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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで
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伯父様は壁に飾ってある家族写真へ溜息を吹き掛けた。
私を『姫香』と名付けた母とは死別しており、幼い頃であった為に思い出という思い出が残っていない。いわば屋敷が形見である。
「不安な顔をしないでいい、私に任せておけば大丈夫。浅田さんは姫ちゃんと結婚出来るなら援助は惜しまないと言ってくれているのだよ。おや、食べないのかい?」
フォークの先で私のケーキをつつく。どうぞと皿を押し出せば、抉るように一口。それから上に乗っている苺を突き刺した。
■
伊豆へは車でなく公共機関を使って向かっている。浅田さんとは現地で落ち合う段取りで、重い足取りはあえて長い移動時間を選択した。
父が倒れた日から転がり落ちるよう今に至り、電車に揺られながらでも考える時間が欲しかったのかもしれない。
家の為に結婚をする、それが私の出来得る恩返し。
意識を取り戻した父が聞けば怒るだろうが、伯父様が指摘した通り、世間知らずの私は浅田さんへ身を差し出す他なかった。経済的、精神的に自立した女性になりきれず不甲斐ない。
(あ、そうだ、メールを打っている途中だったっけ)
自立というワードで幼馴染みを思い出す。メールの宛先、峯岸斗真は今や世界的シューズメーカーの代表取締役を務め、女性の足元を支えている。
いつか斗真さんが作ったガラスの靴を履くのが夢であったが叶いそうもない。携帯電話からメッセージアプリを開き、結婚する旨を簡潔に送信した。
斗真さんのイタリア修行を機に始まった定期連絡もこれで最後か。ひょっとしたら彼はやめ時を探していたかもしれない。私が知らせる内容は庭の花の様子、友人とのやりとり、読んだ本の感想など刺激はなく退屈させたと思う。
それを分かってる上で私は今日までメールを送り続けたんだ。斗真さんとの繋がりを断ちたくなくて。
感傷に浸りながらディスプレイを見詰めていると既読マークがつき、程なく手元が震えた。
着信の相手はーー斗真さん。
しかし車内にいる為、出られない。コールは一旦途切れるもすぐ掛け直された。
鳴り止まない電話を抱き締め、ひとまず次の駅で降りる事にする。
「もしもし? 姫香か?」
応答するなり焦った声が届く。一方、私は目を閉じて心を落ち着かせる。とんな感情を乗せていても斗真さんの声を聞くと安心した。
「結婚するってどういう事だ? 俺は何も聞かされてないぞ」
父の件を含め、縁談についても口外しないよう強く求めて、特に斗真さんにバレない配慮をする。彼の優しい性格を考えれば協力を申し出、迷惑をかけるのが明らか。心配もかけたくなかったので。
「イタリアは深夜では? メールで起こしてしまいましたか?」
「いや、君からの連絡に時間は関係ない。それより結婚? 誰と?」
「浅田さんという男性です。叔父の紹介で結婚する事になりました。報告が直前となってしまい、申し訳ありません」
「浅田? 浅田不動産のか? 彼は君より一回りも年齢が上のはずだろう? 何故こんな急に結婚を?」
疑問を重ね、どうやら浅田の名は知っているらしい。声音が一段階沈む。
「年齢は関係ありませんよ。斗真さんと私もそれなりに離れているじゃないですか」
「それはそうだが……姫香、今、何処に居るんだ? 外か?」
返事の代わりに警笛が響く。ホームでは電車がすれ違う。
「伊豆の別荘、婚前旅行です。そろそろ切りますね」
「お、おい待て、話は終わってない! 姫香!」
「斗真さん、どうぞお元気で。声が聞けて良かったです」
身勝手に別れを告げ、通話を終えた。
これ以上、話をしていると気持ちが揺らいでしまうから。
私を『姫香』と名付けた母とは死別しており、幼い頃であった為に思い出という思い出が残っていない。いわば屋敷が形見である。
「不安な顔をしないでいい、私に任せておけば大丈夫。浅田さんは姫ちゃんと結婚出来るなら援助は惜しまないと言ってくれているのだよ。おや、食べないのかい?」
フォークの先で私のケーキをつつく。どうぞと皿を押し出せば、抉るように一口。それから上に乗っている苺を突き刺した。
■
伊豆へは車でなく公共機関を使って向かっている。浅田さんとは現地で落ち合う段取りで、重い足取りはあえて長い移動時間を選択した。
父が倒れた日から転がり落ちるよう今に至り、電車に揺られながらでも考える時間が欲しかったのかもしれない。
家の為に結婚をする、それが私の出来得る恩返し。
意識を取り戻した父が聞けば怒るだろうが、伯父様が指摘した通り、世間知らずの私は浅田さんへ身を差し出す他なかった。経済的、精神的に自立した女性になりきれず不甲斐ない。
(あ、そうだ、メールを打っている途中だったっけ)
自立というワードで幼馴染みを思い出す。メールの宛先、峯岸斗真は今や世界的シューズメーカーの代表取締役を務め、女性の足元を支えている。
いつか斗真さんが作ったガラスの靴を履くのが夢であったが叶いそうもない。携帯電話からメッセージアプリを開き、結婚する旨を簡潔に送信した。
斗真さんのイタリア修行を機に始まった定期連絡もこれで最後か。ひょっとしたら彼はやめ時を探していたかもしれない。私が知らせる内容は庭の花の様子、友人とのやりとり、読んだ本の感想など刺激はなく退屈させたと思う。
それを分かってる上で私は今日までメールを送り続けたんだ。斗真さんとの繋がりを断ちたくなくて。
感傷に浸りながらディスプレイを見詰めていると既読マークがつき、程なく手元が震えた。
着信の相手はーー斗真さん。
しかし車内にいる為、出られない。コールは一旦途切れるもすぐ掛け直された。
鳴り止まない電話を抱き締め、ひとまず次の駅で降りる事にする。
「もしもし? 姫香か?」
応答するなり焦った声が届く。一方、私は目を閉じて心を落ち着かせる。とんな感情を乗せていても斗真さんの声を聞くと安心した。
「結婚するってどういう事だ? 俺は何も聞かされてないぞ」
父の件を含め、縁談についても口外しないよう強く求めて、特に斗真さんにバレない配慮をする。彼の優しい性格を考えれば協力を申し出、迷惑をかけるのが明らか。心配もかけたくなかったので。
「イタリアは深夜では? メールで起こしてしまいましたか?」
「いや、君からの連絡に時間は関係ない。それより結婚? 誰と?」
「浅田さんという男性です。叔父の紹介で結婚する事になりました。報告が直前となってしまい、申し訳ありません」
「浅田? 浅田不動産のか? 彼は君より一回りも年齢が上のはずだろう? 何故こんな急に結婚を?」
疑問を重ね、どうやら浅田の名は知っているらしい。声音が一段階沈む。
「年齢は関係ありませんよ。斗真さんと私もそれなりに離れているじゃないですか」
「それはそうだが……姫香、今、何処に居るんだ? 外か?」
返事の代わりに警笛が響く。ホームでは電車がすれ違う。
「伊豆の別荘、婚前旅行です。そろそろ切りますね」
「お、おい待て、話は終わってない! 姫香!」
「斗真さん、どうぞお元気で。声が聞けて良かったです」
身勝手に別れを告げ、通話を終えた。
これ以上、話をしていると気持ちが揺らいでしまうから。
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