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もう誰も

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「徳増、恐ろしい真似はよして……」

 優子は動かない丸井家当主をみて、首を横に振る。罪から逃げてはいけない、逃げられない。

「それにわたしの身体は、弄ばれてしまったの」

 乙女のいちばん大事なものを奪われ、秀人になんと申し開きしようと理解はえがたいだろう。

「わたしはあなたに守られる価値も、生きている意味さえない。こんなこと止めて徳増はここから逃げて」

 自分のために罪を重ねさせたくなかった。祈りに似た決意を込め、優子は出来うる最大限を訴えたーーが、やはり優子の言葉が汲み取られることはない。

「嫌ですし、止めませんし、逃げませんーーはい、話は終わりましたのでどうぞ」

 徳増の一方的な打ち切る声に立花がひょっこり顔を出す。

「いやぁ、なんというか。死体が2体転がってる中でよくやるなぁと」

 立花は眉を潜め、遺体を避けつつ座り込む優子を抱き上げた。

「なっ…」

「おっと暴れないでくれよ、優子ちゃんの胸や尻を触るとあぁなるんだろ? 俺は命がまだ惜しいんでね。きれいなご婦人を怒らせるとどうなるのか、勉強になった」

「うるさい黙れ、さっさと出ていけ」

 軽口を叩く立花を咎める徳増。立花は気迫に急かされ、そそくさ優子を外へ連れ出す。

 薄暗さから開放された優子は目を細め、新鮮な空気を吸い込む。

「おー怖い怖い」

「……立花さんはどうしてこんな場所に?」

「俺だって来たくて来たんじゃないからね。君を送る為に呼ばれたんだ。あぁ、辛かったよな可哀想に」

 同情を示し優子を降ろす。ふらつく優子をしっかり支え、立花が目線を揃えて告げた。

「徳増はあぁ言ったけど逃してあげようか?」

「こんな酷い事を起こしておきながら逃げるなんて」

「俺が言ってるのは徳増から逃してやろうかって意味」

「徳増から? でも、わたしを逃せば立花さんはーー」

 立花がどうなるか言いかけ、優子ははっと塞ぐ。口元を押さえた際、良子が施していた化粧の香りが漂い草陰へしゃがみこむ。

 太陽の下、自分と徳増の所業を振り返り、吐き気をもよおす。

「そろそろ魔法が解けたんじゃない? 君、徳増が怖いんでしょう?」

 嘔吐する優子の目尻に涙がたまった。否定したいところだが舌が痺れて言えない。

「俺は丸井家の当主を殺してくれて感謝したいくらい。この点は敬吾くんや徳増も同じだと思う。
ほら、君は少なくとも3人を救ってくれたんだ。ある意味、俺たちに救いを与えた聖女というか。そのお礼といっちゃ何だが、徳増から逃してあげてもいいよ」

「聖女? 冗談はやめてください!」

 吐き気を追い払いたくて、声音を強めると溜まっていた涙が四方へ散る。

「怒らないで、あんな男を殺しても罪に苛まれる必要ないんだから」

「……」

「徳増から逃げる気ないの?」

 優子は身体を小さく丸め沈黙を構え、立花が溜息を風に溶かす。雑に結った後ろ髪も揺れている。

「じゃあ、命令通り、ひとまず実家に送るね」

 宣言してから膝裏へ足を入れた。真っ青な顔した優子が闇の淵を彷徨う目付きで空を仰ぐ。

「わたしを殺してと頼んだら、そうしてくれるの?」

「それは出来ない相談だな。第一、死ぬなら自分でやれるでしょ? 甘えないでよ」

 それもそうか、あの場で舌を噛み切ることだって出来たのに、そうはしなかった。

 わたしは何処まで他にの手を汚させるのだろう。優子は目を閉じた。

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