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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

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「ーー夫婦? 笑わせるな! 仮にも妻に迎えたい女性が森に入って、心細いと泣いているんだぞ? それを放って熟睡する神経が分からない! 分かりたくもないがな!」

「や、やめて! 斗真さん!」

 掴みかかりそうな雰囲気を慌てて止める。
 浅田さんが私をこれっぽっちも愛していないのは承知していても、あれから捜索せず寝ていたと知らされ惨めになった。

「斗真? 君は峯岸斗真なのか? 何処かで見た顔だと思ったが、そうか、なるほど」

 斗真さんの素性に気付き、浅井さんはすかさず携帯電話を構えてシャッターを切る。斗真さんは惨めさで震えた私の肩を抱き、言い逃れが出来ないポーズをしていた。

「女性靴をメインで扱う企業の代表が人の婚約者に手を出すなんて。世間はどう思うだろうな? イメージが悪いよ?」

 私が今更でも距離を作ろうと身を捩ると、斗真さんは逆に密着を強めようとする。

「そんな写真でいいのか? お望みならもっと親密な写真を撮らせてやってもいいが?」

 浅田さんの脅しは全く効いておらず、それどころか私を後ろから抱き締め、髪へ口付けを落とす。

「姫香、俺はこの恋が彼によって公表されても構わない。俺が初恋の相手の為に靴を作っている事は皆、知っている。なにせそれが企業のアイデンティティだ」

「どう繕ったって奪略は奪略! 然るべき対応をさせて貰うからな!」

 喚く浅田さん。

「ご勝手に。その然るべき対応とやらをしてお前の清廉潔白が証明されればいいが。さて、叩けば埃が出るのは俺なのか?」

 ボストンバッグを拾って文字通り、埃を払う。

「まぁ、いい。お前がその気なら俺も本気で相手をしてやる。かかってこいよ?」

 斗真さんはシャツを捲り、私を道の脇へ避難させた。

「斗真さん! 暴力はーー」

「殴ったりしない、心配するな。こいつは殴る価値もない」

 ヒステリックに持論を主張する分、口では浅田さんが優勢に映るものの、斗真さんの言葉は一つひとつ重みがある。

「はっ、峯岸の御曹司は頭に血が上りやすい。女にのぼせ判断を誤れば身を滅ぼす。その女にどれだけ価値がある?」

 私を指差す。表情も表現も最大限に歪め、もはや憎まれていると感じてしまう。

「彼女は甘やかされ、蝶よ花よと育てられた箱入り娘。所詮、若くて少し可愛いだけ。父親が倒れても打つ手がなく、援助目当てに僕との結婚を決めたんだ」

 そう、仰る通り。これに関しては申し開きをしようもなくて。

 すると斗真さんは一歩前へ出て、浅田さんの人差し指を掴む。

「これ以上、姫香を侮辱すればお前の会社の不正を暴く。それに甘やかされて育てられたのはお前じゃないのか? 姫香以外にも随分と女性を泣かせているみたいだな? 彼女等への慰謝料を両親に支払わせるなんて、浅田不動産の二代目はろくでなしだ」

「い、痛い! 痛い、痛い、痛い!」

 人差し指を思い切り反らす。ギブアップとばかりに浅田さんは片方の手を上げ、見ているこちらへも痛みが伝わった。

「姫香に謝罪しろ」

「なっ、僕は間違った事は言ってなーー」

「もう一度、言う。姫香に謝れ。俺はな、イタリアから日本へ戻ってくる間、お前とお前の会社についてじっくり調べた。この意味が分かるよな? 俺を敵に回して無傷でいられると思うなよ?」

 低い声で忠告し手が離されると、浅田さんがへなへなその場へ座り込む。

「さぁ、言え」

 冷たい目で見下げ、促す。私には見せたことのない厳しい表情だ。
 浅田さんは戦意を喪失した眼差しをこちらへ流す。それでも唇は謝罪を躊躇い、わななく。

「私は謝罪して頂かなくても……」

「なら、姫香はこの男に何を望む?」

「え、望み?」

「謝罪を要求しない代わり、何をさせたい? これが最後なんだ。彼も姫香のお願いをきいてくれるはずさ。なぁ、そうだろう?」

 打って変わり、にこやかに同意を求める斗真さん。しかし浅田さんは直視出来ない様子。尻尾を掴まれたみたいに強張る。

 私も浅田さんが正攻法で業績を上げているか疑い、それとなく探った事もあった。しかし不正の事実や女性問題を暴くには至らず、斗真さんの調査能力の高さに感服だ。

「私が浅田さんに……」

 考えを巡らせるまでも無かった。

「私と別れてください、婚約を破棄して欲しいです!」
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