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察せない本心

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 けれど、いざ行動へ移そうとすると秀人を怒らせてしまう。出過ぎた真似をするなと叱責される。

 優子は秀人に嫌われたくない、嫌われてはいけない。実家へは帰れないのだ。たったひとつの居場所を失う危険を冒してどうする?
 何の特技もない優子に経済的自立は出来そうもなく、大人しく秀人の指示に従った方がいい。

(そう、この結婚は政略の意味合いもあるの。旦那様に抱かれるのは当たり前。この身を捧げて秀人様の機嫌が直るなら、それでいいじゃない。わたしにはそれくらいしか出来ない)



 秀人の次の一手は、首、鎖骨、腕、噛んだ箇所へ触れるだけの口付けを落とす。

「ん、あっ……」

 緩急つけた愛撫に優子の思考がますます濁り、堪らえていた喘ぎが漏れた。

 こうなると全ては秀人の手中に収まったも同然。秀人がその気になれば、快楽に耐性のないお姫様を籠絡するなど造作もない。最初から墜としてしまえば良かったのに、そうはしなかった。

「優子」

 秀人は指の腹で優子の唇をなぞる。優子は順応な雛鳥。口付けの合図と読み取り、口を開けた。

「なぁ、お前は俺を愛しているのか?」

「ーーは?」

 囁きの意図が見えない。現状、優子と秀人の何処に愛が介在できるというのか、優子はもはや疑って瞬く。
 何度も瞬きしていると自分の置かれた現実がはっきりしてきた。

 互いの呼吸を浴び、優子の身体が冷めていく。

「今更そんな確認されてもーー秀人様にわたしの心が必要ですか?」

 こんなに濡れて乱されおいて、何を返そうと説得力がない。それでも優子は綺麗事を言うしかない。

「……」

「秀人様はわたしの心など要らないのでしょう?」

「ああ、そうだな」

 気に入らないならば気に入るよう強制して、思い通りにしたらいいのに。やはり徳増の忠告へ耳を傾ければ良かった。秀人との距離が近くなると嬉しくなり、1人で期待し、1人で舞い上がり、1人で落とされる優子は道化だ。

「お前がここで生きていくには不条理であろうと、俺の機嫌を取り続けるしかない。俺を怒らせたらどうなるか、分かってるな?」

「承知しています」

 試す物言いに一喜一憂しても仕方がない、そんな諦めと、最小限の痛みで済ませたい防御本能が優子に目を瞑らせた。

「どうぞ、わたしを秀人様が望むようにして下さい」

 皮肉なもので、そうして心を眠らせる優子は描いたように美しい。
 はっと秀人は息をのみ、彼の征服欲を一周回って萎えさせていく。所詮、相手に言わせたり、やらせるだけじゃ意味はないのだ。

「ーー宜しいでしょうか?」

 その時、扉が叩かれる。

「宜しい訳ないだろ。俺達が今、なにをしてるか考えろよ」

 言いつつ、秀人は優子から離れる。徳増の声がしても優子が動かないのを横目に、もしも優子が助けを求めていたらと巡らす。間違いなく徳増の目の前で優子を貫いたであろう。

「……用件はなんだ? そこで言え。寝室に土産なしで来た訳じゃないだろ? あぁ、またもや、こいつの父親でも連れてきたか?」

「まず優子様はご無事ですか?」

「無傷ではないな」

 秀人は身体のあちこちに付けた跡を撫で、柔らかく触れる。眠り姫を促す口付けにそっと目を開けると苦しげな秀人が映り、優子は再び瞑った。

 秀人は優子の自分を怖がる様子に髪を掻く。

「用件を早く言え」

「お茶を淹れますか?」

「あのなぁ、この状況で茶なんか要るかよ。相変わらず、お姫様を救いに来た騎士気取りだな。俺はさしずめ悪い魔法使いか、なにかか?」

「いいえ、わたしは教育係です」

「何度も言わせるなよ、元教育係。今は使用人だぞ」

 秀人は徳増の立ち位置を訂正後、床に脱ぎ捨てた衣服を拾い、面倒に羽織る。

「秀人様、どちらへ?」

「別の女のところに決まってる。お前は大好きな男に慰めてもらえ」

「別の、女性……って」

 堂々と不貞宣言されてしまうと、言葉につまる。
 徳増を大好きな男と言われるのはもちろん誤解だが、秀人が先程の行為を他の女性とする方が気掛かりだ。いや、気掛かりというより不快。

 おかしな話だが、秀人に噛まれる痛みすら優子1人で引き受けたい。ただ、どう伝えれば良いか分からなくて。下手にで、また秀人を怒らせるのは絶対避けたい。

「じゃあな」

「あの……」

「あ、そうだ! 絵の題材、しっかりやれよ」

「もう一度話をーー」

「話? お前に話すことなんか無いし、俺が何をしようと関係もないだろ!」

 一方的に別れが告げられた。寝台の上で秀人の背中へ手を伸ばす優子は会話の糸口を掴めない。
 扉の先で秀人と徳増が会話する。

「酒井が手配しているだろうが、丸井家に優子をやることにした」

「やる、とは? 絵の題材をして頂くという意味合いですよね?」

「言葉のままだが?」

「……」

「それじゃあ、お留守番よろしく」

 腹の探り合いをすると思いきや、秀人はそうそうに切上げた。まるで、この場に留まるのが嫌そうに。

 そして、その理由を徳増は知る。

 薄暗い寝室の中、獣に食い散らかされた優子が泣いていた。
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