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良子と優子

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 いつだって優子が深く考えなくとも、徳増に任せておけば何とかしてくれる。優子にとってそれだけは確かなのだ。

「ハーブティーです。ゆっくり飲んで下さい。私が留守の間、誰が訪ねてこようと扉を開けてはいけません」

「……分かってる。わたし、そこまで子供じゃない。知らない人を招いたりしないわ」

「膨れないで。私は貴女が大事なんです。本当はお側を離れたくない。こんな屋敷に置いて行くのは不安で、不安で仕方がない」

「ふふ、そんな大袈裟なーー」

 笑いつつハーブティーを含んだ時、優子の視界が突如ぐらりと歪む。

「あ、あれ? わたし?」

 カップが倒れ中身が流れる様子がゆっくり映り、粗相をそのまま眺める優子。
 急に頭が痛い、重くなる。優子はこめかみを抑えた。痛みはどんどん激しくなり、ついには椅子から転げてしまう。

「おやおや、床で寝てはいけないと教えたでしょう」

「……ごめんなさい、なんだか頭がぼんやりして」

「はぁ、仕方ありませんね。寝室までお運びします」

 苦痛に歪む世界の中、徳増の声だけ鮮明だ。手を伸ばすと、ほどなく抱き上げられる。
 優子は頬を鼓動に擦り寄せた。徳増の息遣いは眠りへ誘う子守唄。

「お休みなさい、私のお嬢様」

 優子の瞼が閉じたのを見届け、徳増は額へ口付けを贈った。




 優子は夢を見ていた。それは懐かしい、徳増との出会いの風景だ



 まだ家業が順調な頃、優子の屋敷は使用人を沢山抱え、庭先で毎日と言っていいくらい茶会が開かれていた。主に母親の友人が招かれていたと記憶する。優子は母がめかし込むのを見ては物語に出てくるお姫様と重ねた。

 後妻の律子は父親とかなり年齢が離れている。その若く美しい容姿が結婚の決め手であったと聞かされ、これを伝えたのは腹違いの姉、良子であった。

 幼少期の良子は継母に反抗的な態度をとっても妹へ辛くあたることは無かった。それは後妻を迎えてもすぐ愛人を作り、屋敷へ寄り付かない父に問題と責任があると考えていたからか。

「あたし達、あの男の元に産み落とされた可愛そうな姉妹なの」

 良子は度々、自身に言い聞かせる発言をした。優子にも同じ娘として父親を嫌って欲しかったのだろう。
 もし優子も父親を嫌悪していたなら、彼は行動を改めた可能性もあった。いや、改めねばならなかったはずだ。

 そしてーーとある青年が愛人候補として母親の茶会に招かれる。

 律子の茶会は最初こそ他愛のない世間話、毒にも薬にもならない自慢話をする場であったものの、回を重ねていくうち趣向が変化して、金と時間を持て余す婦人等が刺激を探す茶会となっていく。

 ただ一時とはいえ、身分のある婦人の相手となると秘密保持は当然、出自が問われる。茶会の主催者とし、愛人候補の身元確認を引き受ける律子は徳増と名乗る青年の参加は見送ろうとした。

「あの丸井家の紹介とはね。いまいち信じられない、悪いけど帰ってちょうだい」 

「……そうですか」

 徳増は出自が証明できない代わりに名家のお墨付きを持参する。丸井家に仕えていたのはこれ以上ない身分保証だが、律子が二の足を踏むのも仕方がない。愛人になる理由が見当たらない。

「私では優子お嬢様の教育係は任せて頂けませんか?」

「は? なんですって?」

「教育係を募っているのでしょう?」

 徳増は律子越しの廊下を伺う。確かに表向きは娘の教育係を募っており、その体で愛人の面談をするのだが……。

 廊下では姉妹が手を繋ぎ、なにやらはしゃいでいた。徳増の視線に気付くと良子は睨み、優子が手を振る。

「こんにちは、小さなお嬢さん」

 徳増も静かに振り返す。

「優子! 手なんか振っては駄目よ!」

「どうして? わたし達の教育係をしてくれる方かもしれないよ」

「……そんなはずないから。行きましょう」

「あ、待って! お姉様!」

 良子は継母が何をしているのか、おおかた察しがついている。優子を連れて足早に立ち去る。
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