上 下
96 / 120
迷わない、迷えない

迷わない、迷えない

しおりを挟む


「わたし、お医者様を探しているんです!」

 酒井も合流し、話し合いの場を設けようとする際、優子が本来の目的を付け加えた。

「これはまたご要望が盛り沢山ですね。私には奥様がご存命であるのを驚く暇もありません。大体ーー」

 酒井は次から次へと与えられる課題に眉を寄せかけ、秀人の手元をみやり言葉を切る。優子の手を離さない指先に指輪が光っていた。

「医者? おまえ、どこか悪いのか?」

「いえ、わたしではなく、ひばりが。あ、ひばりとは屋敷で共に暮らす友人というか、身の回りの支度をしてくれていて。その彼女の体調が良くないんです、それでわたしーー」

「落ち着け、怪我が病か? そいつは死にそうなのか?」

「突然胸を押さえて苦しみだして、わたし、ひばりにお金を貰ってここへ来たんですが、その、お金を盗まれてしまい」

 秀人と酒井が顔を見合わせる。

「そういえばこちらに来る前、やけに羽振りが良い男を見かけましたね。ちなみにどの程度の持ち合わせを?」

「……正確な金額は確認していないけれど、巾着に一杯ぐらい、かしら」

 傾げながら巾着の大きさを示す優子。3人は暫し沈黙した。

「あはは、それだけあれば家出しても半月は暮らせる」

 立花の茶化しに真実味がある。ひばりという女性が仮病を装い、優子を街に逃したとすれば持たされた大金に辻褄があう。

 あの徳増が優子に不自由はともかく不便をさせるはずない。深刻な体調不良でない限り、症状を治める常備薬くらいあるだろう。ひばりがその薬の在処を知らないなんて不自然だ。


「いかが致しましょうか?」 

 酒井が静かに判断を仰ぐ。事態に猶予がないのを察知する有能な秘書である。

「酒井は医者を手配しつつ、羽振りが良かった男を調べろ。優子と立花は俺の滞在先に来るんだ。早く行くぞ」

 秀人も的確な指示を出し、阿吽の呼吸、見事な連携だ。

「あっ、俺もいい?」

「死にたくないなら来るんだな。俺はお前が死んでも一向に構わんが」

 秀人は優子のみ連れて、歩き始める。

「あの! わたしは先に屋敷に戻って、ひばりの看病をしても?」

「はぁ、いいはずないだろうが。危険な目に遭わせる羽目になると分かっているのに。手筈が整うまで待機していろ」

 優子と立花への対応が極端だ。これには立花も不満な様子。

「つれないぜ。そりゃあ俺は夢にみるくらい恋しい相手じゃないが、暁月のことを親友と思うからこそ個展へ招待したのに。
あ、優子ちゃん、この人ってば酔っ払うと優子ちゃんに会いたいって泣いちゃうんだぜ?」

 愚痴って繋ぐ手を解こうとする立花には、すぐさま鉄槌が下る。後頭部を乾いた音で叩かれた。

「いったいなぁー。コブになってないか?」

 優子が加減を見るより早く、がこん、次は鈍い拳が落ちる。

「親友ならば優子が生きているのを教えるだろう。丸井家か徳増あたりに監視を命じられてるくせに、よく言うな」

「本気で殴ったな! 暁月の動向に注視するよう言われていたのはその通りだ。でも優子ちゃんが生きているって信じて探している暁月を否定はしなかったはずだ」


 利害が一致するから交流を持つのだと決めつけてしまったが、秀人と立花に友情を感じないこともない。
 それと秀人は優子に会いたくて泣いたり、生きていると信じてきた部分を訂正しない。

 もちろん訂正しないからといって事実と限らないが、優子の心は慰められる。なんだか秀人は険が取れたというか、寛容になったというか。

「秀人様は、お優しくなりましたね」

 秀人の優しさは優子を自惚れさせるより、不安にする成分が多く、ついこんな物言いをしてしまう。

「そうか? 自分ではよく分からないが、何をするにしても素直になろうとはしてる。つまらない意地を張っても明日には全部無くなっていることもあるしな」

 秀人が言わんとするのは教訓でもある。優子達は気持ちの擦り合せを先延ばしにした結果、この有様。仕事から帰ったら新妻が心中しているなどなかなか無いが、秀人の後悔たるや察して余る。

「わたし、秀人様はお変わりないと見えたんですが、変わっていないのはわたしの方でしたね。未熟で恥ずかしくなります」

 欲望のまま秀人を呼び止めた分別がついていない行動をさして、こうも言う。

「ですが、こうして手を取りあえ、後悔していません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。  でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?

元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています

一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、 現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。 当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、 彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、 それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、 数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。 そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、 初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

処理中です...