それ、二度寝の後でいいですか？〜高嶺の花令嬢の婚約破棄騒動は横道にそれつつありふれたハッピーエンドを目指す〜

番外編1 とあるメイドと幼いオリヴィアの遭遇

3

　ちょっと変なメイドとの出会いから数日。彼女とオリヴィアの再会は意外とすぐにやってきた。

　月に一度の、家族三人揃っての夕食の席。使用人達と父親が甲斐甲斐しく母親の世話を焼き、様子を伺っている中、一人行儀良く椅子にきちんと座り黙々と食事を進めていたオリヴィアにふと影が落ちる。

　「オリヴィアお嬢様。コップが空になっておりますので、お水を注がせていただきますね」
　「あ、どうもあり…え？」
　「なにか？」
　「え…え？」
　「失礼致します」

　戸惑うオリヴィアはお構いなしに変なメイド改め、テキパキと無駄なく仕事をこなす有能なメイドはオリヴィアの空のコップに水を注ぎ、そしてさらっと大人用のカトラリーしか置かれていなかったそこに子供用の小さいものを置いて去っていく。

　「…？？？」

　その背中をぽけっと口を開けて見送る。確かにあの日、中庭で遭遇したメイドであるのに、あの日とは違い動きには無駄がなく、やる気のやの字さえなくベンチに寝そべっていた姿とは似ても似つかない。幼いオリヴィアの頭は混乱にその働きをしばし停止した。

　「…ヴィア、オリヴィア？」
　「……えっ、はい！？」
　「どうしたの？オリヴィア。何か嫌いな食べ物でもあったかしら？」
　「い、いいえ！どれもちゅべて美味しいです！」
　「そう？珍しくオリヴィアがぼうっとしているから、びっくりしちゃったわ」

　停止していたオリヴィアの脳は、久々に聞く母親の声に再び動き出す。が、滅多にない機会で恥ずかしいところを両親の前で見せてしまったとそのまだ柔らかい頬を羞恥に染める。

　「ふふ。ねぇ、オリヴィア。最近あったことをお母様に教えてくれる？お母様、オリヴィアのお話が聞きたいわ」
　「！」

　優しい母の声に、オリヴィアは俯かせていた顔を跳ね上げる。まだ皿の上に残っている食事もそこそこに、最近勉強した事、読んだ本、面白かった出来事を矢継ぎ早に口にし──

　「…けほっ」
　「ジジ！？どうしたんだい、大丈夫か！？」
　「こほっ…大丈夫ですよ、あなた。さ、それよりオリヴィ──けほっ、ごほっ！」
　「ジジ！無理は良くない！おい、君！ジジの寝室の用意を！」
　「奥様！本日はもうお休みに…」

　苦しそうに咳を繰り返す母の背を支え、父もダイニングに居た使用人も全てが慌ただしく部屋を出て行く。

　「…」

　突然、嵐が去った後のように静かになったダイニングで、オリヴィアは一人、皿に残った夕食をもそもそと口に入れる。
　顔色を悪くした母が心配で堪らないが、子供のオリヴィアには出来る事は何もない。一緒に寝ようとすれば、優しい母はオリヴィアを気遣い逆に要らぬ労力を掛けてしまうだろう。普段と違う事をすれば、使用人の仕事も増える。ただでさえ忙しい父に甘えてはいけない。

　「…良い子にしちぇることが、いちばん、良いことだもん」

　〝寂しい〟
　言いたくてでも言えないたった4文字の言葉を、オリヴィアは変なメイドが注いでくれた水と共に飲み込んだ。