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番外編2 サミュエルの初恋
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角から一歩踏み出したサミュエルのまん丸に開いた瞳に、振りかぶった青年の拳が映る。
「──っ!」
間に合わない。あと一瞬。あと一瞬だけ勇気を出して飛び出すのが早かったなら、オリヴィアの代わりにあの拳を受けられたのに、とサミュエルは後悔に目の前が真っ黒になった。
「お前のその生意気な口をきけないようにしてやる──!」
青年がオリヴィアに飛び掛かり、しかし。「ほっ」という軽い掛け声が聞こえたと思った次の瞬間には青年は床に背中をつけて転がっていた。
「…???」
「!?!?」
「…ん?あ、サミュエル殿下。やっほぅ」
角から飛び出した勢いを消せず数歩よろめきながら2人の前に出てきたサミュエルに気づいたオリヴィアは普段と全く変わらない様子で声をかける。
一体自分の身に何が起こったのか全く理解出来ずに目を白黒とさせている青年と、同じく目の前で何が起こったのか理解出来ずにぽかんと口を開けるしかないサミュエルを置き去りに、当のオリヴィアは何ごとも無かったかのようにけろっとしている。
「さっきぶり~。何か忘れ物?」
「……え、えっと…え???」
「???」
困惑と沈黙が一瞬にして満ちたその場で、いち早く我に返ったのは床に仰向けで転がされた青年だった。
青年は咳き込みながらも立ち上がるとオリヴィアを睨みつけ懲りもせずに暴言を吐く。
「げほっ!こ、この…っ!俺に何をした!今また卑怯な手を使ったんだろう!?」
オリヴィアに、自分よりも歳下の少女に倒されたという事実をなんとしても受け入れたくないのだろう。卑怯だなんだととにかく根拠もなくオリヴィアを責め立て続ける青年に対してオリヴィアはため息をつくと、人差し指を突き立てている青年のその手に自身の手を伸ばし、ぐいっと捻り上げた。
「いでででででで!?!?」
「オ、オリヴィア嬢!?」
「…はぁ」
オリヴィアに捻り上げられた手をおさえ、やっと静かになった青年を強い眼光で見つめるとオリヴィアはビシリ!と言い放つ。
「ズバリ貴方の敗因は単純に私よりも弱かったから!!!」
「…は!?」
「いいですか。卑怯な手だなんだって言うけどね、貴方自分の実力不足とか考えないわけ?私の方が格上だったとか考えないわけ!?」
「だ、だって俺よりも歳下の、しかも女子に…」
「実力の上下に年齢と性別って関係あるの?」
「でもっ、お前は稽古をサボってるって噂が…!」
「その噂はよく知らないけど、大方私の休憩時間を見たとかじゃないの?私、稽古と休憩はっきりしてるの」
「おん、おふ…?」
「ん?なに。貴方もオンオフ理論に興味ある感じ?聞く?聞いてっちゃう?──そう、あれはまだ私がオフのなんたるかをまだ少しも知らなかった幼い日。颯爽とまるで天啓のように目の前に現れたもうた─」
「……ぅ、うわあああああん!!!父上ーっ!!母上ーっ!!!」
オリヴィアの勢いに恐怖を感じたのか、それまでオリヴィアに対して暴言を吐き散らかしていた青年は目に涙を一杯に溜めてどこかへ走り去ってしまった。
「ふん。休憩を満足に出来ん奴には試合で実力を発揮することなど出来んのだよ…」
「…」
歴戦の武将もかくや、な渋い表情で一人うんうんと頷いていたオリヴィアをぽかんと見上げていたサミュエルだったが、次第になんだか可笑しくなってきてプッと小さく声が漏れた。
サミュエルだったら怖くて泣いてしまいそうな状況であっても怯まず、真っ直ぐに立ち向かい、そしてあっさりと解決してみせた。嗚呼、なんて。
「ふっ、ふふっ…オリヴィア嬢」
「? はい?」
色々とオリヴィアに言いたい事があったが、一連のオリヴィアの言動にその全てがどこかへ吹っ飛んだサミュエルは一番初めに言いたかった事だけを伝える事にした。
「初戦突破、おめでとう!」
サミュエルの目の前できょとんとした顔で立つブラック家の令嬢はとんでもなく格好良く、サミュエルの幼い心はその衝撃に撃ち抜かれたのだった。
「うん?ありがとうございます。…わざわざそれ言いに来たの?」
「うん!次の試合も頑張って!応援するから!!」
「ええ、もちろん。きちんとこの大会で良い成績をおさめれば長期休暇ゲットだからね。オフの為に頑張らなくっちゃ」
「あの、オリヴィア嬢。僕、もしも良かったらそのオンオフ理論というのが聞きたい」
「え、興味ある?やったー。メイドの素晴らしい教えを是非聞いて欲しいな」
「うんっ!えっと、オリヴィア嬢の都合の良い日に王宮へ──」
余談ではあるが、オリヴィアに初戦で敗退し暴言を吐いた青年はサミュエルから一部始終の報告を受けた兄王子から更に大会運営責任者へと伝わり、後日それ相応の罰がくだったそうである。
「──っ!」
間に合わない。あと一瞬。あと一瞬だけ勇気を出して飛び出すのが早かったなら、オリヴィアの代わりにあの拳を受けられたのに、とサミュエルは後悔に目の前が真っ黒になった。
「お前のその生意気な口をきけないようにしてやる──!」
青年がオリヴィアに飛び掛かり、しかし。「ほっ」という軽い掛け声が聞こえたと思った次の瞬間には青年は床に背中をつけて転がっていた。
「…???」
「!?!?」
「…ん?あ、サミュエル殿下。やっほぅ」
角から飛び出した勢いを消せず数歩よろめきながら2人の前に出てきたサミュエルに気づいたオリヴィアは普段と全く変わらない様子で声をかける。
一体自分の身に何が起こったのか全く理解出来ずに目を白黒とさせている青年と、同じく目の前で何が起こったのか理解出来ずにぽかんと口を開けるしかないサミュエルを置き去りに、当のオリヴィアは何ごとも無かったかのようにけろっとしている。
「さっきぶり~。何か忘れ物?」
「……え、えっと…え???」
「???」
困惑と沈黙が一瞬にして満ちたその場で、いち早く我に返ったのは床に仰向けで転がされた青年だった。
青年は咳き込みながらも立ち上がるとオリヴィアを睨みつけ懲りもせずに暴言を吐く。
「げほっ!こ、この…っ!俺に何をした!今また卑怯な手を使ったんだろう!?」
オリヴィアに、自分よりも歳下の少女に倒されたという事実をなんとしても受け入れたくないのだろう。卑怯だなんだととにかく根拠もなくオリヴィアを責め立て続ける青年に対してオリヴィアはため息をつくと、人差し指を突き立てている青年のその手に自身の手を伸ばし、ぐいっと捻り上げた。
「いでででででで!?!?」
「オ、オリヴィア嬢!?」
「…はぁ」
オリヴィアに捻り上げられた手をおさえ、やっと静かになった青年を強い眼光で見つめるとオリヴィアはビシリ!と言い放つ。
「ズバリ貴方の敗因は単純に私よりも弱かったから!!!」
「…は!?」
「いいですか。卑怯な手だなんだって言うけどね、貴方自分の実力不足とか考えないわけ?私の方が格上だったとか考えないわけ!?」
「だ、だって俺よりも歳下の、しかも女子に…」
「実力の上下に年齢と性別って関係あるの?」
「でもっ、お前は稽古をサボってるって噂が…!」
「その噂はよく知らないけど、大方私の休憩時間を見たとかじゃないの?私、稽古と休憩はっきりしてるの」
「おん、おふ…?」
「ん?なに。貴方もオンオフ理論に興味ある感じ?聞く?聞いてっちゃう?──そう、あれはまだ私がオフのなんたるかをまだ少しも知らなかった幼い日。颯爽とまるで天啓のように目の前に現れたもうた─」
「……ぅ、うわあああああん!!!父上ーっ!!母上ーっ!!!」
オリヴィアの勢いに恐怖を感じたのか、それまでオリヴィアに対して暴言を吐き散らかしていた青年は目に涙を一杯に溜めてどこかへ走り去ってしまった。
「ふん。休憩を満足に出来ん奴には試合で実力を発揮することなど出来んのだよ…」
「…」
歴戦の武将もかくや、な渋い表情で一人うんうんと頷いていたオリヴィアをぽかんと見上げていたサミュエルだったが、次第になんだか可笑しくなってきてプッと小さく声が漏れた。
サミュエルだったら怖くて泣いてしまいそうな状況であっても怯まず、真っ直ぐに立ち向かい、そしてあっさりと解決してみせた。嗚呼、なんて。
「ふっ、ふふっ…オリヴィア嬢」
「? はい?」
色々とオリヴィアに言いたい事があったが、一連のオリヴィアの言動にその全てがどこかへ吹っ飛んだサミュエルは一番初めに言いたかった事だけを伝える事にした。
「初戦突破、おめでとう!」
サミュエルの目の前できょとんとした顔で立つブラック家の令嬢はとんでもなく格好良く、サミュエルの幼い心はその衝撃に撃ち抜かれたのだった。
「うん?ありがとうございます。…わざわざそれ言いに来たの?」
「うん!次の試合も頑張って!応援するから!!」
「ええ、もちろん。きちんとこの大会で良い成績をおさめれば長期休暇ゲットだからね。オフの為に頑張らなくっちゃ」
「あの、オリヴィア嬢。僕、もしも良かったらそのオンオフ理論というのが聞きたい」
「え、興味ある?やったー。メイドの素晴らしい教えを是非聞いて欲しいな」
「うんっ!えっと、オリヴィア嬢の都合の良い日に王宮へ──」
余談ではあるが、オリヴィアに初戦で敗退し暴言を吐いた青年はサミュエルから一部始終の報告を受けた兄王子から更に大会運営責任者へと伝わり、後日それ相応の罰がくだったそうである。
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更新ありがとうございます
待ちに待った「サミュエルの初恋」のお話し!
ふふふっ( ꈍᴗꈍ)楽しみです
meme様
KUZUMEです。ご感想をありがとうございます!
お待たせしました。楽しんでいただけるよう頑張ります!
更新ありがとうございます!
いよいよサミュエルの初恋のお話!ですね(*≧∀≦)人(≧∀≦*)♪楽しみです
ひつじ様
KUZUMEです。ご感想をありがとうございます!
楽しんでいただけるよう頑張ります!
更新ありがとうございます!
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