15 / 15
片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
2
9
しおりを挟む
■
「いやぁ、社内恋愛は作業効率を下げると疑わなかったが、そうでもないみたいだねぇー。僕も考えを改めるか」
とある日、部長が感慨深げに呟く。
あれから私と誠は正式に交際をスタートし、喧嘩をすることもあるが信頼関係は築けている。
「何ですか? 急に。はい、チェックお願いします」
この書類を提出すれば本日の業務は終了。
時計を見れば定時前、待ち合わせまで余裕がありそう。化粧を直して朝食の準備を済ませておこうか、などと計画を立てる。
「ほぅ、顔がニヤけてるね。これからデートかな?」
モニターから視線を外し、部長は書類を受け取る。
「はい、いったん部屋に戻って朝食の支度しようと」
「言うねー。ノロケもいいが資料に不備があれば直させるからな。笠原と一緒に残業コースだ、覚悟しろ!」
部長のチェックが厳しいのは相変わらず。しかし、私もきちんと仕上げた自信があるので怯まない。
私の残業時間は以前より減っているが、誠の方はそうもいかなくてーー営業部長への昇進が決まったから。
今日は昇進祝いを兼ねたデート故、残業して遅刻ができない。
「ちっ、ミスが無いな。帰っていいぞ、彼氏によろしく」
悔しそうで何処か嬉しそうに、手をひらひら振られる。
「お先に失礼します」
一礼し、会議室を後にした。
「茜!」
エレベーターを待つ最中、背後より声が掛かる。
「あら朝霧部長、お疲れ様です」
振り返らずとも誰かは承知しており、挨拶した。
「気が早い。それに君にそう呼ばれたくない。もう上がれるのか?」
「うん。一回マンションに帰ってレストランへ向かうね。あ、朝食も買っておこうかなって。ジャム切らしてたよね?」
「あぁ、良く気が利く奥さんだ。ありがとう」
「それこそ気が早いわよ。両家の顔合わせはまだだし、部長と笠原さん以外は私達の関係を知らないんだから」
チン、到着の合図と共に2人で乗り込む。
「俺は茜との関係をいつ公表してもいい、周りの男達に牽制出来る。殊に最近の茜は綺麗で人の目を引くから心配だ」
「そちらこそ、昇進の話が出てますます女子社員に騒がれてるみたいだけど?」
どちらかともなく手を繋ぐ。薬指の指輪同士がカチッと鳴り、顔を見合わす。ちなみに私は左、誠は右に身に付けている。
「ねぇねぇ、覚えてる? ここで壁ドンしたのを」
ふといつかの思い出が過り、尋ねた。
「忘れるはずないだろ。なんなら今からやってもいいが、壁ドンで終わらせる理性が無い。あの頃の俺は紳士だったな? 密室に茜と2人きりで手を出さなかったんだ」
割と本気のトーンで語られ、若干引いてしまう。
「エ、エレベーター内でのセクハラ発言はやめて下さい。そういうのは家でーー」
「茜相手に禁欲なんて無理。今、凄くキスしたい」
訴え虚しく、誠が壁ドンをしてきた。
誠の隣に立つべく努力を重ね、それなりに自信が身に付いてきたとはいえ、やはり誠本人から攻められると弱い。ドキドキして抗えなくなる。
「茜」
首筋に触れるか触れないかの距離に顔を寄せ、囁く。
「俺を助けて欲しいんだ」
「ーー助ける?」
この会話の運びは記憶しており、真意を探るため誠を見詰めた。表情を察するに彼も承知してやっているのだろう。
「今更、1日限りの彼女になってとか言う気?」
流石に芝居でも誠の偽装彼女になるのは嫌だと主張。膨れてそっぽを向く。
「違う、1日であるはずない、一生。それから彼女でもなく妻だ。茜、生涯ずっと側にいてくれ」
頬を撫で、瞳を覗いてくる。
「い、一体何回プロポーズするのよ!」
カッと身体が熱くなって、耳まで赤くなる様子が彼の瞳の中で実況された。
「何回したっていいだろ? する度に茜が好きだと実感できて、茜も俺を好きでいてくれるのが確かめられる」
ははっと笑い、キスを仕掛けてくることは無い。最初からそのつもりなのだろう。
目的階に着こうとすると誠はしっかり社会人の顔へ戻り、私から離れた。
「……」
何だか悔しい。未だに誠に好きだと伝えられると照れて、あんな反応をしてしまう。誠も慣れない姿を楽しむ節がある。
「誠」
「え?」
扉が開く直前、私は彼のネクタイを引っ張った。彼は予期せぬ行動に姿勢を崩し、耳元が近くなる。
「私も愛している。今夜ベッドで沢山伝えてあげるね」
この形の良い耳へ目一杯甘く囁いてからエレベーターを降りることにした。
「わっ! 朝霧さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え、エロい……」
「はぁ? 誰か、手を貸してくれ! 朝霧さんが鼻血を出しそうな顔してる!」
入れ違いで乗り込む社員が座り込む彼に驚く。
私は心の中で赤い舌をチロリと出し、その場を後にした。
さて、あんな風に煽ってしまった手前、今夜は長いだろう。ひょっとして夜が明けないかもしない。
「よし、栄養ドリンクも買っておくか」
ーー呟きは喧騒に溶けていく。
「朝霧さん、朝霧さん! 大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「誰か! 誰か! 朝霧さんがエレベーターの中で動けなくなってる!」
おわり
「いやぁ、社内恋愛は作業効率を下げると疑わなかったが、そうでもないみたいだねぇー。僕も考えを改めるか」
とある日、部長が感慨深げに呟く。
あれから私と誠は正式に交際をスタートし、喧嘩をすることもあるが信頼関係は築けている。
「何ですか? 急に。はい、チェックお願いします」
この書類を提出すれば本日の業務は終了。
時計を見れば定時前、待ち合わせまで余裕がありそう。化粧を直して朝食の準備を済ませておこうか、などと計画を立てる。
「ほぅ、顔がニヤけてるね。これからデートかな?」
モニターから視線を外し、部長は書類を受け取る。
「はい、いったん部屋に戻って朝食の支度しようと」
「言うねー。ノロケもいいが資料に不備があれば直させるからな。笠原と一緒に残業コースだ、覚悟しろ!」
部長のチェックが厳しいのは相変わらず。しかし、私もきちんと仕上げた自信があるので怯まない。
私の残業時間は以前より減っているが、誠の方はそうもいかなくてーー営業部長への昇進が決まったから。
今日は昇進祝いを兼ねたデート故、残業して遅刻ができない。
「ちっ、ミスが無いな。帰っていいぞ、彼氏によろしく」
悔しそうで何処か嬉しそうに、手をひらひら振られる。
「お先に失礼します」
一礼し、会議室を後にした。
「茜!」
エレベーターを待つ最中、背後より声が掛かる。
「あら朝霧部長、お疲れ様です」
振り返らずとも誰かは承知しており、挨拶した。
「気が早い。それに君にそう呼ばれたくない。もう上がれるのか?」
「うん。一回マンションに帰ってレストランへ向かうね。あ、朝食も買っておこうかなって。ジャム切らしてたよね?」
「あぁ、良く気が利く奥さんだ。ありがとう」
「それこそ気が早いわよ。両家の顔合わせはまだだし、部長と笠原さん以外は私達の関係を知らないんだから」
チン、到着の合図と共に2人で乗り込む。
「俺は茜との関係をいつ公表してもいい、周りの男達に牽制出来る。殊に最近の茜は綺麗で人の目を引くから心配だ」
「そちらこそ、昇進の話が出てますます女子社員に騒がれてるみたいだけど?」
どちらかともなく手を繋ぐ。薬指の指輪同士がカチッと鳴り、顔を見合わす。ちなみに私は左、誠は右に身に付けている。
「ねぇねぇ、覚えてる? ここで壁ドンしたのを」
ふといつかの思い出が過り、尋ねた。
「忘れるはずないだろ。なんなら今からやってもいいが、壁ドンで終わらせる理性が無い。あの頃の俺は紳士だったな? 密室に茜と2人きりで手を出さなかったんだ」
割と本気のトーンで語られ、若干引いてしまう。
「エ、エレベーター内でのセクハラ発言はやめて下さい。そういうのは家でーー」
「茜相手に禁欲なんて無理。今、凄くキスしたい」
訴え虚しく、誠が壁ドンをしてきた。
誠の隣に立つべく努力を重ね、それなりに自信が身に付いてきたとはいえ、やはり誠本人から攻められると弱い。ドキドキして抗えなくなる。
「茜」
首筋に触れるか触れないかの距離に顔を寄せ、囁く。
「俺を助けて欲しいんだ」
「ーー助ける?」
この会話の運びは記憶しており、真意を探るため誠を見詰めた。表情を察するに彼も承知してやっているのだろう。
「今更、1日限りの彼女になってとか言う気?」
流石に芝居でも誠の偽装彼女になるのは嫌だと主張。膨れてそっぽを向く。
「違う、1日であるはずない、一生。それから彼女でもなく妻だ。茜、生涯ずっと側にいてくれ」
頬を撫で、瞳を覗いてくる。
「い、一体何回プロポーズするのよ!」
カッと身体が熱くなって、耳まで赤くなる様子が彼の瞳の中で実況された。
「何回したっていいだろ? する度に茜が好きだと実感できて、茜も俺を好きでいてくれるのが確かめられる」
ははっと笑い、キスを仕掛けてくることは無い。最初からそのつもりなのだろう。
目的階に着こうとすると誠はしっかり社会人の顔へ戻り、私から離れた。
「……」
何だか悔しい。未だに誠に好きだと伝えられると照れて、あんな反応をしてしまう。誠も慣れない姿を楽しむ節がある。
「誠」
「え?」
扉が開く直前、私は彼のネクタイを引っ張った。彼は予期せぬ行動に姿勢を崩し、耳元が近くなる。
「私も愛している。今夜ベッドで沢山伝えてあげるね」
この形の良い耳へ目一杯甘く囁いてからエレベーターを降りることにした。
「わっ! 朝霧さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え、エロい……」
「はぁ? 誰か、手を貸してくれ! 朝霧さんが鼻血を出しそうな顔してる!」
入れ違いで乗り込む社員が座り込む彼に驚く。
私は心の中で赤い舌をチロリと出し、その場を後にした。
さて、あんな風に煽ってしまった手前、今夜は長いだろう。ひょっとして夜が明けないかもしない。
「よし、栄養ドリンクも買っておくか」
ーー呟きは喧騒に溶けていく。
「朝霧さん、朝霧さん! 大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「誰か! 誰か! 朝霧さんがエレベーターの中で動けなくなってる!」
おわり
32
お気に入りに追加
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
姉の代わりでしかない私
下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。
リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。
アルファポリス様でも投稿しています。
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
たとえこの想いが届かなくても
白雲八鈴
恋愛
恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。
王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。
*いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。
*主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)
【完結】強制力なんて怖くない!
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。
どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。
そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……?
強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。
短編です。
完結しました。
なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
[完結]妹にパーティ追放された私。優秀すぎな商人の護衛として海外に行くそうです
雨宮ユウリ
恋愛
癒しやサポート系の魔法に優れ、精度の高いオリジナルの鑑定魔法を使えるサポート魔法師クレア。クレアは妹のエリカとともに孤児として彷徨っていたところ、エドワードという冒険者に拾われ冒険者となっていた。しかし、クレアはエリカに仕組まれ冤罪でパーティを追放されてしまう。打ちのめされるクレアに馴染みの商人ヒューゴが護衛としての仕事を依頼する。人間不信敬語商人と追放された鑑定魔法を持つ魔法使いの二人旅。
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる