それ、二度寝の後でいいですか?〜高嶺の花令嬢の婚約破棄騒動は横道にそれつつありふれたハッピーエンドを目指す〜

KUZUME

文字の大きさ
上 下
10 / 36
本編

幕間ニ 養分を充分に吸い取って咲くの、赤薔薇(わたし)

しおりを挟む
 きらきらと豪勢なシャンデリアが輝くダイニングルーム。壁にはそこかしこに絵画が飾られ、高級な陶器には真っ赤な大輪の薔薇が生けられている。
 胃もたれしそうな豪華な料理が並べられたダイニングテーブルに着くのは、この屋敷の一家と客人の青年。彼らはみな一様に笑顔を浮かべている。

 「あの子憎たらしいブラック家の小娘は謹慎処分をくらったそうだな!」
 「なんでも、騎士団の訓練所で騒ぎを起こしたとか!淑女が男性に混じって剣を振り回すだけでも下品なのに、みっともないったら!」

 あはは、うふふとみながオリヴィア・ブラック伯爵令嬢への嘲笑を肴にワインを口に運ぶ。

 「娘共々、本当に目障りな家だ!ブラック家は!清廉潔白、質実剛健だなどと貴族への取り締まりを厳しくしといて、自分達だけは王室へ擦り寄っている!」
 「娘は憧れの女騎士だなどと持て囃されて!たかだか伯爵令嬢のくせに、平民や下位貴族共にチヤホヤされていい気になって!」
 「ははは…その点、君はきちんと弁えているし、というものも分かっている。なによりその処世術と商才は素晴らしい!君の生まれはまぁ…」

 上座に座っている男性が言い掛けた言葉に、その隣に座っている女性がわざとらしく咳荒いをする。すると男性はニタニタと歪む口元を隠しもせずに自身の顎を擦りながら誰にともなく語りかける。

 「あー、なんだね。近頃忙しいとついつい忘れっぽくなるというか…特に収入の計算なんかをだね?していると、娘の婿候補の身分の低さだとか…些事を忘れてしまうかも知れんなぁ」
 「おや」

 上座、この屋敷の主であるジャクソン公爵から最も離れた位置に座る客人、ダン・プラットは手にしていたワイングラスを置くとにっこりと人好きのする笑みを浮かべてみせる。

 「それはそれは…実は私が投資をしている事業がいくつかありまして、これが結構好評を頂いているんですよ。ただ少々忙しくなり過ぎてしまっておりまして…共同出資者でも居ればほんの少し手伝っていただけるだけで利益の三分のい──」
 「んんっ!」
 「……三分の二ほど、お渡ししようかと」
 「おお!なんと!将来の娘婿候補の手掛ける事業だ!是非とも我が公爵家に力にならせておくれ!」
 「恐れ入ります、公爵閣下」

 ダイニングルームに一際大きな笑い声が巻き起こる。

 「うふふ、お父様。そろそろわたくしと彼は失礼致しますわ」
 「おお、そうかい。街で有名なパティシエのケーキを買ってきたから、お前の部屋で彼と食べなさい。後からメイドに準備させようじゃないか」
 「まぁ!ありがとうお父様!」

 それまで静かに料理を口に運んでいた公爵家の愛娘、ローズマリーは父親の頬へと挨拶の口づけをしてから、するりと差し出されたダンの腕を取りダイニングルームを後にした。



♦︎



 「……はぁっ、嫌だわ!頭の悪い人達の会話って聞いていて頭が痛くなりますわっ!」
 「まぁまぁ、ローズマリー。頭の悪いそういう人々を上手く転がして観察するのもまた滑稽で面白いものじゃないか」
 「…そうね。まぁいざという時に盾にする駒も必要ですわね」

 ジャクソン公爵邸の三階、首都を一望出来る一番眺めの良いローズマリーの部屋で、ローズマリーとダンはメイドの淹れてくれた紅茶を手にクスクスと笑い合う。

 「全く嫌になりますわ。家を継いで当主の権力と財産を手に入れるのはいいけれど、同時に負の財産だって引き継いでしまうのですもの。あの頭の悪いお父様達が後先考えずに散々やらかしてくれちゃった諸々は全て一掃してから、貴方と結婚してこの公爵家を継がなきゃね」
 「ローズマリー…君が望むのならば、その全てをこの俺が叶えてあげるからね…」
 「うふふ。貴方のその可愛いワンちゃんみたいなところ、わたくし大好きよ」

 美しい真っ赤な唇がにんまりと弧を描く。紅茶のカップをローテーブルに置くと、ローズマリーはソファーの隣に座るダンの膝にしなだれ掛かり、まるで本当の犬相手のようにダンの顎をくすぐってみせる。

 「貴方がブラック伯爵家の令嬢の話を持ってきてくれて、色々とちょうど良かったですわ」
 「ローズマリー…」

 ローズマリーは息がかかるほどにダンに顔を寄せ、甘く息を吐く。頬を染めたダンが自然と瞼を下ろし、その赤く色づく唇を食もうとして、しかしローズマリーは笑ってダンの薄い唇を手袋を嵌めたままの指先で遮る。

 「わたくし、とっても働き者の旦那様が欲しいですわ。妻を一番大事にしてくださる、働き蟻みたいな可愛い旦那様」
 「ああ、ああ…っ!君の為ならなんだってやる…この国で一番金を稼いでみせる…!」

 ダンの口先に綺麗に揃えられたローズマリーの指が一本外れる。

 「本当?もしわたくしが大きなエメラルドが欲しいって言ったら?最高級のピジョンブラッドだったら?ピンクダイアモンドだったら?」
 「勿論…!はあ…っ、勿論、手に入れてみせる!」
 「うふふ…」

 また一本、指が外れる。

 「…わたくし、この国で一番美しく、人気者で素敵な淑女になりたいの。何をしても許される権力が欲しいわ」
 「ローズマリー…俺の赤薔薇。俺の女神。君以上に、いや君以外に美しい人なんていないよ!君が望む全てを君が手にいれる為にこの俺がいるんだから!」
 「……ふふ、貴方って本当に、おバカさんかわいいひとね」

 ダンの唇を遮っていたローズマリーの全ての指が外れる。
 はぁ…と熱のこもった息を吐き出すダンの瞳はとろりとふやけ、他の何も耳に入らないというように薄く開いた隙間からチラリと赤い舌が見え隠れしているローズマリーのぽってりと熟れた唇をただ無心に見つめている。
 どれほど柔らかいのだろう。きっと甘いに違いない。ゆっくりと時間をかけてその全てを味わい尽くしたい──。ダンの思考はそれだけで埋め尽くされる。
 ほとんど唇と唇と触れ合いそうな距離で、ローズマリーは内緒話をするようにわざと囁き声で話す。

 「ねぇ──早くわたくしの望みを妨げるあの邪魔な女を始末してよ」
 「んっ!」

 移ったルージュの跡を見て、契約書のサインみたいだとローズマリーは一人鼻で笑った。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...