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プロローグ…?

”イッパ”の噂 2

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 「……へっぶしょい!!!!……んぁ……」

 「おい!手で抑えないか!全く……君のその腕は何のために付いている?」

 「んー、メアリに勝つため、かな?」

 そう言って不敵な笑みを浮かべる彼女の思惑に気づき、はっとしたメアリは急いで顔をテレビゲーム画面に戻す。そして、彼女の操作する四駆よんくに目をやったが、もう手遅れだった。

 テレビ画面には、堂々どうどう一位でゴールする、黒のレースカーが映っていた。そして隣からは「やったー!」と喜ぶ歓声かんせいが、嫌というほど耳に入ってきた。

 「あああ!しまった……」

 自分の白いレースカーが二番目にゴールするのを見届けながら、思わずなさけ無い声を出してしまう。

 やがて順位表が表示され、一番上に「ミミアリ♡」その下に「メアリ」と並んでいる。
 
 ミミアリは、声にならない何かを吐き出し続けているメアリに向かって、天高くガッツポーズを掲げた。

 「やった!!ようやく勝てた!まさに神のご加護ゴットブレス!!!」
 「そんなインチキな加護があってたまるか!」

 メアリは、隣でステップを踏みながら手を空高く掲げている卑怯者に声を上げた。あやうくゲームコントローラーを投げつけそうになる。殴りたい、その笑顔。

 「いいかい……勝利の女神は、今まで私に微笑んでいたのだ。だがそれを君は……くしゃみで明後日の方向へ吹き飛ばしてしまった!もう一回勝負だ、ミミアリ。一分で女神を連れ戻す。」

 「ごめんごめん。なんせ急に出ちゃうもんだから、抑えるヒマが無かったんだよ」

 ……誰かが私たちのこと噂してるのかな。

 ミミアリは、レースカーをゼロから本気カスタマイズし始めたメアリに冗談めかして笑った。

 「……もしそうなら私も一緒に出なければおかしいじゃないか」

 一瞬カスタマイズの手を止めたが、メアリは鼻で笑って、またタイヤのホイールを選ぶ作業を再開した。

 「どうせ、大学のやつらが下らん世間せけん話をしているのだろう?そんなことより、次のレースの準備したまえ。さっきので50連勝の夢はついえてしまったが、次は絶対に越える。さあ早く、もちろんポテチを食べているその手を拭いた後で、だ」

 「それなんだけど……これからその大学の講義なんだ。残念だけど勝利の女神さんには、また今度微笑んでもらってよ」
 どうせ次やったら私が負けるから。と笑顔を付け加えて。

ウエットティッシュで手を拭き、せかせかと帰り支度を始めるミミアリの背中に「勝ち逃げする気か!!」とメアリは一応いちおう叫んだが、やがてコントローラーを置いて立ち上がると、ポケットから何かを取り出した。
 そして、リュックに荷物を詰めていたミミアリの手を引っ張り、首を傾げた彼女にそれを握らせる。

 「何これ?」

 「見ての通り、てんとう虫のバッチだよ」

 ミミアリの手のひらには、百円玉くらいの大きさのてんとう虫が冷たく乗っていた。

 「わぁ……かわいい」

 赤い輝きをまとったそのバッチは、今にも呼吸をはじめそうな程、綺麗きれいだった。

 「君のリュックはシンプルでいいと思うのだが、ワンポイントあってもいいだろう?それ、君にあげるよ」

 「本当に?ありがとう……大切にするから!」

 突然のことに驚いた表情を見せるミミアリだったが、すぐに笑顔に変わった。
 彼女がプレゼントをくれるなんて……

 そして早速、紺色の無地のリュックの右下にてんとう虫を付けてみる。確かに、付ける前よりもだいぶ印象が良くなり、ミミアリは嬉しそうな表情を見せた。

 「ああ、出来るだけ大切に扱ってくれたまえ」

 メアリは、嬉しそうなミミアリを怪しげな笑みで見つめながら、聞こえるか聞こえないか微妙な声量でつぶやいた。

 「それと、明日は何の予定もないから煮るなり焼くなり好きに過ごすといい」

 「ほんとっ?」

 さらに想定していなかったことを言われて、ミミアリは高い声をあげた。それから、ぶつぶつと何かを言い出したかと思ったら。

 「……分かった!じゃあ、またね!!バッチありがとう!」と言って、そそくさと玄関を開けて飛び出してしまった。

 ガ、チャッ。と扉が締まりきる音が部屋に響き、それをテレビゲームのBGMが包みこむ。


 ついさっきまでの賑やかさが、風のように通り過ぎてしまったので、メアリは玄関の前で少しぼうっとしてしまった。

 そしてようやく、片付けでもするかと思い立った瞬間、まるで思い出したかのようにくしゃみが出た。

 「あの時のやつか」

 メアリはくしゃみを抑えた手を見つめる。

 あの時。つまり、ミミアリが”神のご加護”を授かっていた時。実はメアリもになっていたのだ。
 しかし、隣から遠慮を知らない一撃が炸裂さくれつしてしまったので、驚いた拍子に引っ込んでしまった。

 「まあいいさ。噂なんていくらでもすればいい」

 まるで誰かがかのような声のトーンで、メアリは扉に向かって言葉をぶつける。

 「壁に耳あり障子に目あり。隠れた亡者を見つけ出し、白日の元に晒すまで」

 まるで詩をんでいるようだった。
 メアリは、扉に背を向けた。

 そして、テーブルのお菓子を片付けて、ゲーム機を仕舞おうとした時、片方のコントローラーがぬるぬるしていることに気がついた。

 ミミアリめ……すでに触っていたのか。いい根性だ、次に来る時どんな辱めを受けてもらおうか。今から楽しみだ……
 メアリは狂気に満ちた笑みを浮かべながら、ウエットティッシュでそれを拭き始めた。

 その後、テレビ画面を消して反射で映る自分の姿を見ながら。

 「……せっかくいい感じにキメたのに、台無し」と溜息をついた。
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