壁にミミアリ障子にメアリ

プロローグ…？

”イッパ”の噂 1

　かつて、スペイン王国やイギリス帝国が、世界全体に植民地を広げ、その領土の大きさから「太陽の沈まぬ国」と呼ばれていた時代がある。

　しかし、今では植民地という言葉も消え始め、どの国にも”昼”と”夜”が必ずやって来るようになった。そして、今日も”起きる”と”眠る”を別々に繰り返す。

　そんなミルクとブラックコーヒーのような世界で、私が知る限り一つだけ、他とは何か違う場所がある。


　太陽が沈む頃に、ゆっくりと目を覚ます。

　そこでは無垢な夜空に、煙草の溜息を混ぜてしまう。隠し味には、オードパルファムと火薬のフレーバーを。

　おぼつかない足取りは、月とネオンを頼りに、力尽きるまで踊る。


　ここは入野波馬いりのはば。

　太陽に嫌われた人々が、居場所を求めて彷徨さまよう街。

　しかし、そんな嫌われ者たちもまた、忌み嫌い恐れているものがある。

　自分たちを闇から引きずりおろし、白日の下に晒さんとする者の存在を。
　理不尽な力によって絶望し、藁にもすがれないような者たちに光を差し伸べる者の存在を。

　だが、誰もその姿を確認できておらず、ましてやその存在自体、あまりの情報不足により証明することが出来ない。ただ一つ、この入野波馬・通称”イッパ”で囁ささやかれている噂のみが、その存在を説明する手がかりだ。

　そして彼らは、暗闇の中で口を揃えてこう言う……