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太陽と月
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覗き込む徳増と目が合い、優子はここが夢の延長上でないのを即座に察した。
「あぁ、良かった。ひと月もの間、眠ったままでしたから心配しました」
表面的には優子の意識が戻り、ほっとする徳増。
「ひと月……ここは?」
「私の屋敷です。お嬢様はあれから気を失われ、しばらく眠っていらっしゃいました」
ひとまず拭うものを探して見回すと、徳増が背に手を当てて介助する。その指を冷たく感じてしまう。
「わたし、生きていたのね」
幼子のよう口元を拭われそうになり、顔をそらす。
「当然です。死なせるはずありません」
徳増が屋敷を構えているとは初耳である。寝かされた部屋の広さからして規模は大きそうだ。
外の様子を探すと鉄格子はめられた窓を見付け、同時に繋がれる足首を認識する。
優子はひゅ、と音を立てて恐怖を飲む。丸井家の当主にされたことが否応なく蘇った。
「あの男がしていた理由とは違いますよ。私はお嬢様が傷つかないようにしたまでです」
言われて納得できるはずもなく、かぶりを振って受け入れない優子。
「いや、鎖を外して、窓を開けて、わたし逃げたりしないわ」
「逃げなくとも自害される可能性がありますので駄目です。それよりーー入りなさい」
優子の懇願を容赦なく切り捨て、見知らぬ女性を招き入れた。
「徳増、話を聞いて。お願い、繋がないで!」
「おいおい、ゆっくりしましょう。お嬢様は目覚められたばかりで混乱してらっしゃる。今日より、この女がお嬢様の世話をしますので」
「鎖はやめて、怖いの」
世話係として紹介された少女に目もくれず、優子は解放を願い出る。
徳増は怯えた優子を抱き寄せ、頭を撫でた。
「おいお前、見ての通り、今のお嬢様は雛鳥。出過ぎた真似をして困らせたりするな」
いいな、念を押す低い声が優子の腹に響く。徳増はこんな風な物言いをする人であっただろうか。
雛鳥と指摘されたが、そもそもに徳増が与える情報が少なすぎるのだ。
こうして生き残ってしまったからには贖罪する他ないが、死んで詫びる以外が思い付かず、優子は額に手をやる。汗をびっしょりかいていた。
「ーー」
少女が気遣い、ゆっくりした動作で手布を差し出す。
「? あなた、声が?」
問いに頷く。控えめに襟元を広げると、潰された喉を見せてきた。
「なんてこと! ひどい」
生生しく付けられた刀傷は優子を動揺させ、鎖を鳴らした。その鎖の音でさらに強張り、涙がたまる。
「私の話を聞いていたのか! お嬢様を刺激するなと言っただろうに!」
怒る徳増に平伏せる少女。身体を丸め小さくなる。
「大きな声を出さないで、わたしは大丈夫よ、怒らないで」
優子も怯えつつ、徳増を制した。彼女を守らねばならないと持ち前の精神が機能する。
「お嬢様がおっしゃるなら……この女はとある屋敷で働いていたのですが、その屋敷が強盗に入られ、まぁ、その」
言葉じりを濁し、みなまで教えない。優子は顔を伏せたままの少女へ手を伸ばす。
「それは怖かったでしょう? 顔を上げて下さい」
恐れながら、おもてを上げた少女は優子の優しい笑顔に迎えられる。
少女にだって優子が置かれる状況が普通ではないのは分かるし、他者へ寄り添う余裕など普通はないと思う。それなのに優子は美しく微笑む。
「あまり甘やかしてはいけません。この女は主人を逝かせておきながら自分が生き延びたのです。はぁ、使用人として恥ずかしい」
「誰もが徳増のように命を賭して職務を全うしないわ」
「そもそも私は命も賭けられない主に支えようと思いませんがね」
優子は少女に向けていた笑みを徳増へ。ただし、その瞳は悲しげな色へ変わる。
徳増が彼女を世話係にしたのは境遇を哀れんだのではなく、声を出せないからだろう。
「あぁ、良かった。ひと月もの間、眠ったままでしたから心配しました」
表面的には優子の意識が戻り、ほっとする徳増。
「ひと月……ここは?」
「私の屋敷です。お嬢様はあれから気を失われ、しばらく眠っていらっしゃいました」
ひとまず拭うものを探して見回すと、徳増が背に手を当てて介助する。その指を冷たく感じてしまう。
「わたし、生きていたのね」
幼子のよう口元を拭われそうになり、顔をそらす。
「当然です。死なせるはずありません」
徳増が屋敷を構えているとは初耳である。寝かされた部屋の広さからして規模は大きそうだ。
外の様子を探すと鉄格子はめられた窓を見付け、同時に繋がれる足首を認識する。
優子はひゅ、と音を立てて恐怖を飲む。丸井家の当主にされたことが否応なく蘇った。
「あの男がしていた理由とは違いますよ。私はお嬢様が傷つかないようにしたまでです」
言われて納得できるはずもなく、かぶりを振って受け入れない優子。
「いや、鎖を外して、窓を開けて、わたし逃げたりしないわ」
「逃げなくとも自害される可能性がありますので駄目です。それよりーー入りなさい」
優子の懇願を容赦なく切り捨て、見知らぬ女性を招き入れた。
「徳増、話を聞いて。お願い、繋がないで!」
「おいおい、ゆっくりしましょう。お嬢様は目覚められたばかりで混乱してらっしゃる。今日より、この女がお嬢様の世話をしますので」
「鎖はやめて、怖いの」
世話係として紹介された少女に目もくれず、優子は解放を願い出る。
徳増は怯えた優子を抱き寄せ、頭を撫でた。
「おいお前、見ての通り、今のお嬢様は雛鳥。出過ぎた真似をして困らせたりするな」
いいな、念を押す低い声が優子の腹に響く。徳増はこんな風な物言いをする人であっただろうか。
雛鳥と指摘されたが、そもそもに徳増が与える情報が少なすぎるのだ。
こうして生き残ってしまったからには贖罪する他ないが、死んで詫びる以外が思い付かず、優子は額に手をやる。汗をびっしょりかいていた。
「ーー」
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「? あなた、声が?」
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生生しく付けられた刀傷は優子を動揺させ、鎖を鳴らした。その鎖の音でさらに強張り、涙がたまる。
「私の話を聞いていたのか! お嬢様を刺激するなと言っただろうに!」
怒る徳増に平伏せる少女。身体を丸め小さくなる。
「大きな声を出さないで、わたしは大丈夫よ、怒らないで」
優子も怯えつつ、徳増を制した。彼女を守らねばならないと持ち前の精神が機能する。
「お嬢様がおっしゃるなら……この女はとある屋敷で働いていたのですが、その屋敷が強盗に入られ、まぁ、その」
言葉じりを濁し、みなまで教えない。優子は顔を伏せたままの少女へ手を伸ばす。
「それは怖かったでしょう? 顔を上げて下さい」
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少女にだって優子が置かれる状況が普通ではないのは分かるし、他者へ寄り添う余裕など普通はないと思う。それなのに優子は美しく微笑む。
「あまり甘やかしてはいけません。この女は主人を逝かせておきながら自分が生き延びたのです。はぁ、使用人として恥ずかしい」
「誰もが徳増のように命を賭して職務を全うしないわ」
「そもそも私は命も賭けられない主に支えようと思いませんがね」
優子は少女に向けていた笑みを徳増へ。ただし、その瞳は悲しげな色へ変わる。
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