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優しい優子
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優子は父の反応を待たず、秀人を見る。
振り返ってみれば、優子はこの時初めて暁月秀人を見据えた。
今夜は良子の不在を誤魔化せても次は無理だ。秀人なら良子の事情に勘付く。野生の勘めいた鋭い洞察力が成り上がれた要因と聞かされている。
良子が自主的に帰ってくる可能性は極めて低いうえ、捜索している間に訪問されたら対処の仕様がない。仮に良子を発見できたとしても、両親の説得を素直に聞き入れると到底思えない。
良子と秀人の結婚はどの角度から推察しようと政略結婚である。秀人は結婚で地位を得て、優子達は家業へ資金援助を得る。
政略結婚において最も重要なのは利害の一致。両家の利害は今のところ一致しているものの、良子が縁談を理由に家出をしたのが明るみになればどうなるだろう。他に心を寄せる相手がいると知れたらどうなるだろうか。
「暁月様はわたしにそちらの薔薇を贈られようとしましたよね?」
「あ? あぁ。やっぱり欲しくなったのか?」
手持ち無沙汰となり、担いでいた花束を再び優子へ突き付ける。優子は緊張からか色香を覚えない。それどころか刃物を向けられる恐怖を感じてしまう。
きゅっと唇を噛み、意思を固める優子。
「真紅の薔薇は愛する人へ捧げる花なんです。わたしに捧げて下さるんですか?」
「お嬢様! いけません!」
徳増がそれ以上は言わせまいと優子の側に行こうとする。
「おっと待ちなよ、使用人。優子お嬢様が熱烈な求愛をしてくれてるんだぜ? 俺は貰えるんだったら姉でも妹だろうと構わないんだ。まぁ、顔と身体付きは妹の方が好みだけどね」
徳増の進路を塞ぎ、秀人は無遠慮に優子を爪先から旋毛にかけて見定めた。
「これは手折るのが楽しみな花だな」
強く握られた薔薇から悲鳴があがる。
そして秀人は優子に束を押し付けた。
■
優子は私室の窓辺で火照る身体を冷ましている。大それた真似をしたとの自覚はある。女性から求婚するなど前代未聞、はしたないと言われるだろう。
「……けれど、あぁでもしなければお姉様は幸せになれなかった」
無言でお茶を淹れる徳増に行いの正当を主張する。
「それにお姉様が家出してしまった事が暁月様に知れたら、我が家への援助のお話もなくなってしまうわ! 違う?」
徳増は視線も上げず返事もしない。黙ってティーカップを置いた。
「徳増……怒っているのね」
使用人であるなら主の声は無視しない。徳増は教育係なのだ。教え子の問題行動を叱り、正しい方向へ導く立場にある。
「ごめんなさい」
互いの考える最良は違うが、優子が頭を下げた。少なくとも徳増は優子を想って怒っているのだから。
「私はあんな獣に嫁がせる為、貴女をお育てしたのではありません」
「獣って……」
「旦那様のお加減が悪く、取り乱されたお嬢様の戯言をまともに受けるとは。知能が低い獣です。野良犬の方がまだ賢い」
秀人に対しては随分な物言いをするも、ハーブティーを勧める動きは丁寧だ。優子の手をとり着席させる。
「とても美味しい。このハーブティーが飲めなくなるのは寂しいわ」
徳増のハーブティーは格別。優子の好みに配合されており、茶葉の一部が自家製だ。
「いいえ、飲めなくはなりませんよ」
平然と返す。徳増は正面へ腰掛け、綺麗に口角を上げた。
「私はお嬢様の結婚を認めませんし、当然祝福も致しません。ですが、その場の勢いといえ求婚を受け入れられてしまったのを覆す事はできません。旦那様でも無理でしょう」
そこまで告げ、お茶をひとくち。秀人とは比べるのが失礼な程、徳増の所作は洗練されている。
「どうぞ私を暁月家へお連れください」
振り返ってみれば、優子はこの時初めて暁月秀人を見据えた。
今夜は良子の不在を誤魔化せても次は無理だ。秀人なら良子の事情に勘付く。野生の勘めいた鋭い洞察力が成り上がれた要因と聞かされている。
良子が自主的に帰ってくる可能性は極めて低いうえ、捜索している間に訪問されたら対処の仕様がない。仮に良子を発見できたとしても、両親の説得を素直に聞き入れると到底思えない。
良子と秀人の結婚はどの角度から推察しようと政略結婚である。秀人は結婚で地位を得て、優子達は家業へ資金援助を得る。
政略結婚において最も重要なのは利害の一致。両家の利害は今のところ一致しているものの、良子が縁談を理由に家出をしたのが明るみになればどうなるだろう。他に心を寄せる相手がいると知れたらどうなるだろうか。
「暁月様はわたしにそちらの薔薇を贈られようとしましたよね?」
「あ? あぁ。やっぱり欲しくなったのか?」
手持ち無沙汰となり、担いでいた花束を再び優子へ突き付ける。優子は緊張からか色香を覚えない。それどころか刃物を向けられる恐怖を感じてしまう。
きゅっと唇を噛み、意思を固める優子。
「真紅の薔薇は愛する人へ捧げる花なんです。わたしに捧げて下さるんですか?」
「お嬢様! いけません!」
徳増がそれ以上は言わせまいと優子の側に行こうとする。
「おっと待ちなよ、使用人。優子お嬢様が熱烈な求愛をしてくれてるんだぜ? 俺は貰えるんだったら姉でも妹だろうと構わないんだ。まぁ、顔と身体付きは妹の方が好みだけどね」
徳増の進路を塞ぎ、秀人は無遠慮に優子を爪先から旋毛にかけて見定めた。
「これは手折るのが楽しみな花だな」
強く握られた薔薇から悲鳴があがる。
そして秀人は優子に束を押し付けた。
■
優子は私室の窓辺で火照る身体を冷ましている。大それた真似をしたとの自覚はある。女性から求婚するなど前代未聞、はしたないと言われるだろう。
「……けれど、あぁでもしなければお姉様は幸せになれなかった」
無言でお茶を淹れる徳増に行いの正当を主張する。
「それにお姉様が家出してしまった事が暁月様に知れたら、我が家への援助のお話もなくなってしまうわ! 違う?」
徳増は視線も上げず返事もしない。黙ってティーカップを置いた。
「徳増……怒っているのね」
使用人であるなら主の声は無視しない。徳増は教育係なのだ。教え子の問題行動を叱り、正しい方向へ導く立場にある。
「ごめんなさい」
互いの考える最良は違うが、優子が頭を下げた。少なくとも徳増は優子を想って怒っているのだから。
「私はあんな獣に嫁がせる為、貴女をお育てしたのではありません」
「獣って……」
「旦那様のお加減が悪く、取り乱されたお嬢様の戯言をまともに受けるとは。知能が低い獣です。野良犬の方がまだ賢い」
秀人に対しては随分な物言いをするも、ハーブティーを勧める動きは丁寧だ。優子の手をとり着席させる。
「とても美味しい。このハーブティーが飲めなくなるのは寂しいわ」
徳増のハーブティーは格別。優子の好みに配合されており、茶葉の一部が自家製だ。
「いいえ、飲めなくはなりませんよ」
平然と返す。徳増は正面へ腰掛け、綺麗に口角を上げた。
「私はお嬢様の結婚を認めませんし、当然祝福も致しません。ですが、その場の勢いといえ求婚を受け入れられてしまったのを覆す事はできません。旦那様でも無理でしょう」
そこまで告げ、お茶をひとくち。秀人とは比べるのが失礼な程、徳増の所作は洗練されている。
「どうぞ私を暁月家へお連れください」
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