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本編

第九話 作戦会議は特別手当でひとつヨロシク

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 「二度寝…それは女神が迷える子羊に与えたもうた恵み…今日もありがとうございます…!」

 朝日がすっかり昇りきった絶好の外出日和に、オリヴィアは自宅の寝室、楽園という名のベッドの上で欲望のままに惰眠を貪っていた。

 「ムフフ…公的なお休みばんざーいワハハ!」
 「休みじゃなくって、君の場合は謹慎だから!!!」
 「あっ」

 薄暗かった寝室に突如として目も開けていられないほどの眩い光──ごく普通の太陽光が入り込む。ぴっちりと閉じられていた寝室のカーテンを開け放った張本人、サミュエルが窓際でカーテンの端を掴んだまま呆れ顔で目を両手で覆い、「目がー!」と叫びながらベッドの上を転がるオリヴィアを眺める。

 「ちょ…っとサム!あんたまでオフの寝室に突撃してこないでよ!」
 「そこはせめて、レディの寝室って言って欲しいな…」

 ベッドの上で転がりまくったおかげで布団にグルグルと絡まり一個の塊となったオリヴィアにサミュエルが告げる。

 「おいで、オリヴィア。わざわざ謹慎処分にした理由、流石に忘れてないよな?もう揃ってるよ。」



♦︎



 冷たい水で洗顔をし強制的に目覚めさせ、パジャマではなくきちんとドレスに着替えたオリヴィアが応接間へと入る。ソファーには既にオリヴィアの父親である伯爵と惰眠を貪るオリヴィアを叩き起こしたサミュエルと、レインマンまでが揃っており、仔犬に乳を与える伯爵家の愛犬ミルクを見てほのぼのとした空気を醸し出していた。しかしそれぞれがオリヴィアの姿を見るなり姿勢を正し、伯爵は控えていた使用人達を退室させる。
 ピリリとした空気が走る。

 「お待たせ致しました。殿下、レインマン隊長。そしてお父様」

 きりっと引いたアイライナーも相まって、鋭い目つきだという印象を与える。家すなわちオフと豪語していた筈のオリヴィアはしかし、室内に集まったメンバーとその表情を見て自身の中でスイッチを切り替える。
 オリヴィアが席につくなり、伯爵が口火を切る。

 「それで、サミュエル殿下。オリヴィアの謹慎自体がこの密会の為のカモフラージュだと手紙で伺いましたが…」
 「ああ。その前に大前提として、オリヴィアの婚約解消とそれに伴ういくつかの心無い噂については当然伯爵自身も知っていると思う」
 「それは、まぁ…しかし言ってはなんですが、貴族のこのようなゴシップネタは取り立てて珍しいものではないのでは?」
 「そうだ。婚約解消やら既婚者の浮気、隠し子…この手のゴシップは履いて捨てるほどある。嘘か誠かは置いておいてね」
 「恐縮ですが、娘は騎士として立派に務めを果たしており、母譲りの美しさも兼ね備えていると思っております。当然、今までも周囲から妬みを買い…心無い仕打ちを受けた事は多々あります。今回の事も…わざわざサミュエル王子殿下にご助力を頂くほどの事では…」

 今回の一連の騒動を客観的に見、判断している伯爵の意見に、サミュエルは最後までしっかりと耳を傾けてから口を開く。

 「伯爵の意見は尤もだろう。オリヴィアには少々不名誉とはいえ、婚約解消自体は大事件でも、ましてや罪でもない」

 そこで一旦言葉を切ると、サミュエルは紅茶を一口飲んでからカップの中で揺れるその液体を見つめる。

 「…オリヴィアの婚約解消騒動は、僕も道端の石ころのように気にするものではないと思っていた」

 「でも違った。小石は小石でも、水面に投げ入れられた小石だ」

 「投げ入れられた小石は水面に小さな波紋を作り、それは静かにゆっくり、けれど抗い難い大きな波になる」

 静かな空間で、伯爵の息を呑む声がやけに大きく聞こえた。レインマンもやたらとまばたきを繰り返す中、オリヴィアだけが表情を少しも変える事なく真っ直ぐに背筋を伸ばしたままサミュエルの語り掛けるような声を聞いている。

 「一連の騒動に、ある公爵家の影がある」
 「…ジャクソン公爵家ですね」

 例の騒動の際に、サミュエルから既にどうもキナ臭いと聞いていたレインマンがすかさず答える。

 「ああ。ついでにやんごとなき身分の方も一枚噛んでるらしい」
 「っ!?お、王室のどなたかということですか!?」
 「公爵家とはいえ、まだ歴史も浅い一家門だけの仕業にしては問題が不自然に放置され過ぎている。それとなく問題を議題に上げようとしても、オリヴィア個人の騒動だと片付けられて本会議にまで持っていけない」

 レインマンの口から出た公爵家の名前に、ジャクソン、ジャクソン…と呟きながらどんな家だったか、と思い出そうとしていた伯爵はサミュエルの言葉にぎょっと目を剥き、オリヴィアもピクリと眉を動かす。

 「それはさておき。みんなちょっと見てくれるかな。まずこれが、オリヴィアの犯したとされる不正の一覧」

 サミュエルは懐から取り出した四つ折りの紙を広げるとローテーブルの中央に見やすいように広げる。

 「昨年度起こった第二王女殿下襲撃事件において、犯人を検挙するも自作自演の疑い。なお、収監された犯人は獄中死…有力貴族数家紋の関与が疑われる違法巨大賭博場にて出入りを確認…グリント子爵との不貞行為により子爵夫人に訴えられるも判事を買収…」

 オリヴィアが淡々とそれを読み上げると、サミュエルは懐から更にもう一枚の紙を取り出す。

 「次にこれを見て欲しい。これもとある不正疑惑の一覧なのだけれど、まだ公になっていなかったり騎士団内でもごく一部の限られた部隊だけが内密に調査中のものだ」

 最初の紙に重ねられたそれに記されている文字を、またオリヴィアがつらつらと読み上げる。

 「昨年度起こった第二王女襲撃事件その追記。一部公に知らされていない第二王女殿下の視察ルートを犯人達が知っていた事から密通者の疑いあり。また本件の犯人捕縛によりオリヴィア・ブラック第一近衛騎士隊員は叙勲、また協力等により褒賞としてジャクソン侯爵家を侯爵へ特別陞爵…」
 「首都にて不定期に開催されている違法巨大賭博場について、ジャクソン公爵家をはじめ、いくつかの有力貴族の関連を確認。ただ、検挙には現行犯逮捕が必須だが令状の発行にあたって妨害行為を確認。この事からも少なくとも公爵家以上の身分の者の関与疑い…」
 「グリント子爵夫人を含む、少なくとも10人以上の貴族夫人、令嬢からジャクソン公爵長子ローズマロリー嬢が不貞行為を働いているとの通報がここ数年急増も、いざ騎士団が捜査に入ろうとすると被害届が取り下げられる事案が連続して発生…」

 「オリヴィアとレインマン隊長に以前ちらっと話したものを、もう少し詳しく調べたものになる。どうかな?これらの問題が放置されている状況は、先ほど僕が言った王室の誰かが噛んでいる証拠にならないかい?」

 オリヴィアがメモの内容を読み上げ終わるのを待ってサミュエルが付け足す。
 三人共がそれぞれの反応を示す中で、ことさら苦い顔をしたレインマンが発言する。

 「…騎士団の定例会議にのぼってきていない件もありますね。特に王女殿下襲撃犯が獄中死したなんて話は少なくとも今初めて知りました。オリヴィアは?」
 「私も初耳です…あの事件は私も関わっておりますので、犯人が獄中死したなんて事があったら私の耳にも入る筈なのに」
 「…犯人が収監されていた牢の管理は?」
 「たしか…第七騎士隊です」
 「第七って…もしかしてこの前騒ぎを起こした?」
 「はい、そうです」
 「うーん…余罪がまだありそうだね」

 騎士団内、それもある程度地位のある者の関与が疑われる事により、どうしてサミュエルがわざとオリヴィアに謹慎を与えこうして密会のような場を設けたのか合点がいったレインマンとオリヴィアは頭を抱える。
 すると、伯爵がおずおずと口を開く。

 「ジャクソン公爵家なら、ブラック伯爵家わがやを目の敵にするのも頷けますね。どうもタイミングが悪いと言いますか、似たような事業を同時期に始めたり、娘も同じ年代ですから何かと比較される事も多くて…まぁ、なんというか、自分よりも身分の低い我が家が成功して目立つのが気に食わんのでしょう。軽い嫌がらせでしたら、いままでも…」
 「え、そうだったの?」
 「うむ…まぁ、お前に知らせたところで嫌な思いをするだけだろうし…ちょうど騎士として頑張っているところだったから余計な心配は掛けさせたくなくてね。お前はくだらない評価や噂は気にしないから知らないだろうが、社交界でお前は白薔薇、ジャクソン家の令嬢は赤薔薇と例えられて色んな場面で優劣を比較されていたんだよ。大体は白薔薇を讃えているようだったが」
 「へぇ…」

 噂を知ったところで興味のなさそうなオリヴィアの様子に、サミュエルはふふっと笑いをこぼす。これだから、高潔な白い薔薇と讃えられる事を本人は気づかないのだろうな、と。
 頬を一度弛めてから、サミュエルはきゅっと今一度顔の表情筋に喝を入れるとこの場に居る三人を順に見渡す。

 「レインマン隊長。隊長は、密かに第七騎士隊を探って欲しい。第七隊長の関与が分からない以上、彼には気づかれないようにしたい」
 「畏まりました」
 「オリヴィアの一連の噂の陰にジャクソン公爵家が潜んでいるのは間違いないだろう。が、こちらも決定打がない…しかし悠長に証拠集めをしてもいられない」
 「と、言いますと?」
 「近々、抱き込んだ判事や他に黒い噂のある貴族家と結託して、なすり付けた問題でオリヴィアを有罪に持ち込もうとしているらしい。その前にどうにかしないと」
 「その情報は確かなのですか!?サミュエル殿下!?」
 「ああ。でも僕としてもみすみす奴等の罠に掛かってやるつもりは勿論ない。オリヴィアは僕の数少ない心から信頼出来るひとだからね。そこは約束するよ、伯爵」
 「殿下…!」

 何やら熱く握手を交わしあっているサミュエルと伯爵は全く気に留めず、ずっと黙っていたオリヴィアが静かに口を開く。

 「でしたら、一連の騒動に関わっている奴等を一斉に現行犯で押さえましょう。証拠が集まるのを待つのではなく、こちらから罠にかける。近々行われるサミュエル殿下の生誕パーティーで──」

 そちらがそのつもりなら、こちらも受けてたとう、とオリヴィアはいくつかの作戦を話す。
 作戦実行はオリヴィアの謹慎明け、サミュエルの生誕祝いの日。
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