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番外編2 サミュエルの初恋
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「…」
「…」
「……何、してるの?」
「……あー…寝っ転がってる…?」
「…」
王宮内に数ある庭園の内の一つを、午前の勉強を終えたサミュエルが自室へ向けて通っていると、予期せぬ人物との遭遇を果たした。
「…ええと、オリヴィア嬢、だよね?ブラック家の…」
「うん…あー、良い天気だぁ」
「あ、あの、どうしてここでねっころがってるの?」
「あー、あれ。パパの仕事についてきたんだけど…ちょっと休憩するって言うから」
「……きゅ、きゅうけいだったら、お部屋でお茶を飲んだりお菓子を食べたりするんじゃないの?」
「いいんだよ。休憩なんだから私がしたい休憩をすればいいの」
「そう、なの?」
「だって休憩だよ。仕事じゃないんだよ。それすなわち自分の時間だよ」
「…???」
オリヴィアがつらつらと紡ぐ言葉に、まだ正式に公務を開始していない幼いサミュエルは首を傾げながらも年上の言うことに「そういうものなのか」と思う。
勿論その認識は大人になるにつれオリヴィア独特のルールなのだと学ぶサミュエルだがそれはまだ未来の話。
現在のまだ幼く、見聞きしたことを純粋にそのまま飲み込んでしまうサミュエルはオリヴィアの言い分に特別疑問を持つことはなかった。
「ところで、えーと、サミュエル王子殿下は今なにしてるの?あんたも休憩?」
「ぼ、僕はまだお兄様達みたいにこうむをしていないから、勉強をしているところだよ」
「あ、じゃあ勉強の休憩?」
「え?う、ううん。お仕事じゃないから、休憩はないよ。午前のお勉強が終わったから、これからこの前習った歴史のふくしゅうをするところ」
「は?勉強にも休憩はあるでしょ。しかも午前の授業終わってんじゃん。じゃあ今は休憩でしょうよ」
「ええっ!?そ、そんなの先生達から聞いたことないよ?お兄様達も、みんな授業以外の時間も自分でお勉強してたって…」
サミュエルの返事を聞いたオリヴィアは芝生に横たえていた体を勢い良く起こすと「ありえない!」とばかりに目を見開いてサミュエルを凝視する。
「信じられない…!これって以前の私…?私って前はこうだったの!?ああ、神よ。メイドに出会えたことを全身全霊で感謝します!!」
「え?え?」
そして目をつむり、手を組んで何ごとかをぶつぶつと呟いたオリヴィアは突然カッ!と目を開くと訳も分からずにオリヴィアの奇行を見つめていたサミュエルの両手を掴んで引き寄せる。
「いい!?サミュエル王子殿下!!人生、何事も大事なのはオンとオフよ!!!」
「お、おん?おふ?」
「あんた24時間ずっと気を張ってるつもり!?そんなの絶対絶対続かないから!!経験者は語る、よ!!」
「にじゅうよん…けいけんしゃ…??」
「大丈夫よ。安心して。私もまだまだアリシアのようにはいかないけれど、彼女に聞いたオンオフ切り替えの極意は伝授するから!!」
「ごくい??」
目を白黒とさせているサミュエルの手を引いて、日当たりの良い気持ちの良いベストポジションまでオリヴィアは歩いていくとすとん、とその場にそのまま腰を下ろす。
「わっ、わっ!?あの、ドレス汚れちゃうよ!?」
「大丈夫よ、これくらい。それより、これから私が言うことをしっかり聞くのよ」
「う、うん…」
オリヴィアの気迫に圧されたサミュエルはただただ頷く。
「まず一番大事なのはね、この世には働く時間と休む時間がそれぞれしっかり存在しているっていうこと!」
「働く時間はわかるけど…お休みする時間?それって、夜寝る時間のこと?」
「違うから。それは寝る時間」
「ええ?じゃあ…お休みする時間ってなに?」
「それはね、仕事をしない時間のこと!!あ、まだ働いてないあんたは勉強をしない時間ね!」
「えええ!?勉強をしない時間なんてないよ!」
「あるの!っていうか、作るの!」
「えー…!?」
今度はサミュエルが信じられない!という表情をする。
それを見たオリヴィアは思わずふふっと声を出して笑う。
「な、なに?なんで笑うの?」
「だって、なんだか少し前の私を見てるみたいなんだもの!あー、おっかしい!」
「どういうこと?」
サミュエルに尋ねられたオリヴィアは笑いすぎて滲んできた涙をぬぐって答える。
「ふふふっ!…あのね、私も、あんたよりも小さいくらいの時は、仕事…勉強をしない時間なんて一秒だって無い!って思ってたの。でも、ある時うちのメイドの一人がね、言ったの」
「なんて言ったの?」
「そのメイドはなーんでも出来ちゃうスーパーメイドだったんだけど…24時間ずーっとスーパーメイドでいたら、疲れて倒れちゃうから、仕事を何もしないで休憩する時間も大事なんだって」
「…」
「私も毎日毎日、ずっと勉強をして…誰かに尋ねられるまで、自分が疲れていることにすら気づかなくなってた」
「自分が疲れてるのに、自分できづけないの?」
「うん。そんなことあるはずないって思うでしょ?でも、私はそうだった。体の悪いママに心配をかけないように、パパの負担にならないように、忙しい屋敷の使用人達の手をこれ以上煩わせないように、って」
「それじゃあ、勉強をすることは悪いことなの?」
「ううん、そうじゃなくて──ああ、もう…ごめん!私もまだきちんと説明出来ないや…実はね、私もまだオンオフの切り替えについてはアリシアから勉強中なの!」
サミュエルの質問に上手く答えられなかったオリヴィアは悔しそうに眉を寄せてからふっと力を抜くとぺろりと舌を出してみせる。
「とにかくね。別に勉強の時間にサボっているわけじゃないんだし、もっと肩の力を抜いてもいいよってこと」
「…」
それからオリヴィアの父親であるブラック伯爵が血相を変えて中庭に駆け入ってくる迄、二人はぽかぽかと温かい芝生の上で他愛もない言葉を交わして笑い合った。
「…」
「……何、してるの?」
「……あー…寝っ転がってる…?」
「…」
王宮内に数ある庭園の内の一つを、午前の勉強を終えたサミュエルが自室へ向けて通っていると、予期せぬ人物との遭遇を果たした。
「…ええと、オリヴィア嬢、だよね?ブラック家の…」
「うん…あー、良い天気だぁ」
「あ、あの、どうしてここでねっころがってるの?」
「あー、あれ。パパの仕事についてきたんだけど…ちょっと休憩するって言うから」
「……きゅ、きゅうけいだったら、お部屋でお茶を飲んだりお菓子を食べたりするんじゃないの?」
「いいんだよ。休憩なんだから私がしたい休憩をすればいいの」
「そう、なの?」
「だって休憩だよ。仕事じゃないんだよ。それすなわち自分の時間だよ」
「…???」
オリヴィアがつらつらと紡ぐ言葉に、まだ正式に公務を開始していない幼いサミュエルは首を傾げながらも年上の言うことに「そういうものなのか」と思う。
勿論その認識は大人になるにつれオリヴィア独特のルールなのだと学ぶサミュエルだがそれはまだ未来の話。
現在のまだ幼く、見聞きしたことを純粋にそのまま飲み込んでしまうサミュエルはオリヴィアの言い分に特別疑問を持つことはなかった。
「ところで、えーと、サミュエル王子殿下は今なにしてるの?あんたも休憩?」
「ぼ、僕はまだお兄様達みたいにこうむをしていないから、勉強をしているところだよ」
「あ、じゃあ勉強の休憩?」
「え?う、ううん。お仕事じゃないから、休憩はないよ。午前のお勉強が終わったから、これからこの前習った歴史のふくしゅうをするところ」
「は?勉強にも休憩はあるでしょ。しかも午前の授業終わってんじゃん。じゃあ今は休憩でしょうよ」
「ええっ!?そ、そんなの先生達から聞いたことないよ?お兄様達も、みんな授業以外の時間も自分でお勉強してたって…」
サミュエルの返事を聞いたオリヴィアは芝生に横たえていた体を勢い良く起こすと「ありえない!」とばかりに目を見開いてサミュエルを凝視する。
「信じられない…!これって以前の私…?私って前はこうだったの!?ああ、神よ。メイドに出会えたことを全身全霊で感謝します!!」
「え?え?」
そして目をつむり、手を組んで何ごとかをぶつぶつと呟いたオリヴィアは突然カッ!と目を開くと訳も分からずにオリヴィアの奇行を見つめていたサミュエルの両手を掴んで引き寄せる。
「いい!?サミュエル王子殿下!!人生、何事も大事なのはオンとオフよ!!!」
「お、おん?おふ?」
「あんた24時間ずっと気を張ってるつもり!?そんなの絶対絶対続かないから!!経験者は語る、よ!!」
「にじゅうよん…けいけんしゃ…??」
「大丈夫よ。安心して。私もまだまだアリシアのようにはいかないけれど、彼女に聞いたオンオフ切り替えの極意は伝授するから!!」
「ごくい??」
目を白黒とさせているサミュエルの手を引いて、日当たりの良い気持ちの良いベストポジションまでオリヴィアは歩いていくとすとん、とその場にそのまま腰を下ろす。
「わっ、わっ!?あの、ドレス汚れちゃうよ!?」
「大丈夫よ、これくらい。それより、これから私が言うことをしっかり聞くのよ」
「う、うん…」
オリヴィアの気迫に圧されたサミュエルはただただ頷く。
「まず一番大事なのはね、この世には働く時間と休む時間がそれぞれしっかり存在しているっていうこと!」
「働く時間はわかるけど…お休みする時間?それって、夜寝る時間のこと?」
「違うから。それは寝る時間」
「ええ?じゃあ…お休みする時間ってなに?」
「それはね、仕事をしない時間のこと!!あ、まだ働いてないあんたは勉強をしない時間ね!」
「えええ!?勉強をしない時間なんてないよ!」
「あるの!っていうか、作るの!」
「えー…!?」
今度はサミュエルが信じられない!という表情をする。
それを見たオリヴィアは思わずふふっと声を出して笑う。
「な、なに?なんで笑うの?」
「だって、なんだか少し前の私を見てるみたいなんだもの!あー、おっかしい!」
「どういうこと?」
サミュエルに尋ねられたオリヴィアは笑いすぎて滲んできた涙をぬぐって答える。
「ふふふっ!…あのね、私も、あんたよりも小さいくらいの時は、仕事…勉強をしない時間なんて一秒だって無い!って思ってたの。でも、ある時うちのメイドの一人がね、言ったの」
「なんて言ったの?」
「そのメイドはなーんでも出来ちゃうスーパーメイドだったんだけど…24時間ずーっとスーパーメイドでいたら、疲れて倒れちゃうから、仕事を何もしないで休憩する時間も大事なんだって」
「…」
「私も毎日毎日、ずっと勉強をして…誰かに尋ねられるまで、自分が疲れていることにすら気づかなくなってた」
「自分が疲れてるのに、自分できづけないの?」
「うん。そんなことあるはずないって思うでしょ?でも、私はそうだった。体の悪いママに心配をかけないように、パパの負担にならないように、忙しい屋敷の使用人達の手をこれ以上煩わせないように、って」
「それじゃあ、勉強をすることは悪いことなの?」
「ううん、そうじゃなくて──ああ、もう…ごめん!私もまだきちんと説明出来ないや…実はね、私もまだオンオフの切り替えについてはアリシアから勉強中なの!」
サミュエルの質問に上手く答えられなかったオリヴィアは悔しそうに眉を寄せてからふっと力を抜くとぺろりと舌を出してみせる。
「とにかくね。別に勉強の時間にサボっているわけじゃないんだし、もっと肩の力を抜いてもいいよってこと」
「…」
それからオリヴィアの父親であるブラック伯爵が血相を変えて中庭に駆け入ってくる迄、二人はぽかぽかと温かい芝生の上で他愛もない言葉を交わして笑い合った。
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