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第8篇 as long as you love me

第8話

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 それからもペコはアッサムと共に色々な街、所を回る旅を続けた。
 天空の都市を訪れ、黄金の原っぱを駆け抜け、太陽が眠らない街も訪れた。
 またそれ以外にも、時には母親からも聞いた事がないような美しい光景や珍しい物を見つけたりもした。
 ランプの魔人とのおかしくも楽しい旅。
 そんな旅の中で特筆する事といえば、ある時立ち寄った街でペコ達は不治の病に犯されているという母とその子供に出会ったことだ。
 偶然知り合い、母子の事情を知ったペコは迷わずにアッサムに2つ目の願い事を頼んだ。〝この母親の病を治して欲しい〟と。
 珍しく渋い顔をしたアッサムは何度もペコに他人のことに貴重な願い事を使ってもいいのか、他にもっと願い事を使うべき事があるんじゃないのかとペコを説得したがペコは頑として首を振らず、結局ペコの2つ目の願い事は赤の他人の病を治すことに使われたのだった。
 旅立つ2人へいつまでも手を振ってくれる母子に、嬉しそうにこちらもずっと手を振り返し続けるペコに、アッサムは唇を尖らせたまま最後にもう一度問い掛ける。〝本当にこれで良かったのか〟と。

 「…いいんだよ。旅の終わりに、私には何も残らないから。誰かを助けることが出来たって満足感があれば、私はそれでいい」
 「…ご主人様みたいな人間のことをなんて言うか知ってるかい?お人好しのお馬鹿って言うんだぜ」
 「そうなの。知らなかった」
 「…この旅に出てからペコ様も変わりましたね。昔だったら頬をぷくーっと膨らませて私に突っかかってきてくれたのに。お陰で私はちょっと楽しみを失いました」
 「誰かさんっていうお手本が居るからね」

 ふふ、と目を細めるペコを見て、アッサムはやっぱりなんだか面白くない気持ちを覚えた。
 意地悪を言って、それに対して100%の感情で怒って泣く小さくて可愛かったペコも気づけば、あっという間に美しい大人の女性へと成長していた。

 「(そういえば、過去最長に長い時間、1人のご主人様に付き合ってるかも)」
 「さて、私は精々長生きしなくちゃね。私が死んだらその時は私の願い事、あのお母さんを治した事実もお代として回収されちゃうんでしょう?」
 「あ?…ああ、ご主人様がランプの魔人に叶えて貰った願い事は全て形のあるなしに関わらず回収される。…ペコ様が3つ目の願い事を叶えて死ぬ時に、あの母親もパタっと死んじまうよ」
 「そう…せめて子供が大人になるまでくらいは、この旅を続けたいな」

 いつの間にか大分距離が近づいたアッサムの顔を見上げて、ペコは微笑んだ。



♦︎



 ある時、雨の国と呼ばれるくらい雨が降り続ける所に立ち寄った際に、ペコは高熱を出して倒れた。
 なんでもこの国にしかない風土病で、国の住人は抗体が出来ているらしいのだが、稀に旅人が罹ってしまうのだという。
 致死率は決して高くはないが、それでも年に数十人は亡くなる病気だという。
 医者に診せた後、宿のベッドで顔を真っ赤に染めて苦しそうに息をするペコに、アッサムはその傍らでペコの小さくて熱い手を握り締めながら忌々しそに舌をうった。

 「ペコ様!だから言っただろう!あの時に2つ目の願い事を使わなければこんな病気くらい一瞬で治してやれたのに!」
 「……はぁ…はぁ…アッサム…大丈夫だよ…そんなに、心配しないで…」
 「どこがだ!人間は簡単に死ぬぞ!」
 「…はぁ…はぁ…ふふ、知らないの…?人間って意外と、図太くて、逞しい生き物だよ…」
 「ペコ!!」

 ペコは震えるように僅かに口角を引き上げてから、ぐったりと瞼を下ろした。
 ぜえぜえと益々苦しそうに眠るペコにアッサムは奥歯を噛み締める。
 いつだかにあの悪魔、ル・グーが言った言葉が蘇る。

 〝ふうん?ま、僕はこれでも君の事を気に入っているんだよ。主人を騙くらかして、制限の多いランプの魔人から自由な魔人になる方法はいっくらだってあるのに、性に合ってるから、なんて言ってランプの魔人でい続ける変わり者の君をね〟

 ランプの魔人。
 それは魔法の力が使える万能の存在、人間のことわりの外に名を連ねる神秘のひと、そして同時に不自由を約束された人間のしもべ
 ランプの魔人として鎖に繋がれている限り、様々な制限が魔人には科されている。魔法の使い方1つとっても自分の自由意志で行使出来るものは無い。
 確かに普通に考えればそんな不自由は願い下げ、というのが一般的な考えかも知れない。それでも今までのアッサムはそんなハードルがある方が燃える。ルールの抜け道を探すのが楽しいんじゃないかと、他の魔人があの手この手でご主人様を騙くらかして自由の身になる中、あえてランプの魔人のままで生きてきた。

 「(それが今…こんなにもどかしいなんて…。俺がランプの魔人ではなく自由な魔人だったら、すぐにペコを魔法で治してやれるのに…)」

 アッサムは汗で張り付くペコの前髪を払ってやる。そうして露わになった額に、そっと唇を落とした。

 「…」

 アッサム自身にも、何故自分がそのような行動を取ったのか不思議だった。
 額にキスをしたところで、何かが良くなるわけでもない。
 でもそれは、いつかペコと2人で見た光景。
 あの病に伏せる母親に、その子供が唯一してやれたこと。
 どうしてか脳裏に焼きついたその行為を、何故か今アッサムはペコにしてやりたくなったのだった。



♦︎



 その後ペコは1週間ほど寝込んだが病気はすっかり良くなった。
 これでまた旅が続けられるねと嬉しそうに笑ったペコに、アッサムは今までの長い長いランプの魔人人生で初めての気持ちを抱いた。

 「…3つ目の願い事なんて、ずっと思い付かなければいいのに」

 アッサムのその呟きは、どこからともなく吹いてきた風に攫われて消えてしまった。
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