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片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

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「そろそろ帰ろう。私のアパートここから距離があるの」

「なら俺の部屋に来たらいい」

 掴まれた腕を離せないでいると、更に囚われるような言葉を言われた。

「誠、酔ってる?」

「酔ってなんかない」

「今何を言ったか分かってる? それとも1日限りって割り切ってるの?」

 流石の私も異性の部屋に向う意味は誤魔化せない。この状況下でそういう対象として見られても複雑だ。

「……こんな事を言って見損なったよな」

「と言うより危なっかしい。他の人にも言ってる?」

「言う訳ないだろ、茜だけ。茜だから誘ったんだって。これもリップサービスじゃない」

 誠の手は熱かった。私達を包む緊迫感はカチコチと時を刻む音ですら敏感になる。身体がひりつき、ジンジン痺れた。

 今夜を見送れば、誠の部屋に行く機会はないだろう。明日にはただの同僚だ。
 仮に付いて行って肌を重ねる展開になったとしても、明日は同僚として接する。

 いずれにしろ、同僚に戻るのならばーー迷っている時間も多くはない。

「コンビニに寄ってもいい? 歯ブラシとか買いたいな」

 未来を巡らせた結果、実に私らしい遠回しな答えの伝え方をした。



「お邪魔します」

 誠の部屋はバーから徒歩圏内にあり、単身者が住む間取りだった。明かりをつけると適度に散らかっていて、その生活感になんだかホッとする。

 誠みたいな人が『彼女の振りをして欲しい』と言ってはここへ連れ込んでいるとは考えにくいが、女性の痕跡があっても不思議じゃないし。キョロキョロ辺りを見回す。

「来客用のスリッパが無くてごめん。コンビニで買えば良かった」

「ううん、あ、お水は冷やしておく?」

 ビニール袋を掲げ、尋ねた。

「あぁ、冷蔵庫に入れといて」

 傍らの冷蔵庫を指すと誠は奥の部屋へ入っていく。慌ただしい物音から察するに片付けているようだ。

 私は言われた通り、冷蔵庫を開け2人分の朝食とデザートを入れる。アルコールと栄養ドリンクしか冷やされていなかった空間が華やかになった。

「お待たせ、一応座れる場所は作ったから」

 扉が開き、ベッドとガラステーブル、それからテレビ、必要最低限しかないシンプルな部屋模様が覗く。普段は自分が使っているであろうクッションへ私を促す。

「シャワーはどうする?」

 誠は座らず、襟足を気まずそうに擦って聞いてきた。

「……」

 到着して早々切り出されるのは想定外、反応に困る。

「いやいや、おかしな意味じゃない! 茜が嫌がることは絶対しない。俺は変な汗を沢山かいたから洗い流したいなと」

「……え、しないの?」

 私も私でストレートな返答をしてしまう。すると次は誠が固まってしまい、こちらが身振り手振りで弁解する番となる。

「あ、あの、私も変な意味で言ったんじゃないよ! 私達もいい大人だし、朝ご飯まで用意してる訳でーーその、えっと、部屋まで付いて来たくせ拒むのは萎えさせちゃうよね?」

 しどろもどろ。自分でも何を伝えているのか分からない。そういう行為を積極的にしたいのだと受け取られ、嫌われてしまうかも。

「あはは、何言ってるんだろう私」

 恥ずかしくなり俯く。膝の上で拳を作った。

「茜」

 ふいに柔らかい声が降ってくる。いたたまれない気持ちで返事をしないと、ポンッと頭を撫でられた。

「俺も男、下心が全く無いなんて言わない。でも一線を超えたくて部屋に招いたんじゃない。茜が恋人でいる時間を1分1秒大切にしたかったんだ。出来るだけ長く側に居たい」
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