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■誠side

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■誠side

「はぁ」

 シャワーを流す音が漏れてくると俺はやっと息を吐く。

「一体何なんだ、あの可愛さは」

 抱えた頭の奥から茜への率直な印象が溢れた。
 俺はかれこれ5年目ほど片思いをする相手が部屋に来てシャワーを浴びているという状況に理性を総動員し、紳士の仮面を付けている。   

 きっとこの仮面も僅かなハプニングで外れてしまうだろう。仕事上のトラブルならば冷静に対処出来るが、茜相手だとそうはいかない。いちいち反応が可愛く、斜め上の返事すら可愛い。つまり全部が可愛い。

 とりあえず水を飲んで頭を冷やそう。冷蔵庫を開ければ中身が整理整頓されており、玄関に目を向けると靴もきちんと揃えてある。

 町田茜は所作が美しい女性だ。控えめでいつも一歩引いて周囲を気遣い、俺の無茶なお願いを断れないお人好し。

 田舎の母が恋人に合わせろと言ってきたのも、俺は茜と付き合っていると嘘をついているから。最初は見合いを断る口実で願望を口にしていたが、何年も重ねていけば母の中で嘘は真実になっていく。

 俺も世に言う適齢期。所帯を持ち、子供を授かる同年代も居る。そんな中、自分は告白さえ出来ないでいるなんて。

 手前に置かれたプリンを手に取る。茜が食べたそうにしていたので買ってみた。甘いものが好きなのは彼女の上司から度々聞かされ、またこの部長が茜を信頼していると知っている。

 茜も語っていたが若くして出世した彼には敵が多い。その一方で優秀な部下に恵まれ、足元をすくわれないようにしてもいた。そして俺が知る限り、部長は誰それ構わずフレンチトーストは差し入れない。そう、茜は間違いなく可愛がられている。なんなら恋仲と噂されるくらいに。

「はぁ……」

 また溜め息がでた。恋敵が部長なんて分が悪過ぎる。あんな有能な男の側で働いていれば目が肥え、俺が仕事面でアピールできることは無いだろう。しかしそれでもと踏ん張り勤めるも、まだまだ部長には及ばない。

 その時、シャワーを絞る音がした。俺は無意識に浴室へ目線をやり、ごくんと飲み込む。

 一線を超えるつもりはなく部屋に呼んだというのは本心だ。ここまで温めてきた恋心を壊したくなんかない。大事にしたい。

 茜は俺にその気がないと分かると「……え、しないの?」と返したが、安堵していた。内心、俺が簡単に関係を持つ男だと思っていたのか。だとしたら全力で否定したいものの、じゃあ何も期待しないんだなと問われればそうもいかない訳で。

 情けない。本能と理性の天秤がぐらぐら揺れている。
 押しに弱い茜を丸め込もうと悪魔の俺が囁くと、そんな真似したって明日には同僚に戻るぞと天使の俺が諭す。

 もしも茜の肌を覚えてしまうと手離したくなるのが目に見え、1日限りの恋人ごっこじゃ満足出来ない。もっと側に、もっと一緒に居たいと求めてしまう。こんな想いをぶつけられても茜は困惑するだけ。

 部長と同等の業績を上げて告白する計画は延長に延長を重ね、もはや見通しが立たない。だからと言って、彼女の人の良さにつけ込んで得た機会で気持ちを打ち明けるのはフェアじゃない気がする。

 いや、彼女の振りをお願いする時点でフェアじゃないのだけれども。
 葛藤の末、水を持って部屋へ戻り、外れかけた紳士の仮面をきちんと装着した。

(茜に手を出さない、手を出さない、手を出さない)

 呪文のように念じる。彼女が出てきたら俺も入り、その間はデザートを食べていて貰おう。この後の行動パターンを巡らす。

「あ、布団がない……」

 そして重大なことに気付く。来客用の布団がないのだ。スリッパすら用意できない生活環境なのであるはずない。
 当然、茜を床に寝かす選択など有り得ないが、そうなるとベッドを使って貰うことになる。

 縁に掛けていた腰を上げ、シーツを見下ろす。
 幸い新しい物に変えたばかりで衛生面での心配ない。しかしながら自分がいつも寝ている場所を貸すのはーーなんというか。

 なんというかーー。

「誠?」

 茜がやってきて、ほかほか湯気が出ていそうな表情でこちらを伺う。単刀直入に言って可愛い。
 首を傾げればサイズの大きいシャツが強調され、俺は可愛いという言葉以外を失ってしまった。
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