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番外編2 サミュエルの初恋
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貴族の子息、子女といえど同年代の子供が集まればそれなりに騒がしくなるものである。
サミュエルがオリヴィアと偶然の邂逅を果たしてから数日後、王室主催の簡単なお茶会が開かれ、そこにはサミュエル含めデビュタント前の大勢の子供達が親睦の為に参加していた。
こんにちわ、ごきげんよう、とあちこちで楽しそうな声があがる中、サミュエルはホスト側としてやってきた招待客を一つ上の兄と共に迎えていた。
「ご招待どうもありがとうございます。第二王子殿下、第三王子殿下」
「こちらこそ足をお運びくださりどうもありがとう」
「あっ、ありがとうございます」
「あら、本日は第一王子殿下は…」
「第一王子は今年もう社交界デビューですので、本日は王妃と共に保護者の方々を迎えておりますよ」
「まぁ、そうなのですね」
にこやかに、そしてスムーズに招待客の相手をこなす一つ上の兄の堂々とした姿に、サミュエルの視線は少しずつ下がっていく。
一つ上の兄とはそう歳も変わらず、この場に居ない一番上の兄は今のサミュエルの歳の時にはもう既に立派に公務の手伝いをしていたという。
劣等感。華やかな場には似つかわしくないその感情に、遂にサミュエルは自身のつま先をじっと見つめて立ち尽くしていた。
すると、ざわざわとにわかに会場内に先ほどまでとは違うざわめきが広がる。
「…?」
「おや、あれは…」
どうやらまた誰かが到着したらしい。兄にはもう人々の視線を集めているその人物が誰なのか見えたようだが、兄の胸元ほどまでの身長であるサミュエルには到着したその人物が誰なのか分からない。
しかし必ず自分達の元へまず挨拶に来るのだから別にいいか、とサミュエルが思った時。高い壁となっていた人々が左右に割れた。
「!」
息を飲む美しさ、とはこのことだろうかと幼いながらにサミュエルは頬を染めた。
人波を割いて現れたのは、まさしく薔薇の妖精と形容したくなるようなそれは愛らしい少女だった。
「第二王子殿下、第三王子殿下。この度はご招待いただきありがとうございます」
薔薇の妖精はサミュエル達の目の前までやってくるとちょこんと薄紅色のドレスの裾をつまみ綺麗なまん丸の頭を下げる。
「ようこそ、ブラック伯爵令嬢。どうか楽しんでいってください」
「ええ、ありがとうございます」
「…」
「…」
「…サム?」
順番がきたにも関わらず言葉を発しないサミュエルに痺れを切らした第二王子がつん、とサミュエルの肩をつつく。
するとはっと我に返ったサミュエルが慌てて挨拶を返そうとしたところで勢いあまって裏返った大声を出してしまう。
びっくりした顔の第二王子に、くすくすと周りから聞こえる忍び笑い。それにサミュエルはカッと羞恥に顔を染めて俯いてしまう。
「(──失敗してしまった…っ!大切な、こうむなのに…!どうして僕は、お兄ちゃん達みたいに、うまく出来ないんだろう…っ)」
サミュエルのまんまるの瞳に羞恥からか悲しみからかじわりと涙がにじむ。
「…サミュエル殿下」
「っ!」
そんなサミュエルの視界に、ふちにレース飾りが施された真白いハンカチがにゅっと入ってきた。
それは優しくそっとサミュエルの瞳に添えられる。
恐る恐る視線を上にあげていけば、そこにはハンカチを差し出し柔らかく微笑むブラック伯爵令嬢。
ふと、その笑顔が誰かに重なる気がしてサミュエルはぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「実は今朝早く起きなくてはならなかったのでちょっとぼうっとしていたのですけど、第二王子殿下の元気なお声でしっかり目が覚めました。ありがとうございます」
「え…?」
「でももし、殿下がちょびっと恥ずかしい気持ちになってしまったのなら、私、そういう時に唱えるぴったりの魔法の言葉を知ってますの」
「魔法の言葉…?」
ブラック伯爵令嬢は、ふふふ、と悪戯っぽく笑うとサミュエルに近づき小さく歌う。
「今日はそういう日~♪」
「………!?き、君…え!?!?」
「要は気にし過ぎるな、ということですわ」
「は!?!?」
サミュエルの中で、目の前の美しい少女と先日王宮の中庭で出会った不思議な少女、オリヴィアがぴったり重なる。
重なるけれども、喋り方や仕草、雰囲気も先日出会った時とはかけ離れたオリヴィアの様子にサミュエルは頭にハテナを浮かべることしか出来ない。
挨拶の姿勢もとても美しく、思わずどきりと胸が高鳴るような愛らしい淑女が果たして頭に草をつけて生け垣に潜り込んでくるだろうか。
「失礼。自己紹介がまだでしたわね。私、ブラック伯爵の長子のオリヴィアと申します」
「……???」
サミュエルは結局、会場内へと去っていくオリヴィアにそれ以上言葉を返すことなく見送り、そして暫く経ってから我に帰るとこそっと隣に立つ兄へと尋ねた。
「…ね、ねぇ、お兄ちゃん。オリヴィア・ブラック伯爵令嬢ってふたりいる…?」
「は?何言ってるんだ?一人に決まってるだろう」
「双子とか…」
「ブラック伯爵には長子のご息女だけだと聞いているけど」
「???」
「…どうした?調子が悪いなら、奥で休んでくるか?」
幼いサミュエルの頭は、オンオフの切り替えが激しい、ということがよく理解出来ずにひたすらにハテナを浮かべ続けた。
お陰で普段は緊張して失敗ばかりで好きではない公務の時間もあっという間に過ぎていったが、疑問に頭を悩ませ続けたサミュエルはその夜知恵熱を出したのだった。
サミュエルがオリヴィアと偶然の邂逅を果たしてから数日後、王室主催の簡単なお茶会が開かれ、そこにはサミュエル含めデビュタント前の大勢の子供達が親睦の為に参加していた。
こんにちわ、ごきげんよう、とあちこちで楽しそうな声があがる中、サミュエルはホスト側としてやってきた招待客を一つ上の兄と共に迎えていた。
「ご招待どうもありがとうございます。第二王子殿下、第三王子殿下」
「こちらこそ足をお運びくださりどうもありがとう」
「あっ、ありがとうございます」
「あら、本日は第一王子殿下は…」
「第一王子は今年もう社交界デビューですので、本日は王妃と共に保護者の方々を迎えておりますよ」
「まぁ、そうなのですね」
にこやかに、そしてスムーズに招待客の相手をこなす一つ上の兄の堂々とした姿に、サミュエルの視線は少しずつ下がっていく。
一つ上の兄とはそう歳も変わらず、この場に居ない一番上の兄は今のサミュエルの歳の時にはもう既に立派に公務の手伝いをしていたという。
劣等感。華やかな場には似つかわしくないその感情に、遂にサミュエルは自身のつま先をじっと見つめて立ち尽くしていた。
すると、ざわざわとにわかに会場内に先ほどまでとは違うざわめきが広がる。
「…?」
「おや、あれは…」
どうやらまた誰かが到着したらしい。兄にはもう人々の視線を集めているその人物が誰なのか見えたようだが、兄の胸元ほどまでの身長であるサミュエルには到着したその人物が誰なのか分からない。
しかし必ず自分達の元へまず挨拶に来るのだから別にいいか、とサミュエルが思った時。高い壁となっていた人々が左右に割れた。
「!」
息を飲む美しさ、とはこのことだろうかと幼いながらにサミュエルは頬を染めた。
人波を割いて現れたのは、まさしく薔薇の妖精と形容したくなるようなそれは愛らしい少女だった。
「第二王子殿下、第三王子殿下。この度はご招待いただきありがとうございます」
薔薇の妖精はサミュエル達の目の前までやってくるとちょこんと薄紅色のドレスの裾をつまみ綺麗なまん丸の頭を下げる。
「ようこそ、ブラック伯爵令嬢。どうか楽しんでいってください」
「ええ、ありがとうございます」
「…」
「…」
「…サム?」
順番がきたにも関わらず言葉を発しないサミュエルに痺れを切らした第二王子がつん、とサミュエルの肩をつつく。
するとはっと我に返ったサミュエルが慌てて挨拶を返そうとしたところで勢いあまって裏返った大声を出してしまう。
びっくりした顔の第二王子に、くすくすと周りから聞こえる忍び笑い。それにサミュエルはカッと羞恥に顔を染めて俯いてしまう。
「(──失敗してしまった…っ!大切な、こうむなのに…!どうして僕は、お兄ちゃん達みたいに、うまく出来ないんだろう…っ)」
サミュエルのまんまるの瞳に羞恥からか悲しみからかじわりと涙がにじむ。
「…サミュエル殿下」
「っ!」
そんなサミュエルの視界に、ふちにレース飾りが施された真白いハンカチがにゅっと入ってきた。
それは優しくそっとサミュエルの瞳に添えられる。
恐る恐る視線を上にあげていけば、そこにはハンカチを差し出し柔らかく微笑むブラック伯爵令嬢。
ふと、その笑顔が誰かに重なる気がしてサミュエルはぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「実は今朝早く起きなくてはならなかったのでちょっとぼうっとしていたのですけど、第二王子殿下の元気なお声でしっかり目が覚めました。ありがとうございます」
「え…?」
「でももし、殿下がちょびっと恥ずかしい気持ちになってしまったのなら、私、そういう時に唱えるぴったりの魔法の言葉を知ってますの」
「魔法の言葉…?」
ブラック伯爵令嬢は、ふふふ、と悪戯っぽく笑うとサミュエルに近づき小さく歌う。
「今日はそういう日~♪」
「………!?き、君…え!?!?」
「要は気にし過ぎるな、ということですわ」
「は!?!?」
サミュエルの中で、目の前の美しい少女と先日王宮の中庭で出会った不思議な少女、オリヴィアがぴったり重なる。
重なるけれども、喋り方や仕草、雰囲気も先日出会った時とはかけ離れたオリヴィアの様子にサミュエルは頭にハテナを浮かべることしか出来ない。
挨拶の姿勢もとても美しく、思わずどきりと胸が高鳴るような愛らしい淑女が果たして頭に草をつけて生け垣に潜り込んでくるだろうか。
「失礼。自己紹介がまだでしたわね。私、ブラック伯爵の長子のオリヴィアと申します」
「……???」
サミュエルは結局、会場内へと去っていくオリヴィアにそれ以上言葉を返すことなく見送り、そして暫く経ってから我に帰るとこそっと隣に立つ兄へと尋ねた。
「…ね、ねぇ、お兄ちゃん。オリヴィア・ブラック伯爵令嬢ってふたりいる…?」
「は?何言ってるんだ?一人に決まってるだろう」
「双子とか…」
「ブラック伯爵には長子のご息女だけだと聞いているけど」
「???」
「…どうした?調子が悪いなら、奥で休んでくるか?」
幼いサミュエルの頭は、オンオフの切り替えが激しい、ということがよく理解出来ずにひたすらにハテナを浮かべ続けた。
お陰で普段は緊張して失敗ばかりで好きではない公務の時間もあっという間に過ぎていったが、疑問に頭を悩ませ続けたサミュエルはその夜知恵熱を出したのだった。
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