択をした。

 部屋を出ると酒井が立っていた。驚きで音を立ててしまいそうになる優子を酒井はとどめ、淡々と報告を始める。

「ひばりと名乗る少女は保護をしました」

「ひばりが? 無事なのね? 良かった」

「しかし、立花様と連絡が取れません」

「……そう」

「そんな気がしてましたか? あまり動揺されませんね」

 酒井は庭の髪飾りに気付いているのだ。秀人と優子の時間に水をさしたくないから待機していたというより、優子がこうするのを見越して待っていた。秀人をわざわざ危険な目に遭わせたりしない。

 優子は促され別室へ。そこには震え上がるひばりがいた。ひばりは優子を見るなり両手を広げて飛びついてくる。

「ひばり! 良かった、良かった、貴女が無事でいてくれて」

 ひばりは全身で謝罪を示す。優子も強く抱き返し謝罪した。

「怖かったでしょう? ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「ひばりさんの話によると徳増が予定より早く帰ってきて、奥様の不在にすぐ対処したそうです。ひばりさんは立花さんの手助けもあり、なんとか逃げおおせたと言ってます」

 ひばりとの意思疎通に苦労した様子のない酒井。と、ひばりが唇の動きで伝えた旨を優子に教える。

「読唇術でしたっけ? 酒井さん、凄いんですね」

 素直に感心する優子。

「お褒めに預り光栄です。奥様が徳増にお育てになられていなければ、もっと早くに有能さをお分かり頂けたのですが」

「今更、有能だって分かっても仕方ない? わたしはそう思わないです。どうか、これからも秀人様を支えていって下さいね」

「……行かれるのですね」

 優子が徳増の元に戻ると知り、ひばりが首を横に振った。

「ひばり、ありがとう。貴女が逃してくれなかったら秀人様に逢えなかった」

 ここへ残れば良いとの訴えに、今度は優子が首を横に振る。

「わたしね、ひばりが居なければ自死をしていたわ。貴女がどうやってあの屋敷に連れて来られたかも知らないまま死んでしまう所だった」

 ひばりの潰された喉に触れ、優子は深く頭を下げた。

「下手な慰めですが、徳増の差金で奥様の実家が襲われたのです。ひばりさんの傷は奥様のせいではないかと。それと今後は暁月がひばりさんの面倒をみます」

 可能な限り、酒井は優子の不安を取り除いてくれる。

「ついでに秀人様に睡眠薬をもってありますので、朝まではぐっすりでしょう」

 もはや行き過ぎた手配に優子はあ然、それから安心する。もとより自分が居なくとも大切な人達はやってきたのだし、やっていけるのだ。

「ありがとう、酒井さん」

「奥様、こちらをお持ちください」

 奇麗な布で包まれているものの、短剣であると悟る。酒井はそれを平然と手渡そうとし、ひばりが怒って詰め寄った。
 つまり徳増と刺し違えろ、もしも生き残れたならば自害せよという意図が短剣に込められいる。

「いいのよ、ひばり」

 優子はひばりに微笑み、短剣を受け取った。女性でも扱いやすい重さであるのも心憎い。

 優子はひばりをもう一度抱き締め、出ていく事にする。ひばりの涙が優子の肌に滲みた。

 ひばりとて優子が居たから生きてこれたはず。確かにひばりは徳増の被害者であるが、優子こそ最大の被害者であるのは誰の目にも明らか。ひばりは優子を恨んでなどいない、憎めるはずないと回した腕に心情を託す。

 優子はひばりが自分の後を付いてこないか、包容を見守る酒井へ視線を流す。

「後はお任せください」

 そう告げた後、何故か声を消して唇の動きで言葉を続ける。

『申し訳ございません』

 それから

『ありがとうございました』

 秀人の右腕として、彼の傍若無人ぶりな言動や行動を利となる方向へ捌いてきた酒井。

 優子が単身で徳増の所に行くお膳立てをしたとなれば、秀人の怒りは相当であろう。
 放っておいても優子は一人で向かっていたのだし、根回しなどしなくて良かった。それなのに世話を焼く。

 優子は酒井の声にしない優しさに頷き、ひばりを彼へ預ける。そして振り向かず庭へ向かうのだった。
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