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第3篇 暴力的衝動的不治の病、もしくは愛と呼ばれる類のそれについて
第4話
しおりを挟む 前回の続き。勇者一行は魔王に捕まった!そして聖女は地下牢の中で魔王への愛を一晩中叫び続けた。鍵番の魔族は精神をやられた。
♦︎
「……何をしている」
「あっ、魔王様おはようございます!魔族の皆様もお日様と共に行動なさるんですね!私の体内時計を夜型に矯正する必要がなくて安心しました!」
「~っ!何をしているのかと聞いている!!!」
爽やかな清々しい朝。魔王城には魔王の怒りの叫び声がこだました。
「…あっ、魔王だ。おはよう」
「はよ~魔王朝結構早いんだな」
「あ、おはようございます。頭痛薬きちんと効きましたか?」
「……鍵番!」
玉座が鎮座する魔王城最上階、自身の執務室も兼ねるそこへ魔王がやってくると、そこには既に勇者一行と何故か魂が半分抜け出ている鍵番の魔族が居た。
どうやら勇者一行に奇襲や戦闘を仕掛けてくる気配はないが、一体鍵番の仕事はどうしたと魔王が鍵番の魔族を呼ぶも、彼の状態を見るに恐らくあの聖女が何かやらかしたのだろう…と察した魔王は口をつぐむ。
「魔王様のお部屋掃除しておきました!あ、朝ごはんはパン派ですか?それともごはん派ですか?」
「…」
「ごめーん。魔王がいつ頃起き出してくるか分からなかったから俺達は先に食べ出しちゃった」
「…」
部屋の真ん中に堂々と野外キャンプを組み立てて味噌汁を啜っていた勇者が魔王に謝る。彼はどうやらごはんは皆で一緒に派らしい。
魔王は和やかに朝食を食べている勇者一行の元まで行くと、ガシャアアアン!と大きな音を立てて簡易机を殴り飛ばした。
「敵地のど真ん中だぞここは!?」
「ああっ!ごはん!」
「あ、大丈夫です。私の神は食べ物を無駄にする事を許さない神なので復元魔法で一瞬前の状態へごはんを戻します」
「っ!?なんだその超高度かつ無駄な魔法は!?」
「良かった~!本当聖女のその魔法は聖女の唯一の良い点だよ」
「これが!?唯一!?」
目も眩むような温かくまばゆい光が無惨に飛び散ってしまった朝食へと降り注ぎ、まばたき一回後には魔王によって殴り飛ばされひしゃげた簡易机もきちんと直り、その上にホカホカの美味しそうな朝食が乗っていた。
「…勇者!貴様も昨日は散々困惑していただろう!?呑気に飯食ってていいのか!?」
「一晩中ずっっっと魔王への愛、魔王の素敵な所、神がいかに愛を尊びこれを推奨するか、愛があれば世界は煌めく…と延々と一方的に聞かされて俺達はもう諦めた」
「勇者がそう簡単に諦めるな!!!」
清々しい笑顔を浮かべ遠い彼方を見つめる勇者一行を目にして魔王は思わず片膝を着く。
「も、申し訳ありません…魔王様…ですがあの聖女には…成す術なく…旦那の実家の掃除がいかに大切かと…説かれ続け…あと朝食を作ると言ってきかず…鍵を…鍵を…!」
「も、もういい、分かった、許す…もう下がれ…」
「はっ…面目次第も…ありませ…がくっ」
「か、鍵番──!これ!誰かここへーっ!彼を医務室へ運ぶのだーっ!!」
倒れた鍵番が運ばれていくのをあたふたと見送っていた魔王の元へ、このカオスな騒動の元凶である聖女が近づく。
「魔王様」
「なっ、なんだ」
びくりと肩を跳ねさせた魔王にお構いなく、聖女は温かな湯気を上げる味噌汁の椀を差し出す。
「さぁどうぞ。体が温まりますよ」
「……っ」
椀をひっくり返したところで、聖女の魔法ですぐさま復元する様は先ほど見た。朝一で叫び続けるのも疲れる…と魔王はヤケになって差し出される椀を奪うように取りぐいっと飲む。
「…!」
「ね?温まるでしょう?」
にこり、と聖女が嬉しそうに笑う。味噌汁を飲んだくらいで何がそんなに嬉しいのかと罵ろうとし、しかし魔王は開き掛けた口を閉ざしもう一口椀の中の味噌汁を飲む。
罵声一回分。それを我慢するくらいには、味噌汁の味は悪くなかった。
♦︎
「…さて。お腹が膨れたところで今後の指針会議といきましょうか」
野外キャンプと簡易机を収納し終えた魔法使いが声を上げる。
それを合図に勇者一行は各々マグカップに好みのお茶やホットミルクを淹れて輪になって座る。勿論魔王の座する玉座の前で。
「今後の選択肢としては?」
「一度前の村に戻って体制を整えてから再アタックか、魔王の強大な力の前に俺達は倒れ、聖女の尊い犠牲の元、なんとか俺達だけ王都へ戻った…っていう体を全力で演じる」
「聖女は置いていく事前提ですか?」
「そりゃ、聖女もう戻る気ねえだろ」
「この愛を引き裂こうとするならば、神の軍勢にだって立ち向かいます」
「な?」
「でも、聖女を1人ここへ置いていったら…どれだけの迷惑を魔王城の方達に掛けるのかと思うと…う~ん…」
「待て待て待て!!再アタックだろうが何度でも受けてたつが、聖女を1人ここに置いていくな!!!それは聞き捨てならんぞ!!!」
恐ろしい言葉が聞こえてきた為に必死に無視を決め込んでいた魔王も思わず叫び声を上げる。
「でも正直、本当に俺達聖女の面倒見るのに疲れ果ててて…魔王、聖女の事嫁に貰ってくれない?」
「なんちゅー事言ってくれとんのじゃ勇者!!ぶっ殺すぞ!!」
「大丈夫大丈夫、国宝みたいな高価な物にさえ触れさせなければ。魔王城って石造りでしょ?多分人族の木の家屋ほど簡単に壊れないだろうし…」
「昨日そいつが戦士を投げ飛ばしてその石造りの壁を破壊しただろうが!!」
「ちっ…」
「み、皆さん…っ!私の事をかつての敵相手でも快く送り出して祝福して下さるなんて…!ありがとうございますっ!」
「そいつらは送り出してるんじゃない!!押し付けようとしてるんだ!!」
「やん、魔王様興奮しているお顔も凛々しくて素敵っ」
「………(唖然)」
魔王城全体に響いているんじゃないかという騒音と騒動に、いつの間にか魔王配下の魔族もぞろぞろ、恐々と部屋の外から覗き込んで行く末を見守っている。中には隙だらけの勇者一行を襲え!と囃し立てる声もあるが、大多数は魔王の御前でダラダラにだらけきった勇者一行と何故か自分達の総大将相手に愛を叫んでいる聖女に恐れ慄いていた。
「魔王様、好きっ!昨日も好きでしたけど、今日はもっと好きですっ!!その凛々しい太い眉もムキムキな筋肉も恐らくきっと触ったら硬いだろうにさらさらに見える真っ黒なちょっと乱れてるでもちゃんと毎朝櫛を通してるんだろう髪の毛も好きっ!!」
「………(唖然)」
「あー…ちょっと暴走癖あるけど、聖女は聖女だけに癒しの魔法とか使えるし、ごはんも美味しいし、掃除とか細かい所に気づくし、それにほら、顔も整ってて可愛いだろう?ちょっと力はゴリラ並に強くて色々と壊しちゃうけど…」
「…それは聖女の良い所を述べているのか?それだけでは全く欠点を補えていないが?」
「歯に衣着せぬその物言いも真っ直ぐな性格が伺えて好きです…っ」
「あの、ほら、性格も正直で嘘をつかない良い子だよ」
遠い彼方へ意識が旅立った魔王はしかし、強靭な精神力でもって現実へ帰還すると玉座から降り立ち聖女へと詰め寄った。
「け、結局顔が良いだの髪が良いだの…人族にもいくらでもハンサムな男は居るだろうが!!戦う気もなく、色恋をしたいだけの女ならば聖女など今すぐ辞めて人族の国へ帰ればいい!!!」
「嫌です。私はここまで旅をして、そして最高の貴方に出会ったんですから。聖女を辞める時は、貴方のお嫁さんになる時です」
「ゆ、勇者助けてくれ…!」
「無理っす」
毒気を抜かれるとは、まさしくこういう事を言うのだろうと、あの魔王が慌てふためく様を見て勇者は思う。
恐ろしく強大で、屈強な魔族の猛者達を束ね、そして圧倒的な力で人族を蹂躙してきた魔族の覇者、魔王。それが人族の小娘1人の言動に振り回されている。小娘の首くらい、片手で簡単に折ってしまえるだろうにそれもせず。
「…ある意味、聖女の鑑かも」
分け隔てなく人族も魔族も愛し、慈悲と慈愛でもって世界を平和に導く聖なる乙女。
「あっ、私ったら大事な事を聞くの忘れてました…!」
「…なんだ」
「魔王様のお名前ってなんていうんですか?ずっと魔王様って呼ぶのもなんですし」
「いや、いい。魔王様でいい。永遠にそう呼んでいろ」
「永遠に連れ添っていいんですか…!?」
「違うそうじゃない!!あーもー!!名前教えるから静かにしていろ!!」
どう返そうが止まらない聖女の勢いに押された魔王がげっそりと疲れた顔をする。なんでどうして人族の聖女なんぞに名前を教えなければならないのだ…と思いつつもここは教えるまで、それこそ永遠に尋ね続けるのだろうと早くも察した魔王が仕方なしに口を開く。そして。
「★~↑◉♯∂∂Å、だ」
「…え?」
「だから、★~↑◉♯∂∂Å」
「…なんて?」
嫌々開かれた魔王の唇から溢れるのはただの濁音。何度聞き返しても意味ある言葉には聞こえなかった。これには勇者達のみならず聖女までがパチクリとまばたきを繰り返す。
「…ああ、貴様等人族には魔族特有の発音が聴き取れぬのだな」
「えっ、えっ?」
「ふん、俺様の名前を呼ぶ事は諦めろ」
「そんなっ…じゃあ魔王のまーちゃんって呼ぶね」
「なんでだ!!?」
結局聖女は静かにならず、魔王の疲労だけが蓄積されていく。
「それでまーちゃん。私正式にお式を上げるまでは夫婦といえどもお部屋は別々がいいと思うんですけど、まーちゃんの寝室の隣を私の寝室にしてもいいですか?」
「本当にここに住む気か!?」
「あ、必要な物は私の生活魔法で出しますよ」
「ベッド動かしたり、力仕事は俺に振れなー」
「それで今後はどうします?一層の事私達もここに住みます?」
「なんでだ!?っていうか聖女も連れて帰れ!!」
「いやあ、考えてみたら魔王退治の旅に王国の税金しこたま使ってるんですよね。これで退治せずに帰ったら大バッシング受けますよ私達」
「それもそうだな…よし!ここに住むか!そんでちょっとずつ金稼いで返そうぜ!」
いつの間にか勇者一行まとめて魔王城に移住という方向で話がまとまり盛り上がっている所へ、勇者もにっと笑みを浮かべて駆け寄る。
「はいはい俺!俺は上の方の階がいい!自分の部屋の窓から高い景色見えるの憧れだったんだ~!」
「お!いいな!」
「うおお…人族とは、人族とはこんなにも恐ろしい生き物だったのか…!」
「まーちゃん、」
全く話を聞かずに着実に話を進めていく勇者一行に魔王が震えていると、柔らかな声で呼ばれる。振り返れば、にこにこと微笑む聖女の名に恥じない愛に満ちた少女。
「大好きです。貴方の事、沢山教えて下さい!それで、私の事も知ってくれたら嬉しいです」
「……しっ、知るかそんなもの──っ!!!」
「あっ!まーちゃん!何処に行くんですか!?私もついて行きますーっ!!」
さてさてその後。
魔王率いる魔族の人族への蹂躙行為は止んだとか、再開したとか、また止んだとか。
人族と魔族の争いの結末を知るのは後世の者のみ。
少なくともある1人の少女が大人になり、老いて、それからこの世を去るまで。微睡むようにとても短い時間、その間は魔王による人族への攻撃は一切無かったとか。
【暴力的衝動的不治の病、もしくは愛と呼ばれる類のそれについて】完
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「……何をしている」
「あっ、魔王様おはようございます!魔族の皆様もお日様と共に行動なさるんですね!私の体内時計を夜型に矯正する必要がなくて安心しました!」
「~っ!何をしているのかと聞いている!!!」
爽やかな清々しい朝。魔王城には魔王の怒りの叫び声がこだました。
「…あっ、魔王だ。おはよう」
「はよ~魔王朝結構早いんだな」
「あ、おはようございます。頭痛薬きちんと効きましたか?」
「……鍵番!」
玉座が鎮座する魔王城最上階、自身の執務室も兼ねるそこへ魔王がやってくると、そこには既に勇者一行と何故か魂が半分抜け出ている鍵番の魔族が居た。
どうやら勇者一行に奇襲や戦闘を仕掛けてくる気配はないが、一体鍵番の仕事はどうしたと魔王が鍵番の魔族を呼ぶも、彼の状態を見るに恐らくあの聖女が何かやらかしたのだろう…と察した魔王は口をつぐむ。
「魔王様のお部屋掃除しておきました!あ、朝ごはんはパン派ですか?それともごはん派ですか?」
「…」
「ごめーん。魔王がいつ頃起き出してくるか分からなかったから俺達は先に食べ出しちゃった」
「…」
部屋の真ん中に堂々と野外キャンプを組み立てて味噌汁を啜っていた勇者が魔王に謝る。彼はどうやらごはんは皆で一緒に派らしい。
魔王は和やかに朝食を食べている勇者一行の元まで行くと、ガシャアアアン!と大きな音を立てて簡易机を殴り飛ばした。
「敵地のど真ん中だぞここは!?」
「ああっ!ごはん!」
「あ、大丈夫です。私の神は食べ物を無駄にする事を許さない神なので復元魔法で一瞬前の状態へごはんを戻します」
「っ!?なんだその超高度かつ無駄な魔法は!?」
「良かった~!本当聖女のその魔法は聖女の唯一の良い点だよ」
「これが!?唯一!?」
目も眩むような温かくまばゆい光が無惨に飛び散ってしまった朝食へと降り注ぎ、まばたき一回後には魔王によって殴り飛ばされひしゃげた簡易机もきちんと直り、その上にホカホカの美味しそうな朝食が乗っていた。
「…勇者!貴様も昨日は散々困惑していただろう!?呑気に飯食ってていいのか!?」
「一晩中ずっっっと魔王への愛、魔王の素敵な所、神がいかに愛を尊びこれを推奨するか、愛があれば世界は煌めく…と延々と一方的に聞かされて俺達はもう諦めた」
「勇者がそう簡単に諦めるな!!!」
清々しい笑顔を浮かべ遠い彼方を見つめる勇者一行を目にして魔王は思わず片膝を着く。
「も、申し訳ありません…魔王様…ですがあの聖女には…成す術なく…旦那の実家の掃除がいかに大切かと…説かれ続け…あと朝食を作ると言ってきかず…鍵を…鍵を…!」
「も、もういい、分かった、許す…もう下がれ…」
「はっ…面目次第も…ありませ…がくっ」
「か、鍵番──!これ!誰かここへーっ!彼を医務室へ運ぶのだーっ!!」
倒れた鍵番が運ばれていくのをあたふたと見送っていた魔王の元へ、このカオスな騒動の元凶である聖女が近づく。
「魔王様」
「なっ、なんだ」
びくりと肩を跳ねさせた魔王にお構いなく、聖女は温かな湯気を上げる味噌汁の椀を差し出す。
「さぁどうぞ。体が温まりますよ」
「……っ」
椀をひっくり返したところで、聖女の魔法ですぐさま復元する様は先ほど見た。朝一で叫び続けるのも疲れる…と魔王はヤケになって差し出される椀を奪うように取りぐいっと飲む。
「…!」
「ね?温まるでしょう?」
にこり、と聖女が嬉しそうに笑う。味噌汁を飲んだくらいで何がそんなに嬉しいのかと罵ろうとし、しかし魔王は開き掛けた口を閉ざしもう一口椀の中の味噌汁を飲む。
罵声一回分。それを我慢するくらいには、味噌汁の味は悪くなかった。
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「…さて。お腹が膨れたところで今後の指針会議といきましょうか」
野外キャンプと簡易机を収納し終えた魔法使いが声を上げる。
それを合図に勇者一行は各々マグカップに好みのお茶やホットミルクを淹れて輪になって座る。勿論魔王の座する玉座の前で。
「今後の選択肢としては?」
「一度前の村に戻って体制を整えてから再アタックか、魔王の強大な力の前に俺達は倒れ、聖女の尊い犠牲の元、なんとか俺達だけ王都へ戻った…っていう体を全力で演じる」
「聖女は置いていく事前提ですか?」
「そりゃ、聖女もう戻る気ねえだろ」
「この愛を引き裂こうとするならば、神の軍勢にだって立ち向かいます」
「な?」
「でも、聖女を1人ここへ置いていったら…どれだけの迷惑を魔王城の方達に掛けるのかと思うと…う~ん…」
「待て待て待て!!再アタックだろうが何度でも受けてたつが、聖女を1人ここに置いていくな!!!それは聞き捨てならんぞ!!!」
恐ろしい言葉が聞こえてきた為に必死に無視を決め込んでいた魔王も思わず叫び声を上げる。
「でも正直、本当に俺達聖女の面倒見るのに疲れ果ててて…魔王、聖女の事嫁に貰ってくれない?」
「なんちゅー事言ってくれとんのじゃ勇者!!ぶっ殺すぞ!!」
「大丈夫大丈夫、国宝みたいな高価な物にさえ触れさせなければ。魔王城って石造りでしょ?多分人族の木の家屋ほど簡単に壊れないだろうし…」
「昨日そいつが戦士を投げ飛ばしてその石造りの壁を破壊しただろうが!!」
「ちっ…」
「み、皆さん…っ!私の事をかつての敵相手でも快く送り出して祝福して下さるなんて…!ありがとうございますっ!」
「そいつらは送り出してるんじゃない!!押し付けようとしてるんだ!!」
「やん、魔王様興奮しているお顔も凛々しくて素敵っ」
「………(唖然)」
魔王城全体に響いているんじゃないかという騒音と騒動に、いつの間にか魔王配下の魔族もぞろぞろ、恐々と部屋の外から覗き込んで行く末を見守っている。中には隙だらけの勇者一行を襲え!と囃し立てる声もあるが、大多数は魔王の御前でダラダラにだらけきった勇者一行と何故か自分達の総大将相手に愛を叫んでいる聖女に恐れ慄いていた。
「魔王様、好きっ!昨日も好きでしたけど、今日はもっと好きですっ!!その凛々しい太い眉もムキムキな筋肉も恐らくきっと触ったら硬いだろうにさらさらに見える真っ黒なちょっと乱れてるでもちゃんと毎朝櫛を通してるんだろう髪の毛も好きっ!!」
「………(唖然)」
「あー…ちょっと暴走癖あるけど、聖女は聖女だけに癒しの魔法とか使えるし、ごはんも美味しいし、掃除とか細かい所に気づくし、それにほら、顔も整ってて可愛いだろう?ちょっと力はゴリラ並に強くて色々と壊しちゃうけど…」
「…それは聖女の良い所を述べているのか?それだけでは全く欠点を補えていないが?」
「歯に衣着せぬその物言いも真っ直ぐな性格が伺えて好きです…っ」
「あの、ほら、性格も正直で嘘をつかない良い子だよ」
遠い彼方へ意識が旅立った魔王はしかし、強靭な精神力でもって現実へ帰還すると玉座から降り立ち聖女へと詰め寄った。
「け、結局顔が良いだの髪が良いだの…人族にもいくらでもハンサムな男は居るだろうが!!戦う気もなく、色恋をしたいだけの女ならば聖女など今すぐ辞めて人族の国へ帰ればいい!!!」
「嫌です。私はここまで旅をして、そして最高の貴方に出会ったんですから。聖女を辞める時は、貴方のお嫁さんになる時です」
「ゆ、勇者助けてくれ…!」
「無理っす」
毒気を抜かれるとは、まさしくこういう事を言うのだろうと、あの魔王が慌てふためく様を見て勇者は思う。
恐ろしく強大で、屈強な魔族の猛者達を束ね、そして圧倒的な力で人族を蹂躙してきた魔族の覇者、魔王。それが人族の小娘1人の言動に振り回されている。小娘の首くらい、片手で簡単に折ってしまえるだろうにそれもせず。
「…ある意味、聖女の鑑かも」
分け隔てなく人族も魔族も愛し、慈悲と慈愛でもって世界を平和に導く聖なる乙女。
「あっ、私ったら大事な事を聞くの忘れてました…!」
「…なんだ」
「魔王様のお名前ってなんていうんですか?ずっと魔王様って呼ぶのもなんですし」
「いや、いい。魔王様でいい。永遠にそう呼んでいろ」
「永遠に連れ添っていいんですか…!?」
「違うそうじゃない!!あーもー!!名前教えるから静かにしていろ!!」
どう返そうが止まらない聖女の勢いに押された魔王がげっそりと疲れた顔をする。なんでどうして人族の聖女なんぞに名前を教えなければならないのだ…と思いつつもここは教えるまで、それこそ永遠に尋ね続けるのだろうと早くも察した魔王が仕方なしに口を開く。そして。
「★~↑◉♯∂∂Å、だ」
「…え?」
「だから、★~↑◉♯∂∂Å」
「…なんて?」
嫌々開かれた魔王の唇から溢れるのはただの濁音。何度聞き返しても意味ある言葉には聞こえなかった。これには勇者達のみならず聖女までがパチクリとまばたきを繰り返す。
「…ああ、貴様等人族には魔族特有の発音が聴き取れぬのだな」
「えっ、えっ?」
「ふん、俺様の名前を呼ぶ事は諦めろ」
「そんなっ…じゃあ魔王のまーちゃんって呼ぶね」
「なんでだ!!?」
結局聖女は静かにならず、魔王の疲労だけが蓄積されていく。
「それでまーちゃん。私正式にお式を上げるまでは夫婦といえどもお部屋は別々がいいと思うんですけど、まーちゃんの寝室の隣を私の寝室にしてもいいですか?」
「本当にここに住む気か!?」
「あ、必要な物は私の生活魔法で出しますよ」
「ベッド動かしたり、力仕事は俺に振れなー」
「それで今後はどうします?一層の事私達もここに住みます?」
「なんでだ!?っていうか聖女も連れて帰れ!!」
「いやあ、考えてみたら魔王退治の旅に王国の税金しこたま使ってるんですよね。これで退治せずに帰ったら大バッシング受けますよ私達」
「それもそうだな…よし!ここに住むか!そんでちょっとずつ金稼いで返そうぜ!」
いつの間にか勇者一行まとめて魔王城に移住という方向で話がまとまり盛り上がっている所へ、勇者もにっと笑みを浮かべて駆け寄る。
「はいはい俺!俺は上の方の階がいい!自分の部屋の窓から高い景色見えるの憧れだったんだ~!」
「お!いいな!」
「うおお…人族とは、人族とはこんなにも恐ろしい生き物だったのか…!」
「まーちゃん、」
全く話を聞かずに着実に話を進めていく勇者一行に魔王が震えていると、柔らかな声で呼ばれる。振り返れば、にこにこと微笑む聖女の名に恥じない愛に満ちた少女。
「大好きです。貴方の事、沢山教えて下さい!それで、私の事も知ってくれたら嬉しいです」
「……しっ、知るかそんなもの──っ!!!」
「あっ!まーちゃん!何処に行くんですか!?私もついて行きますーっ!!」
さてさてその後。
魔王率いる魔族の人族への蹂躙行為は止んだとか、再開したとか、また止んだとか。
人族と魔族の争いの結末を知るのは後世の者のみ。
少なくともある1人の少女が大人になり、老いて、それからこの世を去るまで。微睡むようにとても短い時間、その間は魔王による人族への攻撃は一切無かったとか。
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