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良子と優子

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「お姉様の居場所を教えて」

 身支度を済ませ、お茶を飲み終えた優子。いざ姉の元へ行かんと勇むものの、不安が全くない訳じゃない。
 いきなり会いにゆけば迷惑がり、追い返される可能性がある。それでも会わないという選択は優子になかった。

「教えて、徳増。あの使者が持ってきた用紙をここへ広げて」

「わざわざ敬吾さんが報せた理由をお考えになりました? 答えは簡単、面白がっているからです。まず私が行って話をしてきましょう」

「いいから教えて」

 お茶を飲んだことで焦る気持ちが落ちつく。決意の物腰は徳増に効き、だめ押しに観念すると用紙のしわを伸ばしてから提示した。

「本当に、と前置きしておきますよ。こちらにいらっしゃるなら良子様はご自身を売って生計を立ててます」

 場所の名を見ただけでは判断がつかない優子に残酷な説明が付け加えられる。

「ここは身分がある者たちが一時の快楽を求める場所」

「……嘘よ! こんな時に悪い冗談はよして!」

 優子は思考が停止し真っ白に染まりきる前に拒絶反応を示す。

「……そんな訳、お姉様が? あるはずない!」

 そもそも紙には場所のみ記され、証拠がないじゃないか。悪戯の度合いは最悪であるが敬吾が脅かそうとしているのではないか。

 机上に置いた優子の手はがたがた震えが止まらない。徳増がその指先を包み込もうとし、乾いた音を立てて払われる。
「徳増こそ、場所がどんな所かわかるなんて。女性をお金で……」

 論点をずらしたい心が矛先を徳増へ向けかけるも、すぐ改める。

「ごめんなさい」

 良子が金と引き換えに男達へ快楽を与えているなど有り得ない、有ってはならない。
 こんな噂を流されたら本人はおろか両親がどれほど傷付くか。まして想い人の耳にまで入るなんてーー想像するだけで優子は泣きたくなる。

「ごめんなさい。わたし、あなたに酷い言葉を言おうとした」

 繰り返す優子。

「混乱して当たり前ですので謝らないで下さい。お嬢様は何も悪くありません」

「……そう、徳増はこれが何かの間違いだと思ってるのね? だからそんなに冷静なの?」

 端から信じていないため徳増は動じない のだ、優子はそう解釈した。

「何かの間違いというより、私が実際に見た訳ではありませんしね」

「えぇ、行ってみればはっきりするわ!」

「お待ち下さい。真偽が分からない以上、この場所へお嬢様を行かせる事は出来ませんよ。
 私にお任せ下さいませんか? 客の振りをすれば確かめられます」

「客の振りって、だってそれは……」

 皆まで言うまい、唇を噛む。

「女性を買ったりはしません、お嬢様と約束しましたしね。相手を探す真似をするだけです」

「真似するだけなら、付いて行ったら駄目かしら? 邪魔はしないと約束するわ」

 食い下がる優子、徳増は頑なに首を横に振る。

「昼間といえど花を売る気がない女性が近付いてはなりません。それに良子様がいらっしゃったとしても場所を抜け出すのは困難でしょう」

「それじゃあ尚更!」

「落ち着いて、困難といえど手段が全くない訳ではありません。少々、時間が要るのです。どうか、お嬢様はこちらでお待ち下さい」

 徳増は件を譲る気がない。聞き分けのない子犬に待てを命じるよう鼻先へ手を翳す。

「こんな時に大人しく待っているなんて」

「でしたらお休みなられてみては? お茶を淹れ直しましょうね」

「待てないのに眠れる訳ないでしょう? わたしの話を聞いてた?」

「えぇ、私はいつもお嬢様のお声を聞いてますし、貴女の為だけに動いています。それが何か?」

「何かって……」

 耳障りがよく聞き慣れた優子第一主義の文言が響かない。逆に強く質問され、優子は新たな湯気に表現に自らの疑問を溶かした。
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