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迷わない、迷えない
迷わない、迷えない
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「わたし、お医者様を探しているんです!」
酒井も合流し、話し合いの場を設けようとする際、優子が本来の目的を付け加えた。
「これはまたご要望が盛り沢山ですね。私には奥様がご存命であるのを驚く暇もありません。大体ーー」
酒井は次から次へと与えられる課題に眉を寄せかけ、秀人の手元をみやり言葉を切る。優子の手を離さない指先に指輪が光っていた。
「医者? おまえ、どこか悪いのか?」
「いえ、わたしではなく、ひばりが。あ、ひばりとは屋敷で共に暮らす友人というか、身の回りの支度をしてくれていて。その彼女の体調が良くないんです、それでわたしーー」
「落ち着け、怪我が病か? そいつは死にそうなのか?」
「突然胸を押さえて苦しみだして、わたし、ひばりにお金を貰ってここへ来たんですが、その、お金を盗まれてしまい」
秀人と酒井が顔を見合わせる。
「そういえばこちらに来る前、やけに羽振りが良い男を見かけましたね。ちなみにどの程度の持ち合わせを?」
「……正確な金額は確認していないけれど、巾着に一杯ぐらい、かしら」
傾げながら巾着の大きさを示す優子。3人は暫し沈黙した。
「あはは、それだけあれば家出しても半月は暮らせる」
立花の茶化しに真実味がある。ひばりという女性が仮病を装い、優子を街に逃したとすれば持たされた大金に辻褄があう。
あの徳増が優子に不自由はともかく不便をさせるはずない。深刻な体調不良でない限り、症状を治める常備薬くらいあるだろう。ひばりがその薬の在処を知らないなんて不自然だ。
「いかが致しましょうか?」
酒井が静かに判断を仰ぐ。事態に猶予がないのを察知する有能な秘書である。
「酒井は医者を手配しつつ、羽振りが良かった男を調べろ。優子と立花は俺の滞在先に来るんだ。早く行くぞ」
秀人も的確な指示を出し、阿吽の呼吸、見事な連携だ。
「あっ、俺もいい?」
「死にたくないなら来るんだな。俺はお前が死んでも一向に構わんが」
秀人は優子のみ連れて、歩き始める。
「あの! わたしは先に屋敷に戻って、ひばりの看病をしても?」
「はぁ、いいはずないだろうが。危険な目に遭わせる羽目になると分かっているのに。手筈が整うまで待機していろ」
優子と立花への対応が極端だ。これには立花も不満な様子。
「つれないぜ。そりゃあ俺は夢にみるくらい恋しい相手じゃないが、暁月のことを親友と思うからこそ個展へ招待したのに。
あ、優子ちゃん、この人ってば酔っ払うと優子ちゃんに会いたいって泣いちゃうんだぜ?」
愚痴って繋ぐ手を解こうとする立花には、すぐさま鉄槌が下る。後頭部を乾いた音で叩かれた。
「いったいなぁー。コブになってないか?」
優子が加減を見るより早く、がこん、次は鈍い拳が落ちる。
「親友ならば優子が生きているのを教えるだろう。丸井家か徳増あたりに監視を命じられてるくせに、よく言うな」
「本気で殴ったな! 暁月の動向に注視するよう言われていたのはその通りだ。でも優子ちゃんが生きているって信じて探している暁月を否定はしなかったはずだ」
利害が一致するから交流を持つのだと決めつけてしまったが、秀人と立花に友情を感じないこともない。
それと秀人は優子に会いたくて泣いたり、生きていると信じてきた部分を訂正しない。
もちろん訂正しないからといって事実と限らないが、優子の心は慰められる。なんだか秀人は険が取れたというか、寛容になったというか。
「秀人様は、お優しくなりましたね」
秀人の優しさは優子を自惚れさせるより、不安にする成分が多く、ついこんな物言いをしてしまう。
「そうか? 自分ではよく分からないが、何をするにしても素直になろうとはしてる。つまらない意地を張っても明日には全部無くなっていることもあるしな」
秀人が言わんとするのは教訓でもある。優子達は気持ちの擦り合せを先延ばしにした結果、この有様。仕事から帰ったら新妻が心中しているなどなかなか無いが、秀人の後悔たるや察して余る。
「わたし、秀人様はお変わりないと見えたんですが、変わっていないのはわたしの方でしたね。未熟で恥ずかしくなります」
欲望のまま秀人を呼び止めた分別がついていない行動をさして、こうも言う。
「ですが、こうして手を取りあえ、後悔していません」
「わたし、お医者様を探しているんです!」
酒井も合流し、話し合いの場を設けようとする際、優子が本来の目的を付け加えた。
「これはまたご要望が盛り沢山ですね。私には奥様がご存命であるのを驚く暇もありません。大体ーー」
酒井は次から次へと与えられる課題に眉を寄せかけ、秀人の手元をみやり言葉を切る。優子の手を離さない指先に指輪が光っていた。
「医者? おまえ、どこか悪いのか?」
「いえ、わたしではなく、ひばりが。あ、ひばりとは屋敷で共に暮らす友人というか、身の回りの支度をしてくれていて。その彼女の体調が良くないんです、それでわたしーー」
「落ち着け、怪我が病か? そいつは死にそうなのか?」
「突然胸を押さえて苦しみだして、わたし、ひばりにお金を貰ってここへ来たんですが、その、お金を盗まれてしまい」
秀人と酒井が顔を見合わせる。
「そういえばこちらに来る前、やけに羽振りが良い男を見かけましたね。ちなみにどの程度の持ち合わせを?」
「……正確な金額は確認していないけれど、巾着に一杯ぐらい、かしら」
傾げながら巾着の大きさを示す優子。3人は暫し沈黙した。
「あはは、それだけあれば家出しても半月は暮らせる」
立花の茶化しに真実味がある。ひばりという女性が仮病を装い、優子を街に逃したとすれば持たされた大金に辻褄があう。
あの徳増が優子に不自由はともかく不便をさせるはずない。深刻な体調不良でない限り、症状を治める常備薬くらいあるだろう。ひばりがその薬の在処を知らないなんて不自然だ。
「いかが致しましょうか?」
酒井が静かに判断を仰ぐ。事態に猶予がないのを察知する有能な秘書である。
「酒井は医者を手配しつつ、羽振りが良かった男を調べろ。優子と立花は俺の滞在先に来るんだ。早く行くぞ」
秀人も的確な指示を出し、阿吽の呼吸、見事な連携だ。
「あっ、俺もいい?」
「死にたくないなら来るんだな。俺はお前が死んでも一向に構わんが」
秀人は優子のみ連れて、歩き始める。
「あの! わたしは先に屋敷に戻って、ひばりの看病をしても?」
「はぁ、いいはずないだろうが。危険な目に遭わせる羽目になると分かっているのに。手筈が整うまで待機していろ」
優子と立花への対応が極端だ。これには立花も不満な様子。
「つれないぜ。そりゃあ俺は夢にみるくらい恋しい相手じゃないが、暁月のことを親友と思うからこそ個展へ招待したのに。
あ、優子ちゃん、この人ってば酔っ払うと優子ちゃんに会いたいって泣いちゃうんだぜ?」
愚痴って繋ぐ手を解こうとする立花には、すぐさま鉄槌が下る。後頭部を乾いた音で叩かれた。
「いったいなぁー。コブになってないか?」
優子が加減を見るより早く、がこん、次は鈍い拳が落ちる。
「親友ならば優子が生きているのを教えるだろう。丸井家か徳増あたりに監視を命じられてるくせに、よく言うな」
「本気で殴ったな! 暁月の動向に注視するよう言われていたのはその通りだ。でも優子ちゃんが生きているって信じて探している暁月を否定はしなかったはずだ」
利害が一致するから交流を持つのだと決めつけてしまったが、秀人と立花に友情を感じないこともない。
それと秀人は優子に会いたくて泣いたり、生きていると信じてきた部分を訂正しない。
もちろん訂正しないからといって事実と限らないが、優子の心は慰められる。なんだか秀人は険が取れたというか、寛容になったというか。
「秀人様は、お優しくなりましたね」
秀人の優しさは優子を自惚れさせるより、不安にする成分が多く、ついこんな物言いをしてしまう。
「そうか? 自分ではよく分からないが、何をするにしても素直になろうとはしてる。つまらない意地を張っても明日には全部無くなっていることもあるしな」
秀人が言わんとするのは教訓でもある。優子達は気持ちの擦り合せを先延ばしにした結果、この有様。仕事から帰ったら新妻が心中しているなどなかなか無いが、秀人の後悔たるや察して余る。
「わたし、秀人様はお変わりないと見えたんですが、変わっていないのはわたしの方でしたね。未熟で恥ずかしくなります」
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「ですが、こうして手を取りあえ、後悔していません」
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